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七階層になると、魔獣の大きさもそこそこ大きくなり、逆にユリウスは戦いやすくなってきたようだった。
九階層で、敵の魔法攻撃を受けた。口から火の玉を吹き出したのだ。
魔法障壁が生じてユリウスを守った。
ここらの階層の魔獣は、魔法発動直後短い時間動きが止まる。ユリウスは素早く駆け寄り、奇麗な剣筋で首を斬り落とした。
「ユリウス。見事だった」
「ありがとうございます!」
「その魔法防御の宝玉だが、しばらくしまえ」
「えっ」
「あの程度の魔法なら、まともにくらっても今のお前なら死なん。障壁に頼らず、魔法をかわしたり、防御の厚いところで受け止めたりする練習をしろ」
「はいっ。わかりました」
ユリウスは宝玉を〈自在箱〉に収めた。
その宝玉にジザのまなざしがそそがれていた。
この日は十階層まで進んだ。小青ポーションが一個出たほか、宝箱は出現しなかった。
馬車に送られて領主館に帰った。食事をして風呂に入って寝た。ユリウスは朝早く起き、庭で剣を振っていた。下から上に斬り上げる剣筋だ。小さな狼を目の前に思い描きながら剣を振っていることは、レカンにははっきりとわかった。
二日目は二十階層まで進んだ。このあたりまで下りると、遠距離から火の玉をはき出すことが多い。ユリウスは、うまく火の玉をかわせるようになってきた。しかし魔獣の移動速度や動き方のくせに対応しきれず、攻撃の狙いがうまくつけられていない。しぜん、傷を負うことも多い。〈回復〉で傷は癒やしたのだが、ユリウスの革鎧についた傷をみて、魔法騎士と魔法使いたちが大げさに心配し、レカンに非難の視線を向けた。
ウイーは水袋に入れたスープと鍋を持参しており、レカンがおこしたたき火でスープを温め、全員にふるまった。
「とってもおいしいです、ウイーお姉さん」
「そうか。それはよかった」
実に優しい笑顔だ。
「ウイーお姉さんが作ってくださったのですか?」
「いや。これは家の料理人に作らせたのだ。わが家の料理人は腕がいいぞ。よかったら今晩、わが家で夕食をとるか?」
ユリウスがレカンのほうをみた。
「ああ。レカン殿も一緒に来ていいぞ」
「行かん」
「じゃあ、ぼくも行きません。ご招待ありがとうございました」
「そうか。それは残念だ」
そう言ってレカンに向けた視線は、まるでごみくずをみるようだった。
女魔法使いたちは、それぞれお菓子を用意してきてユリウスに勧めた。ユリウスはどのお菓子もおいしそうに食べて女魔法使いたちを喜ばせていた。
三日目は三十一階層まで潜った。三十一階層からは魔獣の種類も数も変わるからだ。
「ユリウス。今度はオレが戦う。お前は後ろでみていろ」
「はい。師匠」
三十一階層からは魔獣が複数頭出る。ただし三十階層台では二頭のことが多く、四十階層台では三頭、五十階層台では四頭、六十階層台から七十階層台では五頭のことが多い。そして、三十一階層からは、魔獣の色も、より白っぽいものやより黒っぽいものなど変化に富んでいる。
魔法攻撃も、浅い階層ではゆっくりした〈火矢〉のようだったが、段々速度も速くなり、威力も上がり、〈炎槍〉のようになる。
レカンはここで探索を中止するつもりだった。
三十階層でも魔獣の大きさはユリウスの身長を上回っており、力もあり、牙も爪も鋭い。人型の魔獣よりはるかに俊敏な動きにユリウスは充分に実力を発揮できず、苦戦していた。
レカンの目からみて、ツボルトの百二十階層の〈鉄甲白幽鬼〉と比べれば、ここの三十階層の〈魔狼〉はずっと弱い。あの魔獣に勝てたユリウスが苦戦するような相手ではない。しかし実際にはユリウスは苦戦している。
動物型の魔獣との戦いを少し学んでから出直したほうがいいようだ。
だからいったん探索を終えることに決めたのだが、その前に三十一階層を一度のぞいておきたかった。
レカンとユリウスとジザが、三十一階層の穴に入ったとき、魔獣はいなかった。しばらくして穴の奥のほうに黒いもやのようなものが生じ、二体の魔獣が現れた。
(ほう)
(この階層からはこちらが入ってから出現するのか)
(これはありがたい)
(全員が入って体勢を整える時間があるわけだからな)
片方は白く、片方は黒い。
「〈炎槍〉!」
レカンが左手をかざして攻撃魔法を放つと、それは百歩以上先の白い〈魔狼〉を直撃して頭部を消し飛ばした。
そのときにはすでにレカンは前方に突進している。
黒い〈魔狼〉は出現してしばらく動かなかったが、レカンに威嚇の吠え声を上げ、飛びかかってきた。出現してから行動を開始するまで、若干の時間がいるようだ。
二十歩ほどの距離に近づいたとき剣を抜いて振り上げ、真っ向からたたき付けた。
黒い〈魔狼〉の頭部はたたき割られて消えた。あとに宝箱が残った。
宝箱を開けると杖が入っていた。長さが半歩ほどある太杖だ。
「〈鑑定〉」
〈名前:オルダスの杖〉
〈品名:杖〉
〈耐久度:大〉
〈魔力容量:小〉
〈魔力収容時間:小〉
〈魔力放出量:小〉
〈恩寵:魔力制御付加(小)、魔法威力付加(小)〉
「師匠、すごいです!」
駆けつけたユリウスがきらきらした目でレカンをみあげている。
遅れてジザもやってきた。
「ジザ。白い〈魔狼〉には魔法は効かないんじゃなかったのか」
「わしのことはおばばと呼んでおくれ、レカンちゃん。この階層に出る〈魔狼〉は、白くみえても完全に白ではないんじゃ。それにしても魔法耐性はかなりのものなんじゃがなあ。なのに頭を丸ごと吹き飛ばすとは。準備詠唱なしであの威力はたまげたわい。しかも百歩以上の距離を届かせるとはのう。普通〈炎槍〉の有効距離はせいぜい五十歩なんじゃが」
「ということは、黒いほうも完全に黒くはなかったのか」
「そういうことじゃ。しかしレカンちゃんは面白いのう。わざわざ白いほうを魔法で倒し、黒い方を剣で倒すんじゃからな」
ほとんど真っ白に近い〈魔狼〉にもレカンの魔法は通用するし、ほとんど真っ黒に近い〈魔狼〉にもレカンの剣は通じた。
「おばば。完全に真っ黒な〈魔狼〉が出るのは何階層からなんだ」
「完全に真っ白な〈魔狼〉は八十一階層から出る。そうめったには出んがな。完全に真っ黒な〈魔狼〉は百階層以降にしか出ん。しかも出現確率は非常に低いのじゃ」