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「む、む。どうも驚くようなことばかりで、頭がついていかん」
「あんたの質問はこれで終わりかい」
「そうだな。あ、いや、待ってくれ。それぞれの品にどんな恩寵がついているのか、この一覧表に書き加えてもらえないか」
レカンは渡された一覧表をシーラに返した。
シーラは〈始原の恩寵品〉全部の恩寵を知らないかもしれないし、知っていても書いてくれないかもしれないが、知っているものなら教えてもらいたかった。シーラは一覧表にさらさらと何かを書き加えて、再びレカンに渡してくれた。
不死王の指輪〈無敵〉ダイナ迷宮百階層
闇鬼の呪符〈停滞〉ワード迷宮百二十階層
風姫の首飾り〈沈黙〉ツボルト迷宮百五十階層
神腐樹の冠〈空虚〉パルシモ迷宮百五十一階層
冥皇の宝珠〈復活〉ユフ迷宮一階層
滅魂虫の守札〈君臨〉フィンケル迷宮百八十階層
白魔の足環〈転移〉エジス迷宮 百四十階層
「あたし自身が全部を確認したわけじゃないから、参考程度に考えとくれ」
「ほう」
レカンの目が爛々と輝いた。〈無敵〉と〈停滞〉は恐るべき恩寵だった。ほかの恩寵も同じであるにちがいない。可能であれば手に入れたい。
「指輪と呪符以外がどこにあるのか、教えてもらえるか」
「〈滅魂虫の守札〉は、もしかしたら王家が持ってるかもしれないねえ。〈風姫の首飾り〉と〈冥皇の宝珠〉と〈白魔の足環〉は、どこにあるかさっぱりわからない。というか、あたしは自分ではみたこともないね」
では〈神腐樹の冠〉はどこにあるのかとシーラに聞こうとして、やめた。
シーラはわざと〈神腐樹の冠〉のありかを言わなかった。ありかを知っているかどうかも言わなかった。それにはわけがあるはずだ。
シーラは知っていることを何でも教えてくれるわけではない。しかるべきときに、しかるべき条件を整えて聞くのでなければ、教えてはもらえない。平然と知らないふりをするし、嘘をつくこともある。機嫌を損ねれば永久に教えてもらえないかもしれない。ここはこれ以上深追いするべきではないと、レカンの勘が告げた。
(恩寵の意味も教えてもらいたいところだが)
(今はこれ以上欲張らないほうがいいかもしれん)
「あんたが聞きたいことは、これだけなんだね」
「ああ」
「じゃああたしの番だ。あんたには、人間と動物と魔獣と妖魔を探知する能力があるんだったね」
「ああ」
「その探知では普通の人間は赤く示され、魔力持ちの人間は強い赤で示され、動物は緑で、魔獣と妖魔は青く示されるんだったね」
「その通りだ」
これは以前にレカン自身がシーラに告げたことだ。この能力については今さら隠しようもない。
だがあんな昔に一度だけかわした会話を、よくもシーラは正確に覚えていたものだ。
「そしてその能力であたしをみたとき、竜種かと思うような強い青で示されていた。そうだね」
「ああ」
「ということは、同じ魔獣でも強い青のときもあれば弱い青のときもあるんだね」
「そうだ」
「魔力のある人間を示す赤も、強かったり弱かったりするのかい?」
「ああ。保有魔力量が大きいほど、強く明るい赤色で表示される」
「あんたは生命量をみることはできないんだったね」
「あんたが言う生命量というのをオレはみることができんようだ。目の前に相手がいれば、手ごわさとか存在感とか、およその格はわかるが、遠く離れた相手ではそういうことはわからん」
「あんたは魔力そのものをみることができるようだけど、それと遠距離で人や魔獣を探知する能力は別なんだね」
レカンは一瞬だけ答えをためらった。自分の能力は人に教えたくない。
だがシーラはすでに〈生命感知〉も〈魔力感知〉も〈立体知覚〉も無効化している。隠す意味があまりない。それにシーラからは今後有用な知識を引き出したい。だから聞かれたことには答えるべきだ。ただし、言わなくてすむことは言わない。
「ああ、遠距離の生命を探知するのは〈生命感知〉というスキルで、近距離で魔力量やその流れをみるのは〈魔力感知〉というスキルだ」
