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「ほう! これはいい。これをもらおう。おい、ヴィスカー」
「何だ?」
「オレはお前に勝った。理解しているな」
ヴィスカーはハイデントをみた。次にペンタロスをみた。そして自分が敗北したことを理解した。
「ああ」
「じゃあ、戦利品をよこせ。〈闇鬼の呪符〉だ」
「なっ」
ヴィスカーの顔が愕然とした表情になった。
「ばっ、馬鹿な。これが鑑定できるわけが。なぜあんたがこの呪符を知っている?」
「やかましい。さっさとよこせ」
レカンが右手を突き出した。
ヴィスカーはしばらくためらっていたが、しかたなく胸の隠しから呪符を取り出した。
「ヴィスカー!」
とがめるような声を上げたのはペンタロス・フォートスだ。
ヴィスカーは顔をゆがめてペンタロスをみた。
「早くよこせ」
レカンに催促されてヴィスカーは呪符を差し出し、レカンの手に乗せた。
レカンは呪符をハイデントのほうに向かって突き出し、宣言した。
「ペンタロス・フォートスの代理人であるヴィスカー・コーエンに勝利した戦利品として、ヴィスカーが身に着けていた〈闇鬼の呪符〉をもらう。いいな?」
「確かにみとどけた。その品は君のものだ、レカン殿」
ペンタロスがすさまじい殺気を放っている。ぎりぎりと歯を食いしばっているのが聞こえるようだ。
レカンは呪符を〈収納〉にしまった。
それにしても危ない勝負だった。
シーラにも恩寵品に気をつけるように言われていたから、今回は相手の手の内など確かめず速攻で勝負を決めるつもりだった。だが〈ラスクの剣〉で打ちかかるより、相手の呪文のほうが早かった。こちらも同時に〈不死王の指輪〉の恩寵を発動させていれば〈停滞〉の効果が続く時間相手の攻撃を無効化できていたろうが、そんなことは予想しようもなかった。
いったいどうすればよかったのだろうか。まあ、そんなことはあとで考えればいい。今は別の敵が待っている。
このソルスギアという男も、それなりの強者ではあるが、やはり迷宮深層の冒険者に挑めるほどの戦士とは思えない。
いや。その考え方がいけない。どんな装備を持っているかわからないのだ。どんな技能を持っているかわからないのだ。勝てると思う心が油断を呼ぶ。未知の敵に挑戦するという心構えこそが大切なのだ。ヴィスカーとの勝負から、それを学ばなくてどうするのだ。先ほどのヴィスカーとの戦いをみてなおレカンに挑むのだ。何かの勝算があるということだ。油断してはならない。
「待たせたな。さあ、闘ろうか」
「レカン殿。貴殿はこの勝負にも戦利品が欲しいだろうな」
「いや。べつに」
「先ほどと同じ条件にしよう。勝ったほうが負けたほうの持ち物一つを譲り受けるのだ」
「ああ。かまわんぞ」
ソルスギアの視線はレカンの胸元に向けられている。
(ははあ)
(〈闇鬼の呪符〉を取り戻したいんだな)
(フォートス家に恩を売りたいのか?)
ソルスギアは練武場に下りてきて、レカンと向き合い、左腰に吊ったしゃれた造りの袋から盾を取り出して左手に構えた。
(おっ?)
(あんな小さい袋からあんな大きさの盾が?)
(そうか。あれが〈自在箱〉とかいうやつか)
ハイデントが決闘の条件を宣言した。
ソルスギアとレカンが誓いを立てた。
ソルスギアが抜剣した。
レカンも〈ラスクの剣〉を抜いた。
「始め!」
その号令にかぶせるように、レカンは小さな声で、しかしはっきりと呪文を唱えた。
「〈ティーリ・ワルダ・ロア〉」
ソルスギアが恐ろしい速度で肉薄した。何かの恩寵の効果だろう。
剣をたたき付けてくると思いきや、盾を押し出してきた。
レカンは〈ラスクの剣〉を軽く打ち当てて盾を止めたが、加速がついていたためかぐっと押し込まれた。
押し返そうとしたが、それができない。それどころかなおも押し込まれ、ソルスギアの盾は、ほとんどレカンの胸元近くまで迫って来た。
(これも何かの恩寵品の効果か)
眼前にあるソルスギアの端正な顔は醜くゆがんでいる。
「あの女は俺のものだ。〈嵐牙〉」
とたんに盾から無数の光の槍が飛び出した。この近距離では〈インテュアドロの首飾り〉の障壁は発動しない。槍はレカンの体を貫いた。
ソルスギアの勝ち誇った表情は、現れてすぐ消えた。〈無敵〉状態のレカンにはどんな攻撃もダメージを与えられない。
レカンは右足でソルスギアの右足を軽く払った。
倒れるソルスギアの顔面にレカンの左こぶしが炸裂した。
後ろに吹き飛びかけたソルスギアの右手首をレカンの左手がつかむ。そのままぎりぎりと引き絞ると、骨が折れる音がして剣が地に落ちた。
不思議なことが起こった。鼻が曲がった顔が、元通りに治ったのだ。何か魔法の発動が感じられたから、そういう恩寵品を身に着けているのだろう。
だが、まだ頭がくらくらするようで、攻撃もできないし、防御体勢もとれない。
レカンは〈ラスクの剣〉を〈収納〉にしまい、右手でソルスギアの盾を抜き取って投げ捨て、左手首を締め上げた。ぼきぼきと音を立てて骨がつぶれる。
左手首をつかんだまま、左こぶしをソルスギアの顔面にたたき付けた。
後ろに吹き飛びかけるが、レカンの右手はソルスギアの左手首をしっかりとつかんでおり、倒れることを許さない。
またも顔が修復されてゆく。
レカンの左こぶしが鼻に打ち付けられる。もはや飛び散った血でソルスギアの顔面は真っ赤だ。
びしゃっ、びしゃっと音を立てながら、レカンは機械的に顔面を殴打し続ける。やがて傷が修復されなくなったので、さらに二発殴ってから、レカンは右手をはなした。
ソルスギアはべちゃりと崩れ落ちて、ぴくりともしない。
「勝負あり! レカン殿の勝ち!」
ハイデントが宣言した。