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エダもユリウスもワズロフ家にいた。
一の月の一日をワズロフ家で過ごしたレカン、エダ、ユリウスの三人は、一の月の二日にマシャジャインを発ち、四日にコズインの町に着いた。マシャジャインからパルシモに向かうのにコズインに寄るのは少し遠回りだが、この順路でいけば四つの中規模迷宮を通ることができる。
コズイン迷宮は四十階層の中規模迷宮だが、ニーナエよりもずっと人が多く、町も栄えている。
コズイン迷宮は宝箱の出現率が低い。つまり魔石がよく採れる。コズイン迷宮の魔石は質が良く大粒で、ここから採れる大量の魔石は王都で売れる。そのため魔石目当ての冒険者がいつも大勢迷宮に潜っているのだ。
出現する魔獣は一種類だ。
〈牙兎〉である。
〈牙兎〉は、ザカ王国では迷宮以外にはほとんど生息しておらず、レカンも実物をみたことはない。
〈兎〉ならみたことがある。ルビアナフェルがいろいろな動物の絵を描いてくれたなかで、この動物はもとの世界の兎に似ているから、レカンは〈フルル〉という言葉を〈兎〉と訳すことにしたのだが、実物はレカンが思っていたより大きく鈍重で、あまり兎には似ていなかった。このぶんでは〈牙兎〉もあまり兎には似ていないだろう。
〈牙兎〉は、牙に毒を持つほか、個体ごとに一つか二つの能力を持っている。
〈混乱〉〈睡眠〉〈硬直〉〈暗闇〉などの魔法か、〈石化〉〈鈍重〉〈腐食〉〈絶望〉などの呪いである。
レカンがもといた世界では、〈石化〉は、〈異常耐性〉を持つ装備があれば防げた。だがこの世界には、状態異常全般に耐性を持つ装備というのが存在しないようで、〈混乱〉耐性とか〈睡眠〉耐性とか〈硬直〉耐性とか〈暗闇〉耐性とかというように、個別の属性になっている。以前ツボルトの売店で、〈混乱〉耐性と〈睡眠〉耐性と〈硬直〉耐性がついた首飾りが、びっくりするような値段で売られていたのをみた。状態異常はほとんどの場合精神系魔法で引き起こされるから、魔法防御の装備があれば防げるのだが、レカンやユリウスが持っているような魔法障壁を張れる装備を売っているのをみたことはない。魔法耐性を上げる装身具や、魔法耐性の強い鎧などはあちこちでみかけるから、多くの冒険者はそういうもので対処しているのだろう。
そしてこの世界では、〈呪い耐性〉があれば〈石化〉は防げる。どうもこの世界では、呪い以外で起きる〈石化〉は知られていないようだ。もとの世界では、〈石化毒〉もあったし、〈石化魔法〉もあったのだが。
ともあれ抵抗装備がいる。
レカンは、〈ハルトの短剣〉と〈ローザンの指輪〉を装備している。〈ハルトの短剣〉は、ゴルブル迷宮で得た品で、〈呪い無効〉〈呪い解除〉の恩寵がある。〈ローザンの指輪〉は、もとの世界から持ってきた銀色の指輪で、〈異常耐性(大)〉〈毒耐性(大)〉〈呪い耐性(小)〉がついている。
〈混乱〉〈睡眠〉〈硬直〉〈暗闇〉は精神魔法なので、精神魔法の使い手であるエダは、高い耐性があるはずだ。また、エダは〈ジップの腕輪〉を装備している。これはニーナエ迷宮の十五階層で手に入れた品で、〈呪い抵抗(小)〉がついている。
レカンはエダに〈ギエナの髪留め〉を渡した。これは、ツボルト迷宮でレカンに敗れた〈グィンティル・エラ・スルピネル〉のメンバーが装備していた恩寵品で、〈呪い抵抗(大)〉の効果がある。
そしてまたエダに、〈イルレントの護符〉を装備させた。これは剣士ヴァンガードが身に着けていた品で、〈毒無効〉〈体力回復増加〉がついている。
ユリウスは、アリオスから〈ザインの護符〉を渡されていた。なんと恩寵は〈呪い無効〉である。
(ははあ)
(ニーナエでアリオスが首から落としたのはこれだったんだな)
そしてユリウスは〈シャンドナーの宝玉〉を持っている。〈魔法防御〉の恩寵がついた白い宝玉だ。これで精神魔法は防げるはずだ。
実は〈グィンティル・エラ・スルピネル〉からの戦利品のなかには、毒抵抗のついた指輪もあったのだが、これはユリウスに装備させなかった。毒の恐ろしさを教えるためだ。
準備を調えたレカンたちは、コズイン迷宮に足を踏み入れた。
コズイン迷宮第一階層には広い草原が広がっている。
(この世界にもこういう迷宮があったんだな)
ただし上には青空が広がっているわけではなく、高さ十歩ほどを白いもやもやしたものが覆っている。そして草原のあちこちに太い木が立っていて、その上部は白いもやもやのなかに隠れている。
この草原のあちこちに牙兎がいる。一匹でいるものもいれば、二匹、三匹と固まっている場合もあり、十匹ほどの群れを作っているものもある。それを大勢の冒険者たちが探して狩っている。
(大型個体は……いた)
ありがたいことに、大型個体のそばに人間はいない。レカンたちはすばやく移動して大型個体に近寄った。
のそり、と大木の陰から大型個体が姿を現した。
でっぷりしていて、目つきが悪い。なぜか二足歩行している。
大型個体といっても、一階層の魔獣だから、エダよりもだいぶ小さい。とはいえ魔獣独特の生臭く危険な空気をまとっており、油断はならない。
大型個体が、ぐびっ、としゃっくりをするような声を発すると、レカンの顔の前で魔法障壁が発動した。精神系魔法を撃ってきたようだ。
「ユリウス、やれ」
「はい、師匠」
ユリウスが草をわけながらすすすと進んで大型個体の首をはねた。
魔獣が倒れてからユリウスは小刀を抜いて魔石を採りだし、布で拭いてレカンに渡した。そしてエダの後ろをみた。
そこには五人組のパーティーがいた。いずれも若い。