「赤や青や緑にみえるのは、〈生命感知〉のほうなんだね」
「いや。〈魔力感知〉でも、人は赤いし、魔獣は青い」
「えっ? じゃあ、魔力そのものが赤や青にみえるのかい」
「そうじゃない。どう言えばいいのかよくわからんが、その人間や魔獣の中心部の点が、青や赤にみえるんだ。魔力自体には色などない。きらきら光る水のような感じだな」
「それは、人間から出た魔力でも、魔獣から出た魔力でも同じなのかい?」
「当たり前だ。放出された魔力は魔力であって、人間から出たものか魔獣から出たものかという区別はない。ただ魔力が魔法として発動されると、それぞれの魔法の色を持つことはあるがな。いや、あんたには説明するまでもないが」
「ふうん」
シーラは少しのあいだ考え込んだ。そしてこう言った。
「大事なことだからもう一度確認するよ。あんたが〈生命感知〉で人間を調べるとき、その赤い光は強かったり弱かったりするんだね」
「ああ、そうだ」
「それは、魔力が強いほど強く光り、魔力が弱いほど弱く光るんだね」
「そうだ」
「なら」
「うん?」
「それなら、魔力のない人間は表示されないんじゃないのかい」
「そんなことはない。魔力とは生命の根源の力だ。生き物すべてに魔力は宿っている。どんな小さな虫にでもだ。だから人間であるかぎり〈生命感知〉に表示される。あ、もっとも」
「もっとも、何だい?」
「この世界に落ちてきたばかりのとき、出会った人間が〈生命感知〉にまったく表示されないということがあった」
シーラの目がぎらりと光ったような気がした。
(今日のシーラはどこか妙だな)
(強い圧力を感じる)
「それで。それでどうなったんだい?」
「最初は命のない化け物かと思ったんだが、みたところは人間のようにみえた。だが〈生命感知〉には表示されなかったし、近寄って〈魔力感知〉を発動させても赤い光は表示されなかった。だがそいつらが命のない化け物だとは思えなかった。そこで今度は、至近距離から最大限の精度で〈魔力感知〉を発動させた。するとごく弱くではあるが赤い点が表示された。そして、〈生命感知〉でも、精度を上げれば魔力の弱い人間も表示されることに気づいたんだ」
「そのとき出会った人間たちは、戦えないような弱い人間だったかい?」
「いや。騎士や兵士たちだ。騎士はなかなかの強さだった」
「だけど〈生命感知〉にも〈魔力感知〉にも映らなかった」
「そうだ」
「映れと念じて精度を上げると映った」
「そうだ」
「なんてこった」
シーラはずいぶん長いあいだ黙ったまま考え込んだ。そのあと、ぽつりと言った。
「ありがとうよ。参考になった」
「今さらオレの能力を調べてどうするんだ」
「あんたをどうこうしようと思ってるわけじゃない。あたしが長年研究してきた問題への答えの手がかりがつかめたのさ」
「ほう?」
「もっと早くに気づくべきだった。あたしはとんだまぬけだったよ」
先ほどまで感じていたシーラからの圧力のようなものは霧散している。いったいあれは何だったのだろうか。
「念のために確認しとくけど、魔獣は青く表示されるというのは、魔獣系の魔獣だけじゃなく、妖魔系や竜種もそうなんだね」
「ああ。ゴルブル迷宮の虚声も、ツボルト迷宮の白幽鬼も、それから地上で遭った白幽鬼も、地竜トロンも、みんな青色だった」
「へえ。虚声も青かったのかい。面白いねえ。ありがとうよ。あたしの聞きたいことはこれだけさ」
レカンのほうではもう少しシーラに聞きたいことがあったような気がするのだが、驚くべき情報をいくつも知らされたせいもあってか、何が心に引っかかっていたのか思い出せなかった。
別れ際にシーラは聖硬銀の剣を渡してくれた。
レカンが渡した折れた二本の剣から、新たな一本の剣を作ってくれたのだ。
剣身の部分はもとの剣にとてもよく似ていたが、柄の部分と鞘は、もとの剣と様式がちがっていた。
余りの聖硬銀が多少は出たはずだが、それはシーラのものとする約束だったので、そのことについてはふれなかった。