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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第6話 魔女伝説
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13


 シーラの長い回顧が終わったあと、部屋にはしばらく沈黙が流れた。

 やがてレカンが口を開いた。

「一つふに落ちないことがある」

「何だい?」

「王の寵姫となり、何年もたってから不死化の秘術を受けたとすると、今のシーラの姿は若すぎる」

「ああ、それかい。それはあたしにもよくわからないことなんだけれどね。少しずつ、少しずつ、体が若返りはじめたのさ」

「いつからだ」

「たぶん、自分に〈浄化〉をかけてからだと思うんだけどね」

「〈浄化〉の効果は不死化によって消えないのか」

「〈浄化〉は、肉体を最高度に健全な状態に引き上げようとする。不死化は、肉体を劣化させる変化を拒否する。属性としては対極にあるんだけれど、働きは似たところもあるんだ。だから、あるやり方でぶつけると片方が片方を打ち消す。ところが別のやりかたでぶつけると、増幅し合うのじゃないかね。もともと〈浄化〉には、わずかながら若返りの効果がある。その効果が固定化されたんじゃないかねえ」

「それだと若返り続けることにならないか」

「若返り続けたのさ。ゆっくりとね。十年で一歳若返っても、老けにくいぐらいにしか思わないけど、百年で十歳若返ったら、若返ってることに気づくだろう」

「三百年かけて今の若さになったのか」

「そうじゃないよ。ある時点で若返りは止まったのさ。たぶん十八歳前後かねえ。そのへんが、肉体的に最高度に健全な状態なんじゃないかねえ、あたしの場合は」

 レカンは訊くべきことを訊き終えたので、口を閉ざした。シーラも、それ以上は何もしゃべらなかった。しばらく無言の時間が続いた。

「それで」

 ぽつり、とシーラがしゃべった。

「あたしを、どうするつもりだい」

「どうもしない」

「どうもしないのかい」

「ああ」

 レカンがシーラを恐れたのは、シーラが人外の存在であり、強大な魔力の持ち主であるからだ。だが、シーラと接してみて、薬を作ることを中心とした生き方をしていると感じた。金もうけが目的なら、もっと有効な方法があるだろう。作った薬は人間を救うのだから、シーラがしていることは人間たちへの奉仕といえる。

 そのうえで、シーラの経歴と考え方を知ることができた。知ることでレカンは安心した。

 もちろん、そのことでシーラへの恐怖がなくなったわけではない。シーラも怒ることもあるだろう。いつか、この国を滅ぼしたいと考えることもあるかもしれない。

 だがそれは、自然災害のようなものだ。火山の噴火は多くの人を殺すが、噴火が起きるまでは、人はその山の恵みに生かされる。

 シーラに噴火のきざしがあれば、さっさとこの国を離れるだけのことである。その意味では、近くで観察していたほうがよい。

「じゃあ、レカン。明日は休みだ。〈鑑定〉を練習しな。明後日からは別の調薬が始まる。そうさねえ、十日ばかりかかるだろうよ。そのあとは長い休みをやる。気の済むまで迷宮に潜っておいで」

「わかった。あ、そうだ。訊きたかったことを思い出した」

「へえ、何だい?」

「特殊系魔法の〈吸収〉というのは、何を吸うんだ」

「魔力さ。魔石から魔力を吸って自分の魔力を補充できるのさね」

「生きたままの魔獣からでも吸収できるか?」

「生きてる魔獣からは吸えないよ。それも初級のうちは、取り出した魔石に直接ふれないと吸えない。中級になると、多少離れた場所からでも吸えるようになるし、死んだ魔獣の体のなかにある魔石からも吸えるようになる。上級になると、本来の魔力量以上の魔力を吸って、普段は使えないような強力な魔法を使える。たくさん吸ってもすぐ抜けちゃうんだけれどね」

 それではレカンはすでに上級ということになる。

「迷宮の深層に潜るような冒険者には、けっこう持っているやつがいるね。対になる能力が〈付与〉で、魔石に魔力を補充できる。ただし、弱い魔石に強い魔力を入れると砕けるし、強い魔石に弱い魔力を入れようとしてもはじかれるけどね。迷宮にもぐらない冒険者は、中ぐらいの魔石を何個か買って、余裕のあるとき魔力を詰めておいたりするね」

