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複数の魔法使いが戦っている。
いずれも怪物のような魔力量の持ち主だ。
これだけ離れていても、魔法の発動する光がちかちかとまたたく。
断続的に爆発が起きる。爆発の合間には魔法と魔法のせめぎ合いが起きているが、レカンの知識では、どんな魔法が行使されているのかまではわからない。
もとの世界で竜と竜との戦いをみたことがあるが、それを思い出させるほどの戦いが、今あそこで繰り広げられている。
(お。何かが飛び出した)
戦いの行われている地点から何かが飛翔し、スリンガー山のほうに近づいてくる。
翼ある大きな生き物だ。
(飛竜か?)
〈生命感知〉の告げるところによれば、魔獣一体と人間二人が飛翔している。そのあとを追うように、魔獣一体と人間一人が空に舞い上がった。だが先に飛び出したほうから魔法の光が放たれ、あとを追うほうに着弾し、墜落させた。
(おいおい)
魔法研究所のある辺りから、攻撃魔法がいくつか放たれたが、すでに飛竜は攻撃魔法の射程を離れていた。
人間が使役できる飛竜は〈白首竜〉だけだと聞いている。近づいてくる竜は、確かに首が白い。乗っているのはジザとウイーだった。
たちまち白首竜はスリンガー山に到達し、レカンが登っている木のすぐ近くで速度をゆるめ、ほとんど静止状態ではばたいた。吹き寄せる風で木々の枝が大きく揺らぐ。レカンも枝の上から吹き飛ばされた。
「〈風よ〉! 〈風よ〉!」
〈突風〉で落下速度を緩め、地面に軟着陸した。やはりこういうとっさの場合には、慣れ親しんだ〈突風〉がいい。〈浮遊〉や〈移動〉は発動するのに魔力を練らねばならず、発動の瞬間にも意識集中が必要だが、〈突風〉は、ほとんど瞬時に発動できる。
少し離れた場所に、ジザとウイーがふわりと降り立った。
「レカンちゃん! 迷宮に入るのじゃ! 急げ!」
魔法研究所のほうから二頭の飛竜が近づくのをレカンは察知した。そのほか、何十という強大な魔法の気配がこちらに近づきつつある。レカンでさえ寒気がするほどの巨大な魔力の集合体だ。レカンが二人も三人もいたとしても、とてもではないが対抗できない。
ウイーを先頭に一行は迷宮のなかに突入した。
「よしっ。ここでいい。皆、手をつなげ!」
ウイーの指示で、一同は手をつなぎあった。ウイーはジザの手を取り、ジザはユリウスの手を取り、ユリウスはレカンの手を取り、レカンはエダの腕を取り、エダはアリオスの手を取った。
「あ」
と思ったとき、すでにウイーは〈階層〉〈転移〉の呪文を唱えていた。
一階層に到着した。
「ふう。これで追っ手に追いつかれることはない。そのご仁はパルシモ迷宮に入ったことがないのだな。一階層にしか飛べなかった」
そのご仁というのはアリオスのことである。
このパルシモ迷宮は、たとえ同じ階層にいてもちがうパーティー同士は出会わない。また、どんな階層に潜っても、前のパーティーが残した戦闘のあとや遺品に出会うことはない。だから、パーティーが転移したとき新たな部屋を生み出す型の迷宮なのだといわれている。迷宮に入ってしまえば、追っ手と遭遇することはないのだ。
「アリオスはオレたちをみおくりに来てくれたんだ。迷宮に入るつもりはなかった」
「そうだったのか。だからそんな荷物を持っているんだな。そういうことならここから帰ってもらえばいい。追っ手たちも、無関係な者を捕らえたりはしまい。少し事情を聞かれるかもしれないが」
「それはいいが、するとオレとおばばとウイーとエダとユリウスで潜ることになるのか? エダとユリウスは一緒でないとまずいので、一枠足りないぞ」
「エダちゃんにはボルクちゃんをつけるわい。ユリウスぼうやは魔法攻撃はできんのか? それなりに魔力はあるようじゃが」
「ボルクちゃん?」
「人造皺男じゃよ。〈自在箱〉のなかにしまってあるのじゃ」
「ふん? その相談の前に、事情を説明してもらおうか」
「ああ、そうじゃな。ちょっと喉が渇いた。茶を飲ませてもらうぞい」
一同はその場に座って休憩した。〈自在箱〉から出した茶を飲んで一息ついたジザが、説明を始めた。
ジザの説明によれば、要するにジザが思う以上に理事会はジザを警戒していたということに尽きる。ジザの動向は細かく監視されていた。ジザが頼りにしていた三人の魔法使いと三人の物理職も厳重な監視のもとに置かれており、しかも魔法使いの一人と物理職の一人は理事会の回し者だった。
だから秘密裏に進めたはずの迷宮探索計画も、ただちに理事会の知るところとなった。そして理事会はジザを監禁するという強硬手段に出ようとしたのだ。
捕縛に向かったのは導師級魔法使いを含む百人以上の魔法使いと五人の魔法騎士だ。人数でジザの魔法を抑え、魔法騎士の物理攻撃でジザを取り押さえ、強力な魔道具でジザを無力化しようとした。
ジザは自分の研究室がある区画に逃げ込んで侵入者を防いだが、そこから出ることができない。その状況で、交渉のためやってきたウイーを部屋のなかに入れた。
ウイーは思いもよらない提案をした。自分を迷宮探索に連れていってくれるならジザの味方をするというのだ。
ジザはこの条件を飲んだ。
ウイーは何食わぬ顔をして部屋を出て、説得には時間をかけたほうがよいと理事たちに伝え、研究所を出て迷宮探索の準備をして、白首竜一頭を竜舎から呼び出せるように段取りを整えてから、再度交渉のためと称してジザの部屋に入った。
そして二人は実力をもって囲みを破り、迷宮にやってきたのである。