14_15
14
「オレの出番は終わりだな」
立ち去りかけたレカンをハイデントが呼び止めた。
「レカン殿。ソルスギア殿の持ち物から何か一つを譲り受けられよ」
「ああ、それがあったか」
レカンは倒れたままのソルスギアに近寄った。薬師や神官たちが駆け寄ってきている。
首飾りが気になったので鑑定したところ、〈自動回復(小)〉という恩寵があった。ただし回数制限があり、すでに恩寵の力は失われている。
ソルスギアが身に着けていた〈箱〉を鑑定したところ、やはり〈自在箱〉だった。容量が驚くほど大きい。
「ハイデント。こいつが左腰に着けてる〈自在箱〉をもらう。中身を出してから、オレに届けさせてくれ」
薬師や神官がソルスギアに手当をしている様子に目をやり、ハイデントはレカンに、承知した、と返事をした。
振り向いたレカンを呼び止める声が響いた。
「レカン殿!」
ヘレスだった。
「レカン殿。一手お手合わせいただけませんか」
「なに? お前とオレがか?」
「はい。そうです」
ハイデントが口を挟んだ。
「ヘレス姫。レカン殿に戦いを挑まれる理由は?」
「戦いではありません。稽古です。レカン殿は私の師なのです。成長ぶりをみとどけていただきたいのです」
ハイデントは困った顔でレカンをみた。
「なるほど。そういうことなら胸を貸してやろう。ハイデント、少しのあいだ練武場を借りる」
ソルスギアは別の場所に連れてゆかれ、ハイデントも観客席に引き上げ、レカンとヘレスは練武場で向き合った。
「〈展開〉!」
「〈展開〉!」
二人は呼吸を合わせたように〈ウォルカンの盾〉を展開した。
かすかにヘレスが笑顔を浮かべた。
ヘレスは剣に魔力をそそいで魔力刃をまとわせると、ふわりとそよ風が吹くようにレカンに歩み寄り、袈裟懸けに斬り付けた。
(いい剣筋だ)
レカンはこれを盾で受け、同じく右上から剣を振りおろした。
ヘレスはこれを盾で受けた。だがレカンの剣が当たった瞬間盾を外側にひねってレカンの剣を受け流した。と同時にレカンの盾に押し当てられていた剣がするりと盾の上を滑って、レカンの左胸を襲った。
レカンは体を素早く右に回転させ、盾でヘレスの剣をはじくと、今度は体を逆回転させヘレスの頭上から剣を振りおろした。
ヘレスはレカンの剣風を恐れず前に踏み込み、盾で剣を受け止めつつ左から右に剣を振り抜いた。
レカンは素早く後ろに跳びすさって、この攻撃をしのいだ。
(体の柔らかさをうまく使っている)
(臨機応変な戦い方だ)
それからしばらく二人の攻防は続いた。
ヘレスの剣にはまったくおびえがない。実にのびやかで素直な剣筋だ。しかしその威力は恐ろしい。おそらくソルスギアではまったく歯が立たなかっただろう。ソルスギアはヘレスを女とみくだしてしまい、中級迷宮を踏破した実力をきちんと評価できなかったのだ。もっとも、一万匹の蜘蛛というおまけがついたことは知りようもなかっただろうが。
(そういえば迷宮踏破後のヘレスの剣をみるのは今がはじめてか)
ヘレスの剣をまともに盾で受けたときには、レカンでさえ驚きを覚えるほどの衝撃がある。ヘレスは迷宮でともに戦ったときよりさらに剣を磨いている。しなやかで美しく、力強い剣だ。
レカンはヘレスの攻撃をすべて受け止め、その成長ぶりに感心した。
(いつかまたこいつと迷宮に潜ってみたいな)
いつまでも続くかと思われた攻防は、ふいに終わりを告げた。
ヘレスは攻撃をやめ、はあはあと荒い息をつきながら、レカンに頭を下げた。
「やはりまったく及びません。レカン殿。ありがとうございました」
「ああ。成長したな。お前は大したやつだ」
そのときヘレスは最高の笑顔を浮かべたが、目の端に涙のきらめきがあることにレカンは気づいた。
(どこか痛めたかな?)
