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二日目は、昼食までに九階層、昼食以後に十六階層進んだ。つまり六十階層に到達した。
前代未聞の踏破速度であるという。
だが、レカンにいわせれば、この迷宮ならこのペースでも不思議はない。
進む距離が圧倒的に短く、戦闘回数は少ないのだ。
ツボルト迷宮の場合、階層のなかも広大だったし、階層と階層のあいだの階段もひどく長かった。移動自体に時間がかかったため、一日に進める階層数は、それほど多くなかった。ニーナエ迷宮では、レカンの索敵能力をもってしてさえ、何度も戦闘しなければ次に進めない階層が多かった。
だが、パルシモ迷宮では、ある階層に移って、穴に入って、穴から出る。歩く距離は全部で二百歩もない。もちろん相手が手ごわければ戦闘に時間がかかるが、レカンにとってこのあたりまでの相手は、走りながら倒して進むだけのことでしかない。しかも、一つの階層では一回しか戦闘せず、次の階層へは歩かずに移動できる。これで時間をかけろというほうが無理である。
ちなみに午前中の踏破数が少ないのは、ウイーが早く竜肉を食べたがったからだ。
ウイーはもうすっかりたき火のとりこだ。たき火なしでは迷宮探索などできないと思っていそうだ。
「ああ、おいしかったなあ。竜肉というのは、本当においしい。こんなにおいしくて、腹のおさまり具合もよくて、魔力と体力も増えるというんだから、いうことがないな」
このウイーの言葉にレカンが反応した。
「おばば。竜の肉を食うと、魔力と体力が増えるというのは事実なのか?」
「検証したことはないのう。竜肉が健康を増進させ、いろいろな能力を発揮しやすくしてくれるのは確かじゃな。そしてそういう気分になるだけでも、効果がある」
「確かにそうだな」
「この町には、こどものころに食べておくと魔力が成長するといわれている料理がいくつかあっての。そのなかでも火竜の肉は重要な素材となっとる。ところで今夜もエダちゃんの〈浄化〉はかけてもらえるのかの?」
「ああ。エダ。頼む。あ」
「どうしたのじゃ」
「あんた、今まで、この町の〈浄化〉持ちから〈浄化〉を受けてきたか?」
「もちろんじゃよ」
「体が硬くなったり、動きにくくなったりしてないか?」
「ほう! レカンちゃんは、よく〈浄化〉を勉強しとるようじゃの。それは、あれじゃろ。一人の〈浄化〉持ちの〈浄化〉を長年受け続けると、体の機能に障害を来すことがあるという」
「知ってたのか」
「ここをどこと思っておるのじゃ。魔法都市パルシモじゃよ。その現象については知られとる。当然、対処法も研究されとるのじゃ。〈浄化〉をかける術者は、定期的に変更されるんじゃよ」
「それができるというのもすごいな。だが、それならいい」
「わしを心配してくれたんじゃな。ありがとうよ。ところでレカンちゃん」
「うん?」
「レカンちゃんの指示で、わしらは魔石を採らずに先に進んどる」
「ああ」
「宝箱が出たら回収しておるがの。魔石を採ると時間がかかるからしかたがない。そのおかげで攻略は驚異的な速度で進んどる」
「ああ」
「じゃが、レカンちゃんは、魔石を採っておるんじゃないか?」
レカンは、にやりと笑った。
もちろんレカンは魔石を採っている。それによって全体の攻略速度が落ちることはないのだから、何の問題もない。面白いのは、レカンが魔石を採っていることにジザが気づいたことだ。この老魔女は、レカンの気質やものの考え方をつかんできているのだろう。
「ええっ。そんなばかな」
ウイーが驚いている。
「レカンはいつも一番先に穴を抜けているのでしょう? その攻略時間で、魔石まで採れるわけがありません」
「それが採れるんじゃよ、レカンちゃんにはの」
「不可能です。……いや」
ウイーは、いったん不可能ですと口にしたが、そのあと考え込んだ。昨夜、自分の思い込みに固執するなと言われたばかりだ。可能になるとしたらどういう可能性があるか考えているのだろう。
「もしや、何かの恩寵品か魔道具ですか? 瞬時に魔石を取り出すことができるような」
「はずれじゃ。剣のわざと、魔法のわざじゃ」
「剣のわざ? 魔法のわざ? わかりません」
「わからんかの。それはの、レカンちゃんをみるあんたの目が、まだ充分に開いておらんからじゃ」
「どういうことですか」
「考えてみることじゃな」
レカンは〈収納〉からかなりの数の魔石を取り出した。
「おばば。これがここまでに得た魔石だ。もらってくれ」
「ほう? ええのか?」
「ああ」
「じゃあ頂くとするかの。ありがとよ、レカンちゃん」
三十階層までの探索では、レカンが一番、アリオスが二番、ウイーが三番、エダとユリウスが僅差で四番、ジザは常に最後だった。
四十階層までの探索では、レカンの一番とアリオスの二番は変わらず、エダとユリウスが三番になった。ウイーは四番に落ちた。敵が複数頭になったため、多少戦闘時間が長くなったのだろう。ジザはやはり最後だった。そもそも歩く速度が遅いのだから、これは致し方ない。
五十階層までの探索では、レカンの一番は変わらなかったが、二番がアリオスのときもあったし、エダとユリウスのときもあった。ウイーの四番は変わらなかったが、ほとんどジザと同時のときもあった。
六十階層までの探索では、レカンの一番に続いて、アリオスが二番に返り咲いた。戦い方のこつのようなものをつかんだのだろう。エダとユリウスが三番で、四番はジザで、ウイーは五番に落ちた。
四十階層あたりから、ウイーの右腰には、短く太い杖が差し込んである。たぶんそこまでは剣だけで相手を倒してきたのだ。ウイー自身が、低い階層では剣だけで相手を倒せるし、剣のほうが連戦がきくと言っていた。四十階層からは、黒い魔狼には魔法で攻撃しているのだろう。