17
17
翌日は、シーラの家に行く足が重かった。
緑色のポーションがあるかと訊いたからには、毒を飲ませるつもりなのだろう。
だが、十四個で充分だというのがわからない。教わった毒の種類は十七である。
「来たね。さあて、あんたには薬草で作る毒は十七種類教えた。匂いも色も覚え込んでるはずさね。使い方と解毒の方法もね。今日覚えてもらう毒は五種類だ。薬草で作る毒じゃない。蛇や蜘蛛や魚から採れる毒さ」
五つの小さな壷が置いてある。
「まず最初は、〈平白蛇〉の毒だよ。これは貴族がよく暗殺に使う毒さ。即効性と致死性が高く、無味無臭で色も薄く、しかもいろんな迷宮で採れる。だから足がつきにくいのさ。いくら効果の高い毒でも、どこから手に入れたのかがたどれるような毒は、貴族は使わないからね」
この毒は無味無臭で色も薄いというが、肌を近づけると、かすかにぴりぴりとした感触がある。さらに、ある程度以上の温度の茶に入れると、わずかながら独特の刺激臭を発する。
そのままの状態と、茶に入れた状態で、毒を飲まされた。すぐには緑色のポーションを飲むことは許されなかった。毒が回っていく感覚を覚えろということだった。
こんな調子で五つの毒の特性を学ばされた。半日で終わったが、へとへとに疲れた。緑色のポーションだけでは、毒で荒れた口のなかや腹のなかはもとに戻らなかったので、赤色のポーションも飲んだが、気持ちの悪さは消えなかった。
昼の休憩のあとは魔法の練習だった。
「さてと、〈火矢〉を撃ってごらん。威力は抑えるんだよ」
ごく小さな〈火矢〉を、毛皮の真ん中に撃ち込んだ。
「よしよし。よく制御できてるね。この魔法は応用の利く魔法でね。中級になると着弾点で爆発させられる。上級になると、さらに強力な破壊力を持たせることもできるし、魔力量次第で、何十何百という数を同時に発動することもできる。むかしある魔法使いが、五千人の軍隊にこれを一人で撃ち込んだのをみたことがあるけど、たった一撃で半数を戦闘不能に追い込んだよ」
シーラは、的の毛皮を杭からはずし、地面に置いた。
「ただし〈火矢〉は、迷宮で強敵を倒すには向かない。貫通力がないからさ。だからあんたにほんとに覚えてほしい魔法は、〈火矢〉の上位魔法〈炎槍〉なのさ。よくみてるんだよ」
ゆっくりと指をかまえ、魔力を発動させてゆき、全身の各所から発した力が右手に満ちたとき、シーラは呪文を発した。
「〈炎槍〉」
腕全体から炎の槍が噴き出し、飛び出したかと思うと、地上に置いた的をはじき飛ばした。
シーラは的をもとの位置に戻すと、レカンに言った。
「さあ、やってごらん」
レカンは目を閉じ、先ほどシーラがみせた魔法の回し方を思い描いた。指から撃ち出したようにみえたけれども、そうではない。全身を使って魔法を練り上げ、それを一つに収束させたのだ。
思い描いたその通りに、レカンは魔力を操った。
「〈炎槍〉」
「あ、ばか!」
巨大な炎の柱が生まれ、すさまじい爆発音が響いた。跳ね上がった土のかたまりが、レカンの足や胸を打った。
あたりには土煙が立ちこめ、しばらくして土くれがばらばらと降ってきた。的の毛皮には大穴があいて、ぶすぶすと煙を立てている。
「まいったねえ。またご近所で悪い噂が立つよ。魔女がくしゃみしたとか何とか」
「すまん」
「まあ、今さらさ。でももう練習は終わりにしようかね。あとは迷宮で試すことさ」
「それでいいのか」
「あんたはもともと実戦で覚えるたちだろう?」
まさにそうである。すでに心のなかには、この魔法をどう使いこなすか、その可能性がいくつもひらめいている。
夕方になってエダがやって来た。レカンはしばらく〈引寄〉を教え込もうとしたが、ついにシーラが言った。
「どうも空間魔法は向いてないみたいだね。次の魔法をやってみようかね」
エダはみるからにしょんぼりした。
「さてと、レカン。あんたは迷宮に行きな。今度は日にちを決めないから、満足するまで潜ってくるといい」
「それはありがたい。どうしても下層に下りるのと、下層から上るのに、時間が取られる」
「え? 一度行ったんだから、もう直接下層に行けばいいだろう?」
「それはできないと聞いた」
「できるよ。各階層に、標準の二倍くらいの大きさの魔獣が何匹か出る。それを二回続けて倒すんだよ」
「二回続けて?」
「大型個体は、倒された場所で湧くから、二度続けて倒すのは簡単さ」
「そうすると、どうなる」
「その階層に〈印〉ができる。次に迷宮の入り口を入ったとき、ええっと、〈階層〉と唱えると、心に〈印〉のある階層が浮かぶから、行きたい階層を思い浮かべて〈転移〉と唱えればいい」
それだ、とレカンは思った。ゴルブル迷宮に入ったとき、何かを唱えて姿を消す冒険者たちがいた。あれはまさに、今シーラに聞いた呪文だった。