 すっかり冷たくなった茶を飲み干して、つぶやくようにシーラが言った。

「あんたがこの町に入ったとき、あたしもあんたを感知していた。とんでもないのがやって来たけど、どうかとっとと出ていってほしいもんだと思ったのさ。ところが、三日ほどたって、そのとんでもないのがあたしの家に近づいてくる。チェイニーの話を聞いたときから、いやな予感はしてたんだけどね。そしてついにこの家の扉をたたいた。あたしは人生最後の戦いが始まるかもしれないと覚悟したよ」

 まるでレカンの不安を裏返しにしたような話だったので、奇妙な面白みを感じた。

 そのあとシーラから、〈光明(テラパーム)〉の魔法を教わった。

 たちまちレカンは発動に成功した。

「へえ。たいしたもんだ。あとは何度も使って感覚を覚えな」

 レカンはその夜、ひどく安らかな眠りを得た。翌朝起きたときの気分も、もやが晴れたようにすっきりしていた。


14


 休日は、みかけたものを、手当たり次第に〈鑑定〉した。

 とはいっても、レカンの場合、大きな声で呪文を唱えないと魔法が発動しない。

 口のなかでもごもごとつぶやいたり、小さな声で呪文を唱えたりしたときは、発動に失敗した。

 だから、〈鑑定〉の対象とできるものには限りがあった。

 といっても、馬車が止まっていれば、その車輪や窓や金具など、いろいろと鑑定できたし、桶や掃除道具など、道を歩きながら鑑定できる物は多かった。

 レカンがはっきりした声で〈鑑定〉の呪文を唱えるたびに、道行く人はぎょっとしていたが。

 広場の腰掛けに座り、近くに座っている人の服や持ち物も鑑定した。ただし、取り出した宝玉を手に持って、宝玉を鑑定するふりをしながら鑑定した。

 鑑定結果の意味がわかりやすいものとわかりにくいものがあることがわかった。

 また、鑑定するためには対象が静止している必要があった。だから動いている人が着けている服や装備や装身具などは鑑定できなかった。

 座って食事をしている人の服などは、鑑定に成功することもあった。

 武器屋に寄って剣を〈鑑定〉してみた。

「〈鑑定(アベル)〉」

 鑑定結果が何層にもなって心に浮かぶ。一番上の層に意識を集中すると、〈鋼鉄〉という言葉が浮かんだ。次の層に意識を集中すると、〈剣〉という言葉が浮かんだ。さらに次の層に意識を集中すると、〈ファルシオン〉という言葉が浮かんだ。その次にも層があるが、そこに意識を集中しても言葉は浮かばなかった。

(剣の性能が知りたい)

 そういう気持ちでもう一度〈剣〉と表示された層に意識を集中した。するといくつかの色のちがう塊のようなものが心に浮かぶ。

(これは)(攻撃力?)(これは)(耐久度?)(これは)(切れ味?)(これは……)

 ずっと意識を集中していくと、その塊が何を意味しているのかがわかってきた。

「おいおい。あからさまに店頭で鑑定してんじゃねえぞ。そりゃ、失礼ってもんだ」

 店の主人らしい男に、そう言われた。レカンの常識では、その行為の何がどう失礼なのかはわからなかったが、わびを言って店を出た。

 それから広場に戻り、屋台で串焼きを買い、座席に腰を下ろして食べながら、目に入るものを鑑定した。

 やはり遠くのものは、うまく鑑定できない。

 読み取れるような鑑定結果が得られるのは、手に取れるほど近くにあるものだけだ。ただし上達すれば、より遠くの物も鑑定できるかもしれないので、今後も試し続けるつもりだ。

