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三人は三日間の休養を存分に楽しんだ。
やはり王都が近いこともあり、物の豊かさと人の多さはニーナエなどとは比較にならない。高級店が軒を連ねる町の中心部では、劇や音楽をはじめ、娯楽施設も多い。
エダは宣言通り、美味なものを求めて精力的に歩き回り、レカンとユリウスはそれに付き合わされた。
(こうして食事をしていても)
(エダの所作が上品になったようにみえるのは気のせいか?)
「レカン、なにじっとみてるの」
「みてない」
ときどきグィスランが同じ食堂で食事をしていたりしたが、無視した。
そして一の月の十三日、迷宮探索が再開された。
「ユリウス。これを着けるんだ」
「はい。指輪ですね」
「そうだ。これには強力な毒抵抗がついている」
「えっ」
驚くのも無理はない。
この階層に来るまで、ユリウスは何度も牙兎の毒に冒され、苦しんできたのだ。エダが底なしの魔力を持つ〈浄化〉持ちでなかったら、探索は中断せざるを得なかっただろう。
「ここまでよく毒に耐えたな。これでお前も毒の恐ろしさを思い知っただろう。最初から装備に頼り切った戦いをさせたくなかったから、これは渡さなかった。だがここからはこれが必要だ」
「は、はいっ」
〈コルシャコの指輪〉という恩寵品で、恩寵は〈毒抵抗〉だけだが、その効果は非常に大きい。
三十六階層からは、ほとんど冒険者がいない。
何しろこの階層になると牙兎はレカンより大きく、呪いや状態異常も強烈なうえ、大きな群れは二十匹以上だ。戦えば犠牲が出ても不思議ではない。それなのに、得られるものは少し大きめの魔石だけだから、危険と利益を照らし合わせたら潜る意味があまりない。
ところがレカンたちは利益のためでなく戦いのためにここに来ている。だから迷いなくこの階層に来た。
実のところ、〈炎槍〉を連発すればそれだけで全滅させることもできる。エダが〈イェルビッツの弓〉で援護してくれればなおさら簡単だ。
しかしレカンは〈炎槍〉を封印し、〈ラスクの剣〉だけで戦った。そのほうがユリウスの修業になるし、三人の連携も高められるからだ。
今も十八匹の群れにレカンは突進している。
あたるを幸い次々と首をはね飛ばす。たまには手足を斬って次の敵に向かう。その敵をユリウスとエダが始末してゆく。
この連携は、非常にうまくいっている。ユリウスはレカンの後ろにつきながら、討ち漏らした魔獣を上手にさばいている。
(ほう)
(オレとの連携がこんなにうまくいくとはな)
(順応力が高いんだな)
この日は三十九階層まで進んで野営した。
翌日は、いよいよ迷宮の主に挑んだ。主は一体の牙兎だ。草深く広い最下層のどこかに隠れていて、物陰から冒険者に襲いかかる。
だがレカンには相手の位置が探知できている。さっさと近寄っていき、隠れている主に〈火矢〉を一発放った。
そして戦いが始まった。
自分の倍以上ある巨大な敵を前にして、レカンにはいささかのひるみもない。エダもユリウスも同じである。
魔獣が威嚇の声を上げた。
びりびりと体が震えてかすかな不快感を覚える。精神魔法による攻撃だ。それがまったく効果を現さないことに魔獣は怒りの吠え声を上げ、レカンに向かって突進してきた。
真っ正面からレカンはこれを迎え撃った。
そして敵の両腕が頭上からたたき付けられる寸前、レカンは敵の右後ろ足を斬り払った。魔獣は走り込んだ加速のまま倒れ込む。
すさまじい地響きを立てて魔獣が転倒し、巨大な岩のようにごろりと転がって、それでも両方の前脚を突いて顔を持ち上げ、恐ろしく大きな牙をレカンに突き立てようとするその首を、ユリウスが飛び込んで深々と斬り裂いた。
(見事な剣筋だな)
(わざではオレより上だ)
巨獣はどさりと倒れて、もう起きてこなかった。
コズイン迷宮を踏破した三人は、次にラカシュ迷宮に向かった。
ここは虫系の魔物が中心の迷宮で三十五階層あり、各種ポーションの出現率が高い迷宮だ。
最初レカンは、ここでもまじめにユリウスを訓練するつもりだったのだが、ツボルト迷宮で得た〈虫禍斬り〉を試してみたところ、その効果があまりに素晴らしいので夢中になってしまった。硬くて打たれ強い虫がすぱすぱ切れる。しかも引き寄せ効果のようなものでもあるのか、小さくて素早く飛ぶ虫も、面白いように切れる。
エダとユリウスが必死で宝箱を開けてポーションを回収したが、それが間に合わないほどレカンは虫型魔獣を殺しまくった。
結局、二日で最下層の主を倒してしまった。最下層の主には何百という眷属がいたが、これも〈雷撃〉を連発して一掃し、主である巨大百足は〈虫禍斬り〉の一撃で宝箱に変じた。
「レカン。あたい全然出番なかったんだけど」
「ぼくが倒そうとした敵は、全部師匠に先に倒されました。師匠はすごいです」
「すまん。悪かった」
ここでレカンは二人といったん別れてヴォーカに帰った。魔力回復薬の原料であるニチア草を採取するためである。
帰ってすぐレカンはシーラの気配を感じた。
(おっ)
(やっと帰ってきたか)
その夜早速レカンはシーラを訪ねた。
「遅いよ」
「なに? オレを待っていたのか?」
「ああ。あんたに聞きたいことがある」
「オレも教えてほしいことがある」
「へえ? まあ、いいさね。今、茶を淹れるよ」
「ああ、頼む」
シーラの目の奥に、怪しい炎がゆらめいているような気がした。




