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4
その部屋に入るなり、ダグ隊長は大げさな敬礼をしてみせた。
「冒険者レカン殿をお連れしました!」
「ヘンジット様がその者の入室を許された」
「はい! レカン殿、入室されよ」
レカンは部屋に入るか入らないかの位置で立ち止まった。
なにしろ広くもない部屋に、むやみに豪華な装備をまとった騎士が一人とそうでない騎士が二人と、仰々しい衣装を着た文官らしい男が二人、やたらと広い面積を占有している。
レカンが入室する空間を作るため、ダグ隊長は部屋の隅にいる兵士と肩がふれ合うほどの距離まで近づかねばならなかった。
「ヘンジット様に礼をいたせ!」
騎士の一人がわめいたが、レカンは無言のまま、ただ立っている。
「よいよい。突然高位の騎士に対面して、我を忘れているのであろう。許してやれ。これ、レカンとやら」
レカンは静かにヘンジットを見下ろしている。
ヘンジットの身長は、この部屋にいる者のなかで一番低い。レカンと比べれば、おとなとこどもほどの差があった。
「下層の迷宮品をわが家に納めたと聞く。殊勝である。これからも励め。恩寵品が出たら、必ずこの町で競売にかけるのだ。よいな。わかったら行け」
レカンはお辞儀もせずに部屋を出た。うしろでヘンジットがわめくのが聞こえた。
「隊長。兄上はまだ迷宮から出られぬか」
「はい、まだお出になりません」
「領民のため、御自ら恩寵品を求めて下層に降りられるとは、まさに武門のほまれ。兄上に万一のことがないよう、全力を挙げよ」
「はい!」
迷宮に探索に入っている者の安全など守りようがないだろうにと思いながら、レカンは警備隊詰め所を出た。
5
第一階層から第十階層までは、戦わずに降りた。
ただし、まとわりついてくる魔獣を放置すると、降り口の手前に魔獣の塊ができてしまうので、追いすがってくる魔獣は足を切り落とし、動けなくした。
階段では、前回のように走ったりしなかった。それでも、レカンは二段ずつ足を運んだので、ほかの冒険者よりも速度は速い。
第十階層までは、まったく手応えがなく、もう二度と来ようとは思わなかった。
第十一階層手前の階段で小休止し、食事を取った。
銀色の指輪を取り出して、左手の中指にはめる。
前回、ダグ隊長からもらった便覧を取り出してながめた。
この迷宮のどの階層に出現する魔獣の一覧表であり、それぞれの魔獣について、簡単な説明が記されている。
冒頭には迷宮の特色が説明してある。
「ゴルブル迷宮は、三十階層という中規模の迷宮であるが、出現する魔獣は多種多様であり、水妖族と竜種を除くあらゆる系統の魔獣が確認されている。この迷宮では、誰もが自らの戦い方に合わせた魔獣狩りを選択できるのである。第一階層から第十階層までは洞窟型、第十一階層から第二十階層までは無限支柱型、第二十一階層から第三十階層までは連続石室型となっている」
上層、つまり第一階層から第十階層までは、初級者がソロもしくは少人数で戦うのに向いている。中層、つまり第十一階層から第二十階層までは、中級者がグループで戦うのに向いている。
ところが下層、つまり第二十一階層から第三十階層までは、ソロで戦うには魔獣が強すぎるし、大人数で戦うには場所が狭い。そのため、下層は冒険者に人気がない。
その下層こそ、レカンが目指す場所である。
6
第十一階層に降りた。
ここから第二十階層までも、基本的にはただ通り過ぎるだけだが、進路上に魔獣がいた場合は戦う。
ここまで来ると、ほっとする。何しろ第十階層までは、薄暗いし狭いし、冒険者は多いし、進路は自由に選べない。
第十一階層の魔獣は、鼻曲である。
鼻曲は、猪鬼族の第三階位魔獣だが、レカンがこの世界ではじめて遭遇した魔獣であり、ルビアナフェルとの出会いの契機ともなった魔獣である。
この階層では戦闘もなく、レカンはすたすたと歩いて階段に到着した。
第十二階層の魔獣は、長腕猿である。といっても、同じ種族であるパレードよりずいぶん小さいし、ジェリコと比べてさえ一回り小さい。
ここでも戦闘はなかった。
第十三階層の魔獣は、蛇凶族第四階位魔獣の平白蛇である。
この魔獣をみてレカンはいやな気分になった。平白蛇の毒を飲まされて苦しんだ記憶を体が思い出したのである。
レカンは右手を上げ、指を握り込んで人差し指だけを伸ばし、体中から少しずつ魔力を集めて、呪文を唱えた。
「〈炎槍〉!」
指の先に、ちろりと小さな炎が生じたかと思うと、みるみる大きく細長い炎の塊となり、魔獣に向かって飛んでいった。
平白蛇は、熱に敏感な魔獣である。この魔法の気配を察知して機をうかがっていたのだろう。さっと右にかわして、そのままレカンに襲いかかった。
レカンは右手で〈収納〉から剣を取りだし、飛びかかってきた平白蛇を両断した。
(発動が遅すぎる)
いくら威力があっても、呪文を唱えてから発動までがこんなに長いのでは、実戦では役に立たない。
レカンは、迷宮のなかに無数に立っている枯れ木のような柱の一つを、右手の人差し指で指し示した。
「〈炎槍〉!」
今度は、先ほどの半分ほどの時間で魔法が発動した。
やはり、頭のなかで素早く確実に思い描くことで、魔法の発動は速くなる。
次に、右腕をだらりとたれ、いきなり別の柱を指さした。
「〈炎槍〉!」
何も起きなかった。
失敗の理由をレカンは悟っていた。呪文を唱える前に、魔力を収束させるのを怠った。これでは魔法が発動するわけはない。
魔力を練る。
標的を指さす。
呪文を唱える。
この手順を、誤らず確実に、そして素早く行わなければならない。
(剣のわざも魔法も)(結局同じなのだろうな)
一つのわざを覚えてから、それを実戦で使えるようになるまでには、それなりの場数を踏まなくてはならない。さらに、連続する戦いのなかで、まさに必要な瞬間、有効なやり方でそのわざが使えるようになるには、工夫と実践の積み重ねが必要だ。
威力の小さい、目立たないわざであっても、熟達すれば思わぬ効果を発揮する。
まして剣士であるレカンが、〈炎槍〉という強力な遠距離攻撃を手に入れたことの意味は大きい。
これからみっちり磨き込んでゆかねばならない。