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「非常に魔力容量も大きいし、いくつか特別な機能をつけることに成功した逸品じゃが、〈ジャイラ〉のリーダーのカガルという冒険者に頼み込まれ、格安の値段で売ってやったんじゃ。ヴェータという魔法使いの少女があわれでの」
「ヴェータは無事に故郷に帰ったはずだ。ヴェータと母親が生活に困らないだけの金を持ってな。それがオレがカガルたちを許す条件の一つだった」
「そうじゃったのか。ありがとうな、レカンちゃん」
「この首飾りは迷宮品だと思っていたんだが」
「首飾り自体は迷宮品じゃよ。鑑定してもそう出るはずじゃ。ただし、別の恩寵品やわしが独自に作り出した魔道具と組み合わせて、〈吸収〉を持たない魔法使いにも魔力供給ができるようにしたし、〈回復〉と〈浄化〉ははじかないように調整した」
「確かに。だがそうするとあんたは、〈浄化〉の性質も研究しているんだな」
「ここをどこだと思っておるのじゃ。魔法使いの聖地パルシモじゃよ。魔法研究所には〈浄化〉の使い手もおる。内緒じゃがの」
「そうか。なるほどな。待てよ。もしかしてあんた、ほかにも〈インテュアドロの首飾り〉を持ってるのか」
「もちろんじゃよ」
「二つ売ってくれないか。エダとユリウスに装備させたい」
「いいとも。迷宮に入るとき持ってくるわいの」
「助かる」
何度もパルシモの町でいろんな店をのぞいたレカンだが、いろいろ面白い品はあるものの、これという品にめぐりあってはいなかった。
そもそも攻撃を強化する魔道具には、もう飽きた。ツボルトで手に入れた恩寵剣の数々も、一部の剣を除いて使う気になれない。というのは、その剣の特性に応じて戦い方を変えるのが面倒だからだ。普段使うのは〈ラスクの剣〉と〈彗星斬り〉だけでよく、戦う魔獣の種類によっては属性効果のついた恩寵剣を使うということに決めている。
防御系の恩寵品についても、手持ちの品を超える品がなかなかない。呪いを解除したり、毒を消したりする装飾品はいくつか買ったが、いずれもレカン自身は使うことはないと思われる。エダとユリウスに与える装備が欲しいのだが、これという品がみつからなかった。
だが、〈インテュアドロの首飾り〉が手に入るとなれば別だ。エダとユリウスに装備させてやれば、こんなに心強いことはない。
「ふぇっ、ふえっ。六十二年ぶりの迷宮踏破じゃの。血が騒ぐわい」
「そういえばエラ・モルフェスが六十二年前にパルシモ迷宮を踏破したんだったな」
「そうじゃよ」
「たしかマザーラ・ウェデパシャがエラを弟子にしたのは百二十年前だと聞いたような気がする。いったい何歳のときにエラは迷宮を踏破したんだ?」
「七十四歳じゃな」
「そうするとマザーラの弟子になったのは十六歳のときか。それにしても七十四歳とは、ずいぶん高齢だな」
「若い、若い。今のわしより十も若いの」
「なにっ。あんた八十四歳か」
「乙女に面と向かって年を聞いてはいかんのじゃ」
レカンは頭のなかで、ざっと計算してみた。
百二十年前にエラが十六歳だったとして、二十六歳のときに娘を産み、その娘が二十六歳のときジザを生んだとする。すると、今ジザが八十四歳だとして計算は合う。
それにしても、まさか八十四歳だとは思わなかった。
(こんな年寄りを迷宮に連れていっていいのか?)
しかしよく考えてみると、魔法研究所には〈浄化〉持ちがいるのだ。そして理事会はジザが健康に長生きすることを何より重要視している。となると、ジザに定期的に〈浄化〉が施されていても不思議はない。ジザだけでなく、ジザの母も祖母もそうだったかもしれない。〈浄化〉を受け続ければ若返りの恩恵が受けられる。
(となると結晶化が起き始めているかもしれんな)
(あとでエダの〈浄化〉を浴びてもらおう)
ジザと別れて宿に帰ると、エダとユリウスが食後のお茶を飲んでいた。
「今日は休みだ。明日迷宮に入る」
レカンは一人で町に出た。
ぶらぶらと店をのぞきながら町を歩いているうちに、丘の近くまで来てしまった。
丘の上にはひどくしっかりした造りの建物が立ち並んでいる。魔法研究所や直営店だ。信じられないほどの魔力を持った魔法使いが何人もいるし、そこまでではないにせよ、相当の魔力を持った魔法使いが数多くいる。やたら込み入った魔法防御か何かの結界が何重にも張り巡らされている。絶対に足を踏み入れたくない場所だ。
直営店に行けば、レカンの欲しい物もいろいろあるような気がする。だが、あそこでは何かあったとき、まともに戦闘力が発揮できない可能性が高い。また、あそこにいる魔法使いたちが一斉に襲いかかってきたら、いかにレカンでも戦いようがない。
トルーダに教えてもらった居酒屋で夕食をとっていると、ぽっちゃりが机の向かいに座って料理を注文した。杯を持ち上げてレカンに乾杯をせがんだが、無視した。
「つれないねえ。旦那、旦那。いい知らせがあるんでさあ」
「そうか」
「スマーク侯爵家が旦那を暗殺するため、少なくとも三人の刺客を雇いました」
「それのどこがいい知らせなんだ」
「ところが全員解約したんです」
「なに?」
「調べてみると、マルリア・フォートス神官が、王都を訪れたスマーク侯爵のもとに三日間通い詰めて、懇々と説諭したらしいんでさ」
「災難だったな」
「誰がですか? とにかくスマーク侯爵は、今後絶対にレカンの旦那に手を出さないことをケレス神殿で神々に誓わされたんだそうで。マルリア神官とは、旦那、六の月のはじめに会ってましたよね」
「よく知っているな」
ヴォーカにぽっちゃりが来ていたとは気づかなかった。もっともこの密偵は、どこにでもいそうな存在の気配をしていて、ごく近くにいて集中して気配を探るのでなければ、近くをうろうろしていても気づかないことが多い。
「これでスマーク侯爵家からのちょっかいは、今後心配しなくていいんです。一応ですけどね。どうです。いい知らせでしょう」
「なるほど、いい知らせだ。ぽっちゃり、ご苦労だった」
「グィスランです」
夕食を済ませ、宿に帰った。
(おや?)
一階の食堂で聞き覚えのある話し声が聞こえた。
一人はエダ。もう一人はユリウス。そして最後の一人はアリオスだった。