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「それと交換ということでどうだ」
「うーん。あれはもう少し調べたいことがあってねえ」
しばらく考え込んだあと、少し困った顔をしてシーラはこんな提案をしてきた。
「交換するのは少しあとにしてもらえないかね。それと、交換したあとでも、みせてもらうことがあるかもしれない」
わずかな時間考えて、レカンは承諾した。
「わかった。それでいい」
レカンは〈収納〉から巨大な魔石を取り出した。
「これがバリフォアの魔石だ」
「こりゃあすごい。期待以上だ。これならやれそうだね。これでだめなようなら、どうやってもだめだろうさ。よくわかったよ、レカン。それはしまっておいてくれ」
「いや。今渡しておこう」
「もう少し調べたいことがあるって言っただろう」
「〈始原の恩寵品〉は、あんたが都合のいいときに渡してくれればいい。オレにとってこの魔石は使い道がない。だから今すぐ渡しておいてかまわない」
ここで魔石を渡せば契約は確かなものになる。あとでシーラから、気が変わったから魔石と恩寵品の交換はなかったことにしようなどと言われる心配はない。この魔石を受け取れば、シーラはいつか必ず〈始原の恩寵品〉をレカンに差し出す。だからレカンとしては、すぐに魔石を渡してしまいたかったのだ。
「そうかい。すまないねえ。じゃあ、使わせてもらうよ」
「ああ」
シーラは巨大な魔石を受け取って、テーブルに置いた。
「レカン」
「うん?」
「あたしも年だからね。そのうちぽっくり逝くこともあるかもしれない」
「なに?」
「そんなことがあったら、あたしの使いが約束の品をあんたに届ける」
「あんたの使いだと? ジェリコか?」
「いいや、そうじゃない。イノスという名前のやつさ」
〈イノス〉とは、〈一番〉とか〈一号〉とか〈最初の〉といった意味の言葉だ。人の名前としては少し奇妙である。あだ名のようなものなのだろう。
「それはあんたの仲間なのか?」
「仲間といえば仲間なのかねえ。まあ、本人に言わせれば、あたしの部下であり召使いであり助手である、ってことになるだろうね」
「ほう」
「ほんとのとこはよくわかんないんだけどね」
「なんだ、それは。それにしても、あんたにそういう身内がいたとは意外だ」
そういう存在の気配を、レカンはまったく感じていなかった。ということは、この町ではなく、どこか遠く離れた町の隠れ家に、そのイノスという部下はいるのだ。
「いい女にはいくつも秘密があるものなのさ」
「なるほど」
「パルシモの件じゃ、力になれなくてすまないね」
「いや。もとの世界にいたときも、攻略メンバーをかき集めなくては踏破できない迷宮など、いくらでもあった。何とかなるだろう」
「そうかい。今でも〈紅蓮の魔女〉が生きてれば、一人分半の席が埋まったんだけどねえ」
「〈紅蓮の魔女〉?」
「ああ。エラ・モルフェスって名でね。パルシモの名家の娘だったけど、魔法の才能がなくて一族のつまはじきにされてた」
「ほう?」
「だけど実はものすごい才能の持ち主だったのさ。モルフェス一族のやり方じゃ、エラの才能は芽吹かなかったんだよ」
「今は生きていないのか?」
「あたしがエラに魔法を教えたのは百二十年ほど昔だからねえ。たぶん死んでるよ」
「あんたの弟子か」
「エラが生きてれば、あたしの頼みを聞いてくれたんだろうけどね」
「ジザ・モルフェスというのは、エラ・モルフェスの血縁だろうか」
「へえ? そんなやつがいたのかい?」
「パルシモ魔法研究所の導師だとか聞いた。老いた女の魔法使いだ。オレの迷宮探索に同行して、推薦書を書いてくれた」
「その推薦書、今持ってるかい?」
「ああ」
「みせな」
レカンがジザの推薦書を取り出して渡すと、シーラはそれを受け取って、細杖を出して推薦書を調べた。
「うーん。たぶんエラの血縁だね。というか、子孫だろうね」
「そんなことがわかるのか?」
「まあね。レカン。そのジザ・モルフェスに聞いてみな。マザーラ・ウェデパシャを知ってるかいって」
マザーラ・ウェデパシャというのは数多いシーラの変名の一つだ。魔法理論の大家として活躍していたとき、その名を名乗っていたらしい。
「知っていると答えたら、どうしたらいい? まさかオレはマザーラの弟子だ、と言うわけにはいかんだろう」
マザーラが今も生きていることは明かしてはならない秘密のはずだ。
「そこはぼかして、〈驟火〉の伝授を受けたと言ってやんな」
「すると、どうなる」
「頼めばあんたに協力してくれるだろうさ」
「ふん? わかった。覚えておこう。だがたぶん、あの老魔法使いは、そんなことを持ち出さなくてもオレに協力してくれそうな気がする。ジザはパルシモを踏破したいと強く思っている。それはまちがいない。そしてオレが本格的にあの迷宮の探索を始めたら、あちらのほうから同行を求めてくるんじゃないかと思う」
「ああ、なるほどね。ありそうな話だね。まあ、うまくやんな」
「〈紅蓮の魔女〉が生きていたら一人分半の席が埋まるというのはどういうことだ?」
「エラ・モルフェスに、あたしは二つの贈り物をした。一つは、〈七頭の青杖〉って杖さ。もう一つが、なかなか面白い代物でね。あたしとヤックルベンドが協力して作った傑作さ」
「もういい。聞きたくなくなった。それとは関わりたくない」
「そういえば、ヤックルベンドがあんたに会いたいって言ってたよ」
「オレは会いたくない。ところであんたが持っているのは、〈神腐樹の冠〉だな?」
「そうだよ」
「恩寵は〈空虚〉だったな。どういう恩寵なんだ」
「一定時間、一定距離にいる相手の物理および魔法防御力が最低まで低下するのさ」
「防御力が最低まで低下する? 意味がわからん」
「うーん。あれは実際に使ってみないとわからないだろうね。とにかくこの恩寵が働いている相手には、魔法攻撃も物理攻撃も、面白いぐらい高い効果をあげるんだよ」
「ほう」
よくわからないが、非常に有用そうな恩寵だ。
だが、心なしかシーラの顔つきが少し寂しそうにみえたのが気にかかった。