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マシャジャインを出て、バンタロイからヴォーカに向かう途中、レカンとエダは珍しいものをみた。
堅竜である。
巨大な荷馬車を引いている。
この竜は飼いならせば人間にも使役することができ、馬では到底運べないような重さの荷も引ける。
だが維持するには大量の食料が必要だし、移動はあまり速くないので、使い勝手は必ずしもよくない。竜使いの数がそれほど多くないという問題もある。だから採石場を持つ領主や、極端に重い荷物を扱う大商人しか使わない。小分けにできる荷なら荷馬車で運んだほうが安くつくし速いのだ。
地上の堅竜は、体の大きさでいえば、ロトル迷宮八十階層の小火竜に近く、体重はまさっている。だが、レカンのような練達の冒険者からみれば、戦闘力という点ではまったく脅威ではない。そもそも地竜族というのは戦闘に向いた種ではない。
今までレカンは、マシャジャインでは何度か堅竜をみたし、王都から南に向かう街道でもみたことはあるが、バンタロイとヴォーカのあいだでみたのははじめてだ。
前後に六台の馬車が走っている。馬に乗った護衛とおぼしき者も四人随行している。
レカンは大回りをしてその一行を追い越しかけた。すると後ろを走っていたエダが声を上げた。
「あ、ヴァンダムさんとゼキさんだ」
エダの言葉を聞いて、荷車の先導をしている馬に目をやれば、確かにヴァンダムが乗っている。そのすぐあとを行く馬車にゼキが乗っている。二人とも、まじまじとレカンとエダをみている。この二人がいるということは、この一行はチェイニー商店の隊商なのだろうか。
エダが疾走の速度を落としてヴァンダムに近寄った。
「こんにちは、ヴァンダムさん! ゼキさん!」
「おお、エダじゃないか! それにレカン! いやあ、驚いたよ」
馬にも乗らず、自分の足で走る二人組が地平のかなたから現れ、あっという間に追いついてこの商隊を追い越そうとしていたのだから、いったい何者かと警戒されても無理はない。
「すごいね。チェイニー商店で竜を買ったの?」
「いやあ、今回は借りただけだ。領主館の本館を建て直すことになって、大きな玉輝石を買ったんでな」
「そうなんですか」
「エダ、行くぞ」
「うん! じゃあ、お先に行きますね!」
「ああ、元気でな! また会おう!」
レカンとエダは再び速度を上げて走り去った。
ヴォーカについたのは四の月の十三日である。
西門から町に入った二人は、ゴンクール家に向かおうとした。
だが、ゴンクール家にはジェリコを示す青い点がない。
レカンはジェリコに用事があったのだが、ゴンクール家にいないとなると、シーラの家に入って掃除か毒草の手入れでもしているのだろう。
シーラの家に向かった。エダもついてきた。
〈生命感知〉によれば、シーラの家とおぼしきあたりに青い点が二つ映っている。
(シーラとジェリコかな?)
だが、青い点は二つともさほど大きな魔力を持っていない。
(シーラはまた新しいわざを開発したようだな)
もともとレカンの〈生命感知〉は、シーラの強大な魔力をきちんと映し出していた。ところが薬聖スカラベルが来訪する少し前から、急にシーラが〈生命感知〉に映らなくなった。だからレカンはシーラの居場所を探し当てることができなくなった。
ところが、シーラがレカンに用事があるときは、〈生命感知〉にシーラの姿が突然現れる。たいていの場合、それは短い時間で終わる。
あの希代の魔法使いは、どういう手立てを使ってかわからないが、レカンの〈生命感知〉の仕組みをみぬいて、それに映らなくなる方法を編み出してしまったのだ。
〈生命感知〉だけではない。シーラは〈魔力感知〉からも姿を消すことができる。〈立体知覚〉は近くからならシーラを捉えることができるが、ぼやけたような輪郭しかつかめない。
そういうわけだから、この世界においてレカンに大きな優位を与えてくれる〈生命感知〉も、シーラにだけは通用しない。ただし今までは、魔力量はごまかせなかった。探知できるかできないかのどちらかだった。だがどうも魔力量さえもごまかす方法をみつけたようだ。
壁を飛び移りながら接近すると、ジェリコが庭にいた。薬草畑の手入れをしているようだ。ということは、家のなかの青い点がシーラだ。
今回は、ジェリコに土産がある。竜の肉だ。これを渡したときジェリコがどんな顔をするだろうか。
レカンとエダは、壁から中庭の薬草畑に飛び降りた。エダは家のほうに向かった。
エダにはレカンのような探知能力はないのだから、庭にジェリコがいることには気づかなかったのだろう。
土産を渡すためにジェリコに近づこうとしたとき、レカンは思わず後ろに跳び下がった。
そこにいるものは、ジェリコであるようにみえた。つまり長腕猿のようにみえた。後ろ姿だし、木の陰に隠れてはいるが、長腕猿のようにみえた。
だがその気配は断じてジェリコのものではない。
なんというすさまじい気配か。
レカンは魔力の強い相手は〈生命感知〉によって遠方からでも探知できる。そして異常なほど魔力の強い相手は戦闘力も高いことが多い。
だが魔力が強くなくても戦闘力の高い者はいる。
そういう相手の場合、気配を感じ取れるほど近くに寄らなければその強さを感じることはできない。それはスキルによってではなく、鍛え抜いた感覚によって感じるものだからだ。
今目の前にいるジェリコに似た何かは、とてつもない脅威を感じさせる。
背筋がちりちりと焼け付くようだ。
ぞわぞわとした悪寒が腹の底からのぼってくる。
迷宮の外で、これに似た脅威を感じたことが一度だけある。
地竜トロンと遭遇したときだ。
今目の前にいるジェリコに似た怪物は、まるで地竜トロンのような強者の気配を持っている。
だが地竜トロンは、その強さにふさわしい巨体の持ち主だったが、こいつはそうではない。
ジェリコと同じほどの体格でありながら、地竜トロンとみまがうほどの強さを持った怪物だ。
その怪物が振り返った。