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(ああ、なるほど)
(ツボルトに騎士の派遣を依頼したのはそういうわけか)
パルシモには強力な魔法使いは多いようだ。しかし、ごく深い階層に行くと、魔法がまったく効かない〈魔狼〉がたまに出る。だから魔法騎士を養成した。だが、本当に深い階層、つまり百階層以降で真っ白な〈魔狼〉に遭遇したときには、魔法騎士の手に余るのだろう。
この迷宮は、六十年以上踏破されていない。それよりさらに前の踏破となると、ザカ王国建国以前にさかのぼるという。よその侯爵領の騎士を借りてでも踏破したいのだろう。
パルシモ迷宮の最下層は百五十一階層だ。ただしこの迷宮では百階層より下への転移は無作為になる。百一階層から百五十階層までのどこに着くのか、着いてみないとわからないのだ。百階層から転移していきなり百五十階層に着くこともある。何回転移しても百五十階層にたどり着けないこともある。百五十階層を突破したら百五十一階層に続く階段が現れるのだが、百階層で余裕ある勝利ができたパーティーでも、いきなり百五十階層の敵と戦わされたら一瞬で全滅する。
つまり、百階層以降に挑戦するには、百五十一階層で迷宮の主と戦う覚悟と準備が必要なのだ。百五十一階層で真っ白な〈魔狼〉に遭遇して勝てるような魔法騎士はめったにいない。だからツボルト侯爵に頼んで〈剣の迷宮〉の騎士を借りようとしたのだ。当然派遣するときには強力な恩寵のついた剣を持たせるとも考えたかもしれない。
「おばば、杖を受け取れ」
「レカンちゃん、さっき鑑定をしてなかったかの」
「〈オルダスの杖〉だ」
「それはみたらわかる。恩寵は〈魔力制御付加〉のほかに何か付いてるかの?」
「〈魔法威力付加〉だな」
「なにっ。それは大当たりじゃぞ。これは高く売れるぞい」
「そうか? 付加の量はたいしたことないぞ」
「〈魔法威力付加〉は攻撃魔法にも〈回復〉にも効果があって、探索者にも売れるし神殿にも売れる」
「それはよかった。小遣いの足しにしてくれ」
「そうかの。そう言ってくれるんなら頂戴しようかの。おんしの魔力量じゃ、この杖は足かせになりかねんしのう」
レカンは白い〈魔狼〉の死体に歩み寄り、〈ラスクの剣〉で心臓近くを突いて、すぐ抜いた。
「〈移動〉」
魔石が魔獣の死体から飛び出して宙を飛び、レカンの左手に収まった。レカンは布で拭いてから魔石を〈収納〉に収めた。
「へえ。やるもんじゃのう」
「三日間世話になった。これが謝礼だ」
「すまんのう。ほれ、ウイー。みんなで分けるのじゃ。で、レカンちゃん。明日からはどうする。よければわしは明日からも手伝ってもよいぞ」
「いや、あんたたちのおかげで、この迷宮がどういうものか多少わかった。今のオレたちでは準備不足だ。出直すことにする」
「ほう。準備不足とな? ふむ」
その夜はジザとウイーとほかの三人の魔法使いも領主邸に呼ばれていて、レカンとユリウスと一緒に晩餐を食した。
パルシモ領主の甥であるトール・シエーレ卿が、ワズロフ侯爵の縁者であるレカンを招いての晩餐である。素晴らしくうまい食事で酒もよく、話題はほぼ迷宮でのことに限られていた。
迷宮の話はレカンの好むところである。他の迷宮での探索のことも聞かれたから、かいつまんで話した。ツボルト迷宮については特に興味を示したので、百階層以降の仕組みについて説明した。ただし、最下層での戦いが恩寵無効になることは話さなかった。レカンのほうでも、パルシモ迷宮の深層の仕組みについて、ジザたちから情報を得た。
どういうわけか、ウイーのレカンに対する評価は低い。そのうえ、レカンに対して妙に挑発的なところがある。
「三日で三十一階層か。深層に行けるような探索者なら、一日で到達できる深さだな」
「ほう、そうか」
「まあ慎重なのはよいことだ。レカン殿も八十一階層をみれば、パルシモ迷宮の真の姿を知るだろう。たどり着ければの話だがな」
「あんたは何階層まで到達してるんだ?」
「私は深層に到達している」
深層というのは百一階層からをいう。ウイーは深層組だったのだ。
(こいつぐらいの腕があれば)
(オレの強さもある程度わかるはずなんだがな)
たぶん剣と剣での戦いなら、ウイーはレカンにはかなり劣る。
魔法対魔法となれば結果は予想しにくいが、すくなくとも魔力量ではレカンがはるかに上だ。迷宮での長期戦となればレカンのほうが力を発揮する。なのになぜウイーは、ことさらレカンを下にみるようなものの言い方をするのだろう。
「パルシモ迷宮が踏破されたあの日のことを知ってる者は、今では少なくなってしもうた」
ぽつりとジザが言った。
「六十年ほど前だったかな」
「六十二年前じゃ」
「レカン殿。ジザ大老の祖母上はパルシモ迷宮を踏破した英雄の一人なのだ」
トールが補足する。
「ほう。おばばは最下層には行けなかったのか」
「わしは三度百五十階層を踏破した」
「なに」
「じゃが三度のうち二度は、仲間が百五十階層の穴で敗れたため、百五十階層の主と戦うことができなんだ。残りの一度は、百五十階層の主を倒して百五十一階層への階段が現れたものの、仲間たちが力尽きていたため、下には進めなんだのじゃ」
「それは残念だったな」
「行くべきじゃった。一人でのう。そうすれば死ぬ前に百五十一階層をこの目でみることができた」
沈黙が下りた。
「レカンちゃん。こんなことを考えるわしを馬鹿じゃと思うかの」
「さあな。他人が大事にするものにけちをつけようとは思わん」
「ひょっ、ひょっ、ひょっ。おぬしは面白い男じゃのう」
「だがオレだったら、みただけでは満足できんな」
「おぬしなら、そうじゃろうのう」
「オレなら、勝てない相手とは戦わない。撤退する。ぼろぼろになって撤退しても、生きていればいつか踏破できるかもしれん」
「こんなに老いぼれては、それもできまいよ」
「嘘をつけ」
「ほう?」
「あんたはこの迷宮の踏破を諦めてはいないはずだ」
「どうしてそう思うのじゃ」
「あんたの戦意は今も高い。あんたの気配には油断がない。あんたの魔力は今も研ぎ澄まされている。あんたの牙はまだ折れていないはずだ」
ジザが目をみひらいてレカンをみた。
小さな枯れ木のような老婆が、その瞬間には強大な怪物にみえた。
次の瞬間、ジザは顔をくしゃりとゆがめて笑い始めた。
「ひょっ、ひょっ。ひょっ、ひょっ」
ずいぶん長いあいだ、ジザは笑った。