 夜は早めに宿にこもり、もとの世界から持ってきた物を鑑定した。

 とても明確に鑑定ができたので、驚いた。

 ふと思いついて、〈ザナの守護石〉をもう一度鑑定してみた。


〈名前:ザナの守護石〉

〈品名:宝玉〉

〈恩寵:物理攻撃力増大(大)、使用魔力補填(中)、呪い無効〉


 思った通り、前よりも詳しい内容を読み取ることができた。

 〈鑑定〉が上達したのかもしれないし、鑑定結果を解釈する力が上達したのかもしれない。

 いずれにしても、物品の鑑定を自分でできるのは、大きな強みであり喜びだった。

 愛剣ももう一度鑑定してみた。


〈名前:なし〉

〈品名:剣〉

〈攻撃力:やや高い〉

〈切れ味:ややよい〉

〈耐久度:万全〉

〈恩寵:自動修復(大)〉


 前にはふわふわして読めなかった情報の層が、かなり明確に読めた。

 ただし、攻撃力や切れ味や耐久力は、心に浮かぶ色の濃さを言葉に直せばこうなるだろうかというほどのもので、レカンの心のなかでは、もっと微妙な情報として捉えられている。

 鑑定士たちは、これを数値化しているが、レカンの表現力ではこの情報の濃淡を客観的に表現することはむずかしい。

 しかしレカン自身の心のなかでは、この武器の攻撃力がどのぐらいあるかということは、はっきり認識できている。

(素晴らしい能力が手に入った)(もっと磨き込んでおきたい)(それにしても)(できれば相手が装備している武器の性能がわかるとありがたいんだが)

 それはこの技能に熟達すれば可能であるように思われた。現に座って食事している人の装備は鑑定に成功することもあった。もっと短い時間で技能を発動できるようになれば、ゆっくりと動いている人の装備は鑑定できるはずである。

 思いついて、愛剣を手に持ったまま鑑定してみた。

 すると奇妙にぼやけた鑑定結果が得られた。

 意識を武器だけに集中して鑑定し直すと、きちんと鑑定できた。

 もう一度、手に持った剣だということを意識して鑑定すると、やはりぼやけた結果しか得られなかった。

 ただしそのぼやけた塊は、剣だけを鑑定したときより大きく濃いものに思われた。

 これが何を意味しているかは、今の熟練度ではわからないのだろう。

 〈鑑定〉を磨いていったら何がみえるか楽しみである。


15


 翌日シーラの家に行くと、庭の薬草の一部を刈るよう命じられた。

 伸びすぎた枝や葉を払うようだ。

 それぞれの薬草や薬木の名と代表的な効能を聞いて、レカンは驚いた。

 刈るように指示されたのは、すべて毒薬の材料だったのである。

「毒も使い方で薬になることが多い。ただし、今日刈ってもらったのは、毒にしかならない薬草だけどね」

 その日の午後は、下ごしらえで終わった。

 仕事が終わると、この日は〈睡眠〉の練習が始まった。

 ところが、教わっても教わっても、すこしもその感覚が理解できない。

「うーん。こりゃ、もしかすると、精神系は適性がないのかもしれないねえ。まあ、今までに覚えただけでも、知覚系と空間系と光熱系と、三系統あるしねえ。あ、そうだ、あんた、いつだったか壁の杭を上るとき、妙な魔法を使ってたね」

 〈突風〉のことだ。みられているとは思わなかった。

「あれ、ちょっと使ってみな」

「〈風よ〉!」

 レカンは、シーラの目の前で〈突風〉を起こした。

「もう一度」

「〈風よ〉!」

「ふうん。まちがいないね。こりゃ、創造系だ」

「なに? 風を動かしているだけなのだが」

「風っていうのは、ある程度物質なんだ。今のは、最初からある風を移動して強い風にしてるんじゃなくて、突然風の塊が生まれてる。まちがいないよ。これは創造系の魔法だ。だからあんた、たぶん〈創水〉を覚えられるよ」

