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レカンはシアリギの若芽を採取に出かけた。これは採取するとすぐに処置しておかねばならない。しかも一箇所に生えている量がさほど多くない。そのため、ヴォーカから出たり戻ったり、十五日ほど忙しくした。
そのあいだに少々面倒なことが起きていた。
ケレス神殿がエダを呼び出しているのだ。
今までもゴンクール家に対して何度も呼び出しはあったというが、エダの不在や多忙を理由にノーマが断っていた。しかし今エダは冒険者協会の依頼を受けておらず、ゴンクール家に滞在していることが知られている。
ノーマに言わせると、この町を根拠地にするなら、ずっと断り続けるのは得策ではないという。
そして、後ろ盾のない状態ならともかく、薬聖が残した言葉がある以上、神殿も無茶なことはしないはずだという。閉じ込めてしまうには、エダは有名になりすぎた。
「神殿はエダを呼び出して何をさせようというんだ?」
「ケレス神を拝礼することと、〈浄化〉の実演だよ、レカン」
「ふうん? それが何になるというんだ?」
「〈薬聖の癒し手〉と呼ばれるエダがヴォーカの町のケレス神殿に参拝してケレス神を拝むのは、ヴォーカのケレス神殿にとっては非常に重要な意味を持つんだよ。町の民衆に対しても、そして他の町の神殿に対してもね」
「ああ。まあ、それはわからんでもない」
「そして、ケレス神殿で〈浄化〉のわざがふるわれる。公開でね。これは画期的なことなんだよ。戴冠式での祝福など特別の場合を除いて、〈浄化〉が人前で行われることはない。〈浄化〉持ちを抱えている神殿はそのことを秘匿するしね。エダが〈浄化〉のわざをみせることで、ヴォーカのケレス神殿は大いに権威を高めることができる」
「エダがヴォーカのケレス神殿に属していることになるんじゃないだろうな」
「ケレス神殿がどういう宣伝をするかは私たちの知ったことではない。どんな宣伝をしようが、エダを神殿に縛り付けることはできないよ。あなたと私がいるかぎりはね」
「なに? ああ、そうか。あんたがワズロフ家の姫だということを神殿も知っているわけだな」
「神殿にはそれなりの情報網があるし、私のほうでも、領主家から情報が流れるように仕向けておいたしね」
「なるほど。料金は支払われるんだろうな」
「大金貨一枚という料金のことだね。今回はそれを請求せずに、エダの奉仕ないし献納にしてしまったほうがいい。それでこそ貸しになる」
「ふうん? よくわからんが、あんたがそれがいいと判断したのなら、それでいい」
「今回はそれでいいのだけれどもね。今後のことを考えて、あなたに一つ提案がある」
「ほう」
「エダをあなたの婚約者にしてはどうだろうか」
「なに」
「ヴォーカの町のケレス神殿に対しては、ワズロフ家の姫でありゴンクール家の後継者である私が、エダと親しい関係にあり専属冒険者として雇っている、という建前で充分に効果的だ。あなたと同じパーティーメンバーだということも有効だ。あなたの恐ろしさはよく知っているからね」
「ふん」
「だが、他の町の神殿や有力貴族には、それでは充分ではないかもしれない。しかし婚約者となれば、強い抑止力になる」
「そんなものか?」
「同じパーティーに属しているというだけでは、あなたがエダをどれほど大事にしているか、他人には伝わりにくい。だが婚約者なら別だ。エダを奪えば、ツボルトを踏破した荒くれ冒険者を敵に回すということがはっきりするわけだ。周囲は慎重になるだろう。そしてあなたのことを調べる。そうすれば、あなたは怒らせた人間には容赦ない人間であり、途方もない戦闘力の持ち主だとわかる。エダを引き込むのを諦めるしかない」
「なるほど。オレに異存はない。あんたとの婚約は解消ということでいいんだな」
「それは困る」
「よく知らんが、オレは二人の女を婚約者にできるのか?」
「私の夫となればゴンクール家に入って貴族となり、複数の妻が持てる。だが婚約者では、そうはいかない」
「だめじゃないか」
「いや、大丈夫だよ、レカン。なにしろあなたはもとの世界では王族だったのだからね」
「なに?」
もとの世界でレカンはある国の王の養子となっていた。だから身分だけのことをいえば王族なのだ。そのことは、この町の領主には話したことがあったが、ノーマに話した覚えはない。
「領主様から聞き出したんだよ。あちらは私が当然そのことを知っていると思っていたから、口を滑らせた。あとは簡単だったよ」
「それで通用するのか? 証拠なんてないぞ」
「それが事実ではないという証明は誰にもできないよ」
「まあ、それはそうか。しかしそれだと、オレが〈落ち人〉だと言いふらすことにならんか?」
「あなたは最近、それを隠そうとしていないじゃないか」
「そう言われてみるとそうだったな。しかし、神殿のなかには〈落ち人〉を悪魔だとみなして討伐しようとする一派があるというが」
「〈薬聖の癒し手〉にして〈北方の聖女〉たる女性の婚約者だからね。たぶん大丈夫なのじゃないかな」
「おいおい。あんたにしては大ざっぱだな」
「ツボルトではあなたが〈落ち人〉だという話はすっかり広まっている。もう今さら隠せるものではないよ。だったら堂々と名乗ったほうがいい」
ノーマの言うことは正しいように思えた。いずれにしても、ノーマはレカンよりずっと頭がよい。そしてノーマはレカンのために最善の道を考えてくれたはずだ。だからレカンはノーマの勧めに従うことにした。
翌日、エダに婚約を申し出た。
エダは凍り付いたあと、舞い上がって喜んだ。
エダのケレス神殿への参拝は六の月のはじめにしてもらった。
神殿のほうでは、もっと時間が欲しいと言ってきたが、ぐずぐずしていたらユリウスとの合流に遅れるので、レカンは譲らなかった。
五の月の三十一日に、ゴンクール家において、レカンとノーマとエダとの婚約の祝宴が行われた。
着飾ったエダは美しかった。ノーマも息を飲むほどの麗人ぶりをみせつけた。
レカンもこの日ばかりは貴族の正装に身を包んだ。
下層の庶民であったエダなのに、なぜか正餐にはきちんとした所作で振る舞った。まるで貴族のようだった。
「お前、その作法はどこで身につけたんだ」
「内緒。そういうレカンこそ、すごいね。堂々として。ちょっと変わったマナーだけど。素敵だよ。えへへ」