「知らなかった。帰るときはどうすればいい」
「同じ呪文を唱えて、〈地上階層〉を選べばいいさ。ただしこの呪文は、〈地上階層〉以外じゃあ、通路つまり階段のところでしか使えないからね」
「ちょ、ちょっと待って! レカン、迷宮に行くの?」
いやな予感がしたが、ここは嘘をついても意味がない。
「ああ」
「行く! 行く! あたいも迷宮に行くー!」
こんな足手まといについてこられるのは絶対にいやだったので、レカンはにべもなく突き放した。
「行きたければ勝手に行けばいい。オレは明日出る」
「あたいもついていく!」
「お前の速度ではオレの全速についてこれないだろう」
「う〜〜う〜〜う〜〜〜」
そのあとシーラが、なんとか連れて行ってやれないものかねえ、などと言い出したので、エダは勢いを得て、激しく駄々をこねた。
「オレが行く階層にお前がついてきても、すぐに死ぬだけだ」
「エダちゃん。近くの森には、場所によっていろんな強さの魔獣がいるからね。ほかの依頼の合間に狩りをして、強くなって、それから迷宮に行っても遅くないよ」
「だって、矢が高いんっすよ。買えないっす。どうやって狩りなんかすればいいんすか」
ではどうやってお前は冒険者をやっているんだと訊きたかったレカンであるが、ここは抑えた。話をこれ以上こじらせてはいけない。
「レカン。エダちゃんが使えるような弓を持ち合わせてないかい」
レカンとしては、この不毛な会話を一刻も早く終わらせたかった。だから、〈収納〉から弓を取り出して、エダに渡した。
「こ、これは?」
「〈イシアの弓〉という魔弓だ」
「まきゅう?」
「かまえてみろ」
「あ? 矢は?」
「いいから、かまえてみろ。少しでいいから弦を引け。そうだ。そして弓の中央部分、ここだ、ここに魔力をそそげ。そうだ。そして唱えるんだ。〈ディシュ〉!」
〈ディシュ〉とはレカンがもといた世界の言葉で〈矢よ〉という意味である。
「で、でしゅ!」
「でしゅではない。ディシュだ。射つなよ」
「でぃしゅっ!」
その瞬間弓の中央部分が淡く光り、その光はすぐに固まって矢となった。
「うわあっ」
驚いたエダは、弦を押さえる手を放した。
矢は放たれた。
飛んでいく矢を、レカンは空中でつかみ取った。手のなかの矢は、すっと消えた。
「射つなと言ったろう」
「す、すごい。恩寵品の弓なんて、みたのはじめてだよ!」
「敵を貫くと、矢は消える。消えれば次の矢を撃てる。慣れてくれば、三本まで矢は同時に出すことができる。調子に乗って撃ちすぎて、魔力が枯渇しないよう気をつけろ」
「すごい。こんな物をもらえるなんて」
「貸しただけだ。必ず返せ」
〈イシアの弓〉は、遠方にいる魔獣の注意を引きつけるのに役に立つ武器なのだが、レカンはその代わりになる〈火矢〉の魔法を覚えた。だから、貸してやることにした。万一紛失しても、そう惜しくはない。
そう考えた瞬間、失態に気づいた。
この魔弓は、もしかしたらこの世界では目立ちすぎる品であるかもしれない。あるいは、この世界にはない品かもしれない。そう気づいたのである。
「おやおや。どこの迷宮で手に入れたのか知らないけど、なかなかの品のようだね。まあ、悪目立ちするほど高性能でもないようだけどね」
すかさず、シーラが、レカンが教えてほしかったことを、さりげなく伝えてくれた。
「うーん。エダちゃん、その弓、なくしてしまいそうだねえ」
「そんなことないっす。絶対なくさないっす」
周囲にみせびらかしたあげく、誰かに盗まれる可能性は高いのではないか、とレカンも思った。
だが、そうなったら、エダはここに顔出ししにくくなるから、むしろそうなればいい、と考えた。
「この袋をあげるよ。これは〈箱〉なのさ」
「〈箱〉!」
「しかもこの〈箱〉は、最初に使った人以外、出し入れができなくなるという特別製で、あたしの友達が作ったのさ。起きているときは、弓を肌身離さないようにするのさね。そして寝るときにはこれに入れて、紐を肩にかけて寝るんだよ。いいね」
「わかったっす!」
実は〈イシアの弓〉には、致命的な欠点がある。風のなかでも〈イシアの弓〉はまっすぐに進むし、勢いを失って墜落したりしない。射程まではまっすぐ飛んで、射程を越えたら消えてしまう。だから、この弓を使っていると、普通の弓の感覚が狂ってしまうのである。
しかし、そんなことは知ったことではなかった。
邪魔者は排除できたので、一人で気楽に、しかも時間のしばりもなく、二度目の迷宮探索を楽しめる。
レカンにとって、それこそが大事だった。
「レカンには、これをあげるよ」
シーラは五つの丸薬を差し出した。
「これは?」
「あたしが作った魔力回復薬さ。去年作っといたやつの残りさね。迷宮に持っておゆき」
「第6話 魔女伝説」完/次回「第7話 ゴルブル迷宮再訪」