 その後もしばらく〈睡眠〉の練習をしたが、発動する気配はなかった。

 レカンが帰ろうと庭に出たとき、壁から人が降ってきた。

「ただいま!」

 エダだ。

 仕事帰りだろうに、今日も元気一杯だ。

「おや、おかえり」

「ぶるる、るる」

「…………」

 シーラとジェリコは言葉であいさつしたが、レカンは無言である。

「この果物は、ジェリコにお土産さ。この匂い袋はシーラさんにっす。こっちの干し肉はレカンにお土産だ」

「おやおや、ありがとうねえ」

「うほっ、うほっ、うほっ」

「…………」

 さすがにレカンも今度は無反応というわけにいかず、頭を下げて感謝を表現した。

「さて! ちょうどいいとこに来たみたいだな。レカン師匠、魔法をみてくれよ」

「ちょうどよくない。今帰るところだ」

「ええーっ? ちょっとぐらいいいじゃん」

 結局、シーラの仲裁で、しばらくエダの〈灯光〉をみることになった。

 発動も速いし、大きさの調整もうまい。五歩ほど離れた場所でもきちんと発動させている。

「うまいな」

「へへっ。やっぱりそうかい?」

「どこで練習した」

「えっ?」

「練習せずに、こんなに上達するわけがない。どこかで練習しただろう」

「いや、その……、なんていうか……」

「言え」

「いや、だからさ、依頼で町を出たからさ。町の外ならいいかと思って。でも大丈夫さ。気づかれないように隠れて練習したから」

 たぶん一緒にいた者たちには気づかれているだろう、とレカンは思った。

「いいさいいさ。〈灯光〉は、魔法使いなら誰でも使える、重宝な魔法だからね。使いこなせるようになったら人前で使う許可を出そうと思ってたのさ。だけど、エダちゃん。魔法のなかには、それが使えることを知られたら、たちまち地獄に落ちるようなものもあるんだ。今後は、許可されていない魔法を、この家のなか以外で、絶対につかっちゃいけないよ」

「わ……わかっ……わかりました」

「レカン。エダちゃんに〈着火〉を教えてごらん」

 レカンは見本をみせ、発動のこつのようなものを口で説明した。

「よ、よし、わかった。やってみる。〈着火(ウテル)!〉」

 一度目の挑戦で、枯れ葉が燃えた。

「や、やった。やったよ!」

 それからしばらくのあいだ、レカンはエダの練習につきあうはめになった。

 呪文を唱えて枯れ葉が燃えることもあり、燃えないこともあった。


16


 毒の調薬は次々と進んだ。

 エダの〈着火〉も、みるみる上達した。

 だが、レカンは〈睡眠〉がまったく発動できなかった。

「うーん。だめだね、こりゃ。適性がないね。精神系が一つでも覚えられると、精神系の魔法に抵抗がつくから、便利なんだけどね」

 残念なことに、レカンには精神系の魔法は覚えられないようだ。だが、レカンには状態異常に抵抗できる指輪がある。しかも、もとの世界のものなので、この世界の人間には鑑定できない。遠慮なく装着することができる。

 夕方はエダの練習をみるということで、レカンの練習は昼の休憩のあとで行う。だから、レカンの魔法の習得が進んでいないことを、エダは知らない。

 精神系魔法に適性がないと宣告された次の日、レカンは〈火矢(ベイアーツ)〉を教わった。

 何かの毛皮を壁の杭に引っかけたものが標的だ。

「こいつは炎系の攻撃にはめっぽう強いからね。火矢なら、いくら撃っても安心さ。的をはずすんじゃないよ」

 この魔法はレカンと相性がいいようで、すんなりと望みの大きさと速度で撃ち出すことができた。

「よし、いい感じだね。威力をあげるんじゃないよ。この魔法はほんの通過点さ。すぐに次に行くよ」

 この日の夕方に、エダは〈引寄〉の練習に入った。レカン自身はすでに〈移動〉〈浮遊〉まで進んでいるので、〈引寄〉の教え方には余裕があった。

 毒の調薬を始めて九日目、毒薬の調製はいったん終わった。仕込みが完了するのに長い時間がかかるものもあるということで、それは地下室の棚に保管された。

「さて、明日もおいで。ところで、緑ポーションはいくつあるんだい」

「十四個だったと思う」

「よし、充分さね。今夜は酒は控えておきな」

 この日もエダは〈引寄〉が覚えられなかった。


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