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翌日は、革鎧の職人たちがやって来て、竜革鎧の調整を行った。
四日待てば鎧が仕上がるということだったので、四日間ワズロフ家に滞在することになった。
その日の晩餐のときである。
「この町の神殿長がエダに会いたがっているだと?」
「これまでも、実はエダ殿への面会の打診はいくつもあったが、独断で断らせてもらっていた。ユミノス神殿長からの申し入れは二度目なのだ。最初のときは日程上不可能だという理由をつけて断った。だが今度は君たちがあと四日間わが家に滞在することを神殿長は知っていた。たぶん職人の工房から漏れたのだろう。だから申し入れを伝えることまでは拒否できなかった」
「ふうん。断ると、あんたの顔がつぶれるのか?」
「私は神殿長の申し入れを伝えるだけだ。それを受けようと断ろうと、それは君たちの問題だ」
「何の用事なんだろうな」
「ヴォーカの神殿長をエダ殿が祝福した噂は、この町にも届いている。同じことをしてもらいたいのかもしれんな」
「エダ、お前はどうしたい?」
「レカンはどうするのがいいと思う?」
「マンフリー。ヴォーカでやったようなことをここでもやるとなると、三日や四日の準備ではどうにもならんだろう。鎧ができたらオレたちはパルシモに行くぞ」
「約束だけでも取りつけておきたいのではないかな。いや、よくわからんな。正直、神殿長の狙いはわからん」
「今回は断る」
「わかった。それにしても、ノーマからの手紙で君がエダ殿とも婚約したことを知って驚いたが、なるほど適切だったようだ。婚約者として、君はエダ殿への面会申し込みを断る権利を持つからな」
「そういうものか」
「そういうものだ」
「そうか。マンフリー」
「うん? 何かね」
「この町の神殿長の狙いが何か、調べてみてもらえるか」
「わかった。しかし〈落ち人〉であることを宣言するとは、大胆な道を選んだものだな」
「自分が〈落ち人〉であることを公言したやつは少ないのか?」
「少ないというより、いないのではないかな」
「あんた、〈落ち人〉にくわしいのか?」
「わが家にはいろいろなことを研究している者がいる。知識も貴族家の力の一つなのだ」
「今までどんな〈落ち人〉がいて、どんなことをしてきたのか、わかるか?」
「ある程度わかる。もっとも、〈落ち人〉ではないかと思える人物は多いが、確実に〈落ち人〉だといえる人物は少ない」
「それを教えてもらえるか」
「わかった。明日、そのことにくわしい者を差し向けよう」
「助かる。ヤックルベンドというやつは〈落ち人〉なんだろうか」
「そういわれていた時期もあったようだね」
「今はちがうのか」
「存在があまりに強烈すぎて、〈落ち人〉かどうかなどということは、誰も問題にしないのだ。長命種であることは疑いないがね」
「なるほど。ところで、オレたちがここにいるときには、エダがあんたに〈浄化〉をかけていたが、最近は断っているようだな。なぜだ」
「ふむ。わが一族のなかに、エダ殿の〈浄化〉を望む者たちがいてね。私はその要望を拒絶してきた」
「そんな話ははじめて聞いたな」
「話していないからね。そういう者たちの耳に、私がエダ殿の〈浄化〉を受けているという話が入ったわけだ」
「なるほど。理解した」
〈薬聖の癒し手〉と呼ばれた〈浄化〉の使い手が、ワズロフ家と縁故ができ、何度もワズロフ家に滞在しているとなれば、その滞在中にワズロフ家の親族に〈浄化〉を施してもらえるよう交渉できるのではないか、と考える者がいても不思議ではない。
だがその要望をマンフリーははねつけた。
それなのに、親族には禁じた恩恵を当主だけが受けているというのでは収まらないだろう。
「かつてコロナ殿を薬壺のように扱った一族の重鎮たちは、もうほとんど死んでしまった。わが家はもう〈浄化〉への妄執から解き放たれるべきだ」
翌日、神殿長の使いという神官が、レカンへの面会を申し出た。
レカンはその使いと面会した。ワズロフ家の家宰フジスルが同席した。
神官はエダに会いたがったがレカンは許さなかった。
神官はエダとレカンの婚約を祝福し、土産をレカンに渡した。それは聖樹を模した銀製の台座にユミノス神の聖印を刻印し、その上に宝玉が据えられた品で、神官はそれをユミノス神の聖宝珠と呼んだ。
神官は、エダが神殿に参拝することをしきりに勧めた。
だがレカンは、ユミノス神殿に興味はないので参拝するつもりはないと答えたうえで、神殿長がエダに会いたいというなら、その用件を話してもらわなければ返事ができないと述べた。
そしてレカンは、自分たちは今ある目的のために多忙であると告げ、早々に面会を切り上げた。
神官はエダと直接交渉をすることを諦めたのか、最後にレカンに、時間ができたとき神殿長に会いに神殿に来ていただきたい、と言い置いて帰っていった。
予定通り四日目に鎧が仕上がり、レカンとユリウスは装着してみたが、着心地のよさに驚いた。そして、手順を守れば非常に手早く装着できることに驚いた。やはりマシャジャインの職人の腕は段違いなのだろう。
ところがエダは竜革鎧を嫌がった。重いからというのがその理由だが、たぶん外見が問題なのだろうとレカンは見当をつけた。女王蜘蛛の鎧は鮮やかな青色をしていて、とても美しいからだ。それに対して小火竜の鎧は暗褐色で、渋い味わいはあるが、エダが好きそうな色ではない。
「まあ、とりあえずは今までの鎧を着けて戦えばいいだろう。だがそのうち竜革鎧を着けなければならんときもある」
「うん。わかった」
小火竜の鎧も女王蜘蛛の鎧も、移動のときには着ない。着るのは迷宮に入るときだ。
滞在中、〈落ち人〉の研究をしているという人物からいろいろ話を聞いた。
レカンは、ザカ王国の建国王は〈落ち人〉ではないかと思っていたが、建国王の父親も母親もワズロフ家と関わりのある人物で、建国王の出自ははっきりしている。〈落ち人〉ではあり得ないという。
〈落ち人〉ではないかと思われている人物のなかに、マザーラ・ウェデパシャがいると知って笑った。ゾルタンの名は出なかった。存命と思われる冒険者のなかで、〈落ち人〉かもしれない人物が三人いるという。そのうち一人はエジスにいるというので、いずれ会うことがあるかもしれない。
研究者は、レカンに多くの質問をした。
レカンは自分の能力に関することと付与に関することは答えるつもりはない。
「冒険者の能力と装備に関することは聞くな。それはオレの生存に関わることだからだ」
そう言って釘を刺した。それ以外のことについては素直に答えた。つまり人々の日常生活や、国のありようなどについてだ。
六の月の二十五日、レカンとエダとユリウスはマシャジャインを出発した。
最初はまっすぐにパルシモに行くつもりだった。
だが途中で気を変えた。