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パルシモ迷宮の入り口は、スリンガー山の中腹にある。スリンガー山は、山というより丘というほうが似つかわしいほどの小さな山だ。それでも木々に覆われたその姿は、やはり山と呼びたくなる風格を備えている。
スリンガー山の麓には、木々に囲まれるように受付所や斡旋所や売店や買い取り所があり、小さな宿屋が何軒かある。建物が立ち並び人であふれかえったツボルトと比べると、とても同じ大迷宮とは思えないこじんまりした迷宮だ。
ただし町のほうに戻れば、工房と販売店が軒を連ねて立ち並んでおり、各地から魔法関連の装備を求めて集まった人々でにぎわっている。
売店で軽食を買うと、七人は木々に囲まれた道を上って迷宮の入り口に向かった。まだ混み合う時間ではないというものの、それにしてもあまりに森閑としている。
迷宮の入り口は差し渡し五歩ほどの広さだが、探索者たちは自然に一列に並んで整然となかに入ってゆく。整理をする兵士もなく、鑑札を提示することもない。
少し奥に進んだところでウイーが言った。
「よし、ここらでよかろう。手をつなげ」
七人が手をつないで一つにつながった。
「〈階層〉」
その瞬間、レカンの脳裏にも階層図が浮かんだ。普通の迷宮では、たどり着いていない階層は呪文を唱えても浮かばないし、印を作っていない階層は暗く表示される。だが今レカンの脳裏には、一階層が明るく表示されている。
「〈転移〉」
ウイーが呪文を唱えると、七人は一階層に転移していた。
ほかには誰もいない。
このパルシモ迷宮は多穴迷宮であるほか、際だった特質をいくつか持っている。その一つが、たとえ同じ階層にいてもちがうパーティー同士は出会わないということだ。それだけでなく、どんな階層に潜っても、前のパーティーが残した戦闘のあとや遺品に出会うことはない。
このことについて、魔法研究所では、パルシモ迷宮はパーティーが転移したとき新たな部屋を生み出す型の迷宮なのだという仮説が有力であるらしい。
転移したのは小さな部屋で、目の前に五つの穴がある。穴の入り口はそれぞれもやのようなもので覆われて、なかはみえない。ツボルトでもお目にかかった仕組みだ。
「レカン殿。このあたりの階層で出る魔獣についてはご存じだな」
「ああ」
もらった資料に書いてあったことは読んである。
パルシモ迷宮は〈魔法の迷宮〉とも呼ばれるが、〈狼の迷宮〉という異名も持っている。出てくる魔獣は一種類だ。〈灰狼〉に似ているが、頭部が大きく牙が鋭い。魔法攻撃をしてくるところから〈魔狼〉と呼ばれている。
〈魔狼〉は色によって特性がちがう。白っぽい色であるほど魔法が効きにくく、真っ白な魔狼は魔法無効である。黒っぽい色であるほど物理攻撃が効きにくく、真っ黒な魔狼は物理攻撃無効である。
浅い階層では、それぞれの穴に一頭ずつ魔狼が出現し、その色は黒に近い灰色で体は小さいし、動きも遅い。
「貴殿と一緒に穴に入るのは、おばば様だ」
「わかった」
「よし。皆、入るぞ」
ウイーと三人の女魔法使いが穴に入っていった。
「さて、ではこちらも入ろう。ユリウス、最初に入れ」
「はい!」
「オレは後ろにいて手を出さん。お前が自由に戦ってみろ」
「わかりました、師匠」
ユリウスは、一つ息を吸って吐き出すと、剣を抜いて穴に入った。
次にレカンが入り、最後にジザが入った。
なかに入ってみると、意外にも広い。横幅は二十歩はあり、奥行きは百歩はある。入り口同士の間隔となかの広さがまるで釣り合っていない。
部屋の奥のほうに灰色の小さな〈魔狼〉がいて、こちらの侵入に気づくと、駆け寄ってきた。
人間でいえば二歳児か三歳児ぐらいの大きさだが、顔つきは獰猛だ。
ユリウスも相手に駆け寄っていく。が、その姿にレカンは違和感を覚えた。
身のこなしにツボルト迷宮でみせた切れがない。
ほとんど接敵寸前になっても剣の構えが定まらず、相手が足元にかみつく寸前、上から剣をたたき付けて小さな〈魔狼〉の頭をたたき斬った。
うしろから歩いて近づいたレカンは、ユリウスに声をかけた。
「よし。よくやった」
「ししょうー」
情けない顔つきでユリウスが振り返ってレカンをみあげた。まずい戦いだったことは自分でよくわかっているのだ。
「お前は怪我をせず相手を倒した。だから威張っていい。勝利に誇りを持て」
「はい、師匠」
(元気がないな)
(このままではいかん)
「ユリウス、迷宮に潜る目的は何だ」
「え? つ、強くなるためです。それと、恩寵品やポーションや魔石を得るためです」
「その通りだ。だが欲が強すぎると死ぬ。だからそうしたものは、迷宮探索を続けているうちに自然に手に入るものだと思うことだ。つまり迷宮に潜る目的は、より深く、より長く迷宮探索をし続けることそのものなんだ」
「は、はい」
「では、迷宮を探索する上で最も大事なことは何だ」
「注意力でしょうか」
「死なないことだ」
「あ」
「そしてその次に、大きな怪我をしないことだ」
「はい」
「お前はその一番大事なことは、ちゃんとできた。だから自慢していい」
「は、はいっ」
「まずは魔石を採ってこい」
「はいっ」
ユリウスが腰の短剣を抜いて魔石を取り出すと、レカンはよごれを拭き取って、その小さな魔石をジザに差し出した。
「おや。もらっていいのかの?」
「ああ」
「それじゃ、いただくとするかの。ありがとうよ」
ジザが右手をかざすと、レカンの手のひらの上の魔石は吸い取られるように消えた。
「さて、ユリウス。自分で今の戦いを反省してみろ」
「はい。まず、小さな敵との戦いにとまどいました。次に、人間ではないものとの戦いにとまどいました。だから、どのわざを使えばいいか迷いました」
「そうだな。その通りだ。じゃあ、どう剣を振ればよかった?」
「腰を落として横なぎに剣を振るべきでした」
「それはうまくないな。こちらの動きが止まるし、相手が小さすぎる。お前が練習している型のなかで、左下から右上に斬り上げる剣筋があったろう」
「はい」
「あれでやってみろ」
「はいっ」
「それから、さっきは上から頭をたたき斬ったな。相手が弱く、お前の剣が業物だからできたが、小さな敵を斬るのに上から下にたたき付けると、剣を傷めるぞ。それから、頭の骨はどの魔獣も硬いから、剣で斬り付けるのは利口じゃない。逆にどの魔獣も弱点なのが首筋と心臓だ。これからしばらくは魔獣の首筋を狙え。いきなり首筋が狙えないときは、手足に傷をつけてやれ」
「はいっ、師匠!」




