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翌日の朝、〈クワントロ〉と〈ウィラード〉は、迷宮の受付で追加の契約を行った。それは、三十階層到達のあとも、日程の許すかぎり下層への探索を手伝う、というものだ。条件はこれまでと同じく、一階層踏破するごとに金貨二枚である。
実は前日の夕食会のとき、レカンはこのことを申し入れて、〈クワントロ〉の了承を得ていた。その際に、三十階層からは金貨三枚に値上げすると提案したのだが、「金額は同じでいいから、昼食にまた竜の肉を食わせてもらえないか」と言われたのだ。もちろんレカンは了承した。
「レカン。この追加条件については受付の係員に言わないでおこう。話が漏れると、あなたはいろんなやつにまとわりつかれることになる」
「あんたたちがそれでいいなら、そうしよう」
三日目は早々に三十階層に到達し、三十三階層まで進んで昼食となった。レカンの魔力回復薬の驚異的な持続時間を体感したため、〈クワントロ〉のメンバーは最初から魔力回復薬を飲んでいる。だから調子は非常によかった。
「あ、トルーダさん。怪我したんですね」
「うん? ああ。かすり傷だ。この程度に赤ポーションを使うのももったいないからね」
「魔法で治していいですか?」
「そういえばエダは〈回復〉が使えるんだったね。よかったら頼む」
「はい。〈浄化〉」
「ええええええっ?」
「ええっ?」
「なにっ」
「まさかっ」
「そ、その青い色の魔法光は」
エダは杖も出さず、指先に大きな〈浄化〉の光を発現させた。そしてその大きな青い光の玉をトルーダの頭上に落とした。青い光の玉はゆっくりと降下してトルーダの全身を浸していった。
「ああ。なんて……気持ちのいい」
一同はしばらく無言で、この奇跡のような光景をみまもった。
「嘘でしょう。あんな大きな光球が」
「つ、杖もつかわずに」
「あの色は、確かに〈浄化〉よ」
「はじめて〈浄化〉をみたよ」
トルーダは、心地よさそうに目を閉じていたが、はっとしたように目を開いた。
「腹の奥のほうに何年もしこりがあってにぶい痛みがあったんだが、消えた。傷も消えているが、それだけじゃなく、体中が生まれ変わったように調子がいい。これが〈浄化〉か。なるほど、〈回復〉とはまったくちがう」
ヴォーカに帰ったとき、レカンとノーマは相談して、今後はエダの〈浄化〉を隠すことはせず、周囲にみせつけることにした。
そもそもエダが〈浄化〉使いであることは、すでに隠しようがない。となれば、エダが〈浄化〉使いであると同時に迷宮深層の冒険者でもあることを印象づけて、妙な手出しをされないように牽制するのがいいということになったのだ。
それもあって、このところエダは、レカンやユリウスと迷宮探索をするときには、〈浄化〉を多用している。消費魔力が同じなら、〈回復〉より〈浄化〉のほうが効果が高いからだ。もちろん、寝る前に二度レカンに〈浄化〉をかけ続けている。おかげで、エダの〈浄化〉の発動速度や制御にはますます磨きがかかっている。
ただ、レカンの目からみて、質が向上しているとはいえない。スカラベルの〈浄化〉が上級なら、エダの〈浄化〉は、まだ中級に差しかかったあたりでしかない。
「もしかして、エダさん、あなた、〈薬聖の癒し手〉?」
フィーナの質問に、エダはえへへと笑って答えた。
「えっ? まさか」
「そういえば、たしか〈薬聖の癒し手〉もエダという名だと聞いたけど」
「まさか本人?」
「いや、そんなばかな。どうしてそんな人がこんなとこで迷宮に潜ってるんだ?」
「ふむ。エダは確かにスカラベル導師に〈浄化〉をかけて、症状を改善させたことがある」
「やっぱりそうなのか! でもまさか〈浄化〉の使い手が迷宮に潜ってるとは」
「〈浄化〉使いが迷宮に潜っているというより、迷宮探索をする冒険者が〈浄化〉に目覚めたんだ。エダはニーナエ迷宮、コズイン迷宮、ラカシュ迷宮、それにロトル迷宮を踏破している」
「ええええっ?」
「嘘でしょう。四迷宮の踏破者?」
「こ、こんなかわいい顔して、実は凄腕探索者?」
「それだけじゃない。ツボルトでは百二十階層まで行った」
「ツボルト! そうか! レカン、あなたの名前を聞いたことがある。あなたはツボルト迷宮を踏破して、〈眠らない迷宮〉ではないことを明らかにし、〈彗星斬り〉を手に入れたという、あのレカンなんだな」
一同は驚きの目でレカンをみた。〈クワントロ〉のメンバーはよその迷宮にはあまり興味がないようだが、さすがにツボルト迷宮を踏破して休眠させたという大事件は知っていたのだ。レカンがその当人だと知って、まなざしは畏敬の色を帯びた。
(せいぜいオレたちの噂を振りまいてくれ)
(そうすればこのあと同行者をみつけやすくなる)
この日は、三十九階層まで進んだ。
四日目には四十階層に進んだが、四十階層からは魔狼が三匹出現する。これは〈クワントロ〉のメンバーには手応えがありすぎたようだ。相変わらず五人で三つの洞窟を担当しているのだが、四十階層の出口に出るのに五人ともかなり時間がかかった。
四十一階層を踏破するのには、さらに時間がかかり、怪我も増えた。
四十二階層を踏破したとき、レカンは言った。
「トルーダ。依頼はここまでとしよう」
「そのほうがいいようだ。すまんなレカン。もう少しやれると思ったんだが、みんな少しなまっていたようだ」
「いや。敵の数が多いんだからしかたがない。世話になった」
レカンは報酬の金貨を払い、大きな肉の塊を包んだ不腐布をトルーダに差し出した。
「小火竜の肉だ。みんなでわけてくれ」
「こんなに! いや。これは悪いよ、レカン」
「実はロトル迷宮は二度踏破した」
「は?」
「一度目に倒した竜は、半分を人に譲ったが、まだまだ残りがある。そして二度目に倒した竜は、丸々一頭分が手つかずで残っている」
「あなたは、なんて人なんだ。もしかしたらあなたは、この迷宮も踏破できるかもしれないな」
「そのつもりだ。ま、運次第だがな」
「第44話 伴侶」完/次回8月2日「第45話 紅蓮の魔女」