レカンはヘレスに歩み寄り、手をかざして呪文を唱えた。
「〈回復〉」
ヘレスは目を閉じ、レカンの〈回復〉を全身で味わった。
いつのまにか観客席にいる人々が立ち上がり、拍手をしていた。
15
「乾杯」
ギルエント・ノーツの音頭で一同は乾杯した。
四家と宰相府代表が集う会食のはずだったが、インドール家とフォートス家が出席を辞退したので、用意された席の広さのわりに、座る人間はまばらだ。
あのあとソルスギアはヘレスとの決闘を取りやめた。取りやめることで今後二度とヘレスに求婚はできないと、ギルエントは念を押したが、ソルスギアにはヘレスと戦う気力は残っていなかった。
なごやかな宴となった。
宰相府内務書記次官イェテリア・ワーズボーンがレカンに話しかけてきて、しばらく会話を交わした。そのことから、レカンが薬聖スカラベル導師と同門の、しかも非常に高位の薬師であることが明らかになり、場は驚きに包まれた。そしてエダが〈薬聖の癒し手〉であることが知れ渡り、一同は目をみはったのである。
「レカン。わからないことが一つある」
「うん? ノーマ、何がわからない」
「コーエン卿は、レカンの持っている何を手に入れたいと考えられたのだろう」
ヴィスカーは、勝者が敗者から装備を奪えるという条件を付け加えた。強力な戦士は、お互い希少で優れた装備を持っているにちがいないから、レカンはヴィスカーの申し出を不審には思わなかったが、ノーマはちがうようだ。
このノーマの疑問に答えたのは、意外なことにイェテリアだった。
「ツボルトに来る前、ペンタロス殿は王宮で〈彗星斬り〉をごらんになり、それを得たのがレカン殿であることをお聞きになった」
「なに?」
「つまりペンタロス殿はレカン殿がツボルト迷宮踏破者であることをご存じだったのだ」
「ほう」
「惜しげもなく〈彗星斬り〉を侯爵に譲られるほどなのだから、それに匹敵する剣をお持ちなのであり、そしてこの決闘では当然レカン殿は最高の剣を使う。ペンタロス殿はそうお考えではなかったかと小官は想像する」
「なるほどな」
だがレカンが決闘で最初に使ったのは〈ラスクの剣〉だ。もし、〈闇鬼の呪符〉を発動させた時点でレカンを倒し、意気揚々と剣を持ち帰り鑑定したならば、さぞ驚いたことだろう。
食事のあと、ハイデントがレカンを訪ねた。
「レカン殿。フォートス家から〈神薬〉の代金を預かった。受け取ってもらいたい」
「金はいらん。返すなら現物で返してくれ」
「さすがにフォートス家も〈神薬〉は持ってきていないだろう。わかった。ではわが家がフォートス家に〈神薬〉を売ろう。それを貴殿に返却する」
「面倒をかけるな」
「まあ、これでわが家もフォートス家に貸しが作れる。悪い話ではない。それからこれが〈自在箱〉だ。噂は聞いていたが、インドール家は手に入れていたのだな」
「パルシモで作られているんだったかな」
「そのはずだ。ところで、貴殿から買い受けた〈彗星斬り〉は王家に献上した」
「らしいな」
「もはや建国王陛下の愛剣がわが迷宮から出たものであることは、誰にも疑えない。建国王陛下はご自身で迷宮に赴いて〈彗星斬り〉を得たとされているから、間違いなくこの迷宮においでになったのだ」
「ふうん」
「王家からは過分の財宝が下賜され、〈彗星斬り〉は諸侯にお披露目されている。まだ内々のことだが、わが家の格式が格上げされるというご内示も頂いている」
「オレには何のことかわからん」
「はは。ツボルト迷宮に知られざる階層があったということと、〈彗星斬り〉が出たということから、今この迷宮に挑む冒険者たちは急速に増えつつある。これから空前の繁栄を迎えるだろう」
「そりゃよかった」
「君のおかげだ。ありがとう。ところで」
「うん?」
「君はもう一本〈彗星斬り〉を得ていたんだな」
「ああ」
「何階層だ?」
「百四十八階層だったかな」
ハイデントはため息をついたが、レカンにはそのため息の意味がわからなかった。
「それにしても君は〈神薬〉を持っていたんだな。しかし、それならなぜ……。いや、これは無用な質問だったな。とにかくすさまじい勝利だった。わが家は君を絶対に敵に回したくないな」