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ゾイルは、たくましい筋肉を持った精悍な剣士だった。どこかレカンに似たところがある。
最初ゾイルはレカンを警戒していた。
それは当然だ。みしらぬ強力な冒険者と共同で迷宮を探索するのだ。万一迷宮内で敵対するようなことになれば、生きて帰れないこともある。
とはいえ、強大な力を持つ戦士と、〈浄化〉持ちを仲間にできるのは魅力的なことにちがいなく、とにかく数階層を共同探索してみて、うまくいきそうならあらためて受付に戻り、条件を相談して、本格的に共同探索をすることになった。
「ゾイル。穴の一つにはオレが入る。別の一つには、エダとユリウスが入る。あとの三つをあんたのパーティーで受け持ってくれ」
「それでいいのか? うちからも少し人を回したほうがいいんじゃないのか?」
「いや、それでいい。それから一つ提案がある」
「聞こう」
「あんたたちは、魔石も毛皮も両方採取したいだろうな」
「もちろんだ。爪も牙もだ」
「オレとエダは、容量が特別に大きい〈自在箱〉を持っている」
「ほう!」
「皮を剥がず、体ごと穴から持ち出してくれれば、オレかエダが預かって、買い取り所まで運ぶが、どうだ」
「おいおい。素材を剥ぐか、魔石を採るかしなきゃ、その階層からは持ち出せないだろうが。いや、待て。もしかしたらここの迷宮の場合、穴のなかから外へは持ち出せるのか?」
「そうじゃない。腹を裂いて、魔石を内臓と周りの肉ごと切り取れば、皮のほうは消えないんだ。そのあと魔石を取り出せば、内臓と周りの肉は消える」
「なんだと。ほんとか?」
「やってみればいい。最初は大きめにえぐってみることだ」
「そいつを試してみることにする。俺たちが倒した魔狼には印を付けるようにするよ」
一階層と二階層を探索しただけで、ゾイルはレカンを信用する気になったようで、さっそく受付に戻って共同探索の条件を決めた。
条件といっても、ごくゆるいものだ。
ゾイルのパーティーが魔獣を倒して得たものはゾイルのパーティーのものになり、〈ウィラード〉が得たものは〈ウィラード〉のものになる。お互いに何を得たかは相手に知らせる必要がない。ゾイルのパーティーメンバーから要請があった場合、エダはそのメンバーに〈回復〉または〈浄化〉をかけ、その都度銀貨一枚が支払われる。探索は原則朝から夕方までとする。次の階層に進むかどうかは、レカンとゾイルが話し合って決める。休養日を取る場合も、レカンとゾイルが話し合って決める。
そういう取り決めである。最初レカンは、〈回復〉〈浄化〉の料金はいらないと言ったのだが、「共同探索といっても別々の穴に潜るわけだし、こっちからそっちに提供できるものがない。せめて銀貨一枚は支払わせてくれ」とゾイルが言ったので、そうすることになった。
取り決めは受付の職員の立ち会いのもとで行った。もし取り決めに背けば、買い取りを拒否されたり、悪い噂が流れたりするかもしれない。この迷宮を探索する以上、管理者たちを怒らせることは得策ではない。
結局、この共同探索は、非常にうまくいった。
一日目には八階層まで進んだ。二日目には二十階層まで、三日目には三十階層まで進んだ。一頭の小さな魔狼を五人で倒すのだから、この進撃速度は不思議ではない。
四日目には三十六階層まで、五日目には四十階層まで進んだ。
三十一階層の穴を抜けたところで、はじめて〈回復〉を求められた。
エダは〈回復〉をかけた。
「おお! こりゃ、すげえ。前に神殿で〈回復〉をかけてもらったことがあるが、それより全然効果が高え。これが銀貨一枚とはお値打ちだぜ」
その様子をみながら、レカンはゾイルに話しかけた。
「ゾイル。〈回復〉はやっぱりただにしよう」
「え?」
「ここまで全員が無傷できたわけじゃない。だが誰も赤ポーションを使わないし、〈回復〉も頼まなかった。まあ戦闘に差し支えるほどの大きな怪我をした者はいないようだが、小さな傷が重なってゆき、疲れがたまっていけば、攻略速度は落ちるし、思わぬ不覚をとることもないとはいえん」
「そりゃあ、まあなあ」
小赤ポーションの標準価格は大銀貨一枚であり、銀貨一枚というのはその十分の一の価格だ。だが冒険者というのは、基本的にけちだ。ほっておけば治るような傷を金をかけて治療してもらおうとは思わない。そして冒険者にとっても一般人にとっても、〈治療〉というのは敷居が高い。
「ゾイル。今から全員に〈浄化〉をかける。料金はいらない」
「え?」
ゾイルはレカンの言葉が理解できなかったのか、ひどく不審そうな顔をしている。それに構わずレカンはエダに合図した。
「エダ」
「うん。わかった」
エダは細杖を抜くと、ゾイルのパーティー全員に〈浄化〉をかけて回った。
「〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉」
これにはゾイルのパーティー全員が愕然とした。それはそうだ。〈浄化〉のような高度で特殊な魔法をこんなにやつぎばやに放つことなど、想像もできないはずだ。そして一回ごとの魔力量を抑えたとしても、魔法の二十連発など誰もみたことはない。
「き、気持ちいい」
「なんてこと。生まれ変わったみたいだわ」
「これが、〈浄化〉なのか」
〈浄化〉の心地よさは経験してみなければわからない。単に傷が治り、筋肉の疲労が癒されるのとはちがい、文字通り生まれ変わったような感覚なのだ。
「今後、傷を負った者やひどく疲労している者がいたら、こちらで勝手に〈回復〉なり〈浄化〉をかけさせてもらう。もちろん本人が申し出てくれてもいい。料金はいらん。速く安全に先に進むことができるのは、オレたちにとって利益だ」
「わかった、レカン。甘えさせてもらう。だが今の〈回復〉の料金は払わせるよ。さっきまではそういう約束だったからな」
このときから、メンバー全体の雰囲気が格段によくなったようにレカンは感じた。