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「レカン師匠。ご無沙汰しております」
「アリオス。いったいどうしたんだ」
「ちょっと南のほうに用事がありまして、帰りに立ち寄ってみたんです」
「里長である父親の具合が悪いから、お前は里を出られないんじゃなかったか?」
「出にくいんですが、今回は私が行かなければならない案件でした。それに父も小康状態を保っていますので」
「そうか。まだ生きてるんだな」
「まだ生きています」
「なら、これをやる」
レカンは〈収納〉から小さな袋を取り出した。
「これは?」
「〈神薬〉だ」
「えっ。レカン殿のやることには、もう驚かないと決めていたんですが」
「だからそれはもういいって」
「父上とエダ姉さんは仲がいいんですね」
「レカン殿。ありがとうございます。ありがたく頂戴します」
アリオスは立ち上がって、深々と頭を下げた。
「ちょうど手に入ってな。いや、ユリウスが里に帰ったときにことづければよかったと、あとで思ったんだ」
手元に置いておけば使いたくなることもありそうなので、いさぎよく〈神薬〉は手放すことにした。その相手にアリオスほどふさわしい者はない。レカンはこの練達の剣士に出会えた幸運に、深い感謝の念を抱いていた。そしてまたアリオスは、その人格において、この世界でレカンが信頼をおける数少ない人間の一人だ。
「それにしてもよくここがわかったな」
「ええ。パルシモ迷宮攻略中だろうということも、この宿のことも、ユリウスから聞いていましたから」
「そういえばそうか。ところで何の用事で里を出てきたんだ?」
「私たちと古い付き合いのある貴族家を通じて、ある貴族家から、剣士を雇いたいという申し出があったんです」
「ふん?」
「話を聞いて断ることにしたんですが、非常に有力な貴族家で、私が直接先方に出向いて断らなければ、仲介してくれた貴族家に迷惑がかかりそうだったんです」
「なるほど」
「時々あるんです。こういう勘違いをした依頼が」
「どういう勘違いだ?」
「われわれの一族が暗殺をなりわいにしているという勘違いです」
「それは勘違いなのか?」
「勘違いです。われわれは剣のわざは売りますが、人殺しを引き受けはしません。依頼者の命を守るために戦ったことはありますが、それは結果的にそうなっただけで、基本的には護衛も引き受けません。戦闘そのものを売ることはないんです」
「今回の依頼は暗殺だったのか」
「先方がおっしゃるには、不届きな冒険者に自家の騎士を傷つけられたうえ、家宝を奪われたんだそうです」
「ほう。悪い冒険者だな」
「正々堂々と戦って、その冒険者を殺し、家宝を取り戻してほしい、というのが依頼です」
「筋の通った依頼じゃないか」
「調べてみましたが、その冒険者は、きちんと立会人を立てた決闘で勝利し、約定に基づいて相手の持ち物を得たんです。その結果が気にくわないからといって、冒険者を殺して品物を取り返せというのは、言葉は飾ってみても、結局暗殺の依頼です」
「それで断ったのか」
「はい。それが不思議なことに、いざ先方にいってみると、先方から依頼を取り消してきたのです」
「引き受けたら面白かったんだがな」
「ご冗談を」
もちろんその不埒な冒険者というのはレカンのことだ。アリオスは、レカンに、もう刺客の心配はしなくていいと教えるために、わざわざここに立ち寄ってくれたのだ。
(こいつ義理堅い男だな)
レカンはアリオスが好きだ。だが〈虚空斬り〉も欲しい。アリオスがその仕事を引き受けてくれていたら、堂々と殺し合うことができた。勝てばアリオスの持つ〈虚空斬り〉が手に入るのだが。せっかくのチャンスだったが、断ったのならしかたがない。
「だがまあ、ちょうどよかった。アリオス」
「はい?」
「迷宮探索に付き合え」
「それはそれで勉強になりそうですが、気になることもあり、〈神薬〉を早く届けたいので、今回は失礼します」
「そうか。里というのはどこにあるんだ」
「それは秘密です」
久しぶりにアリオスを囲んで話ははずんだ。しかも今後はなかなか会えなくなりそうなのだから、懐かしさもひとしおだ。とはいえ明日は迷宮探索だ。しかも八十階層以降の探索だ。夜更かしするわけにもいかず、遅くなりすぎないうちに寝た。
翌日、朝食をすませ、迷宮の入り口に向かった。そこでジザと待ち合わせをしている。
アリオスは、レカンたちが迷宮に入るのをみおくってから帰途につくということで、同道している。肩に大きめの〈箱〉を背負い、腰に小さめの〈箱〉を二つつけている。いずれもツボルトで買ったものだ。
迷宮前でいろいろと話をしていたとき、それは起こった。
「なにっ」
「どうしたの、レカン?」
「誰かが町のほうで攻撃魔法を使った」
「この位置から感知できるのですか、師匠」
「すさまじい魔力の爆発だ。む?」
町のほうで黒煙が上がっている。
「〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉!」
レカンは〈突風〉の力を借りて大木をかけのぼり、高い枝の上から町を遠望した。パルシモ迷宮の入り口はスリンガー山の中腹にあるので、木の上に登ればパルシモの町が一望できる。
煙が上がっているのは、魔法研究所がある場所だった。