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翌朝、ノーマはフジスルとエダを連れて王都に向かった。
レカンはユリウスに稽古をつけた。
剣を交えてみたところ、わざは驚くほど鋭かった。
だが、実戦向きではない。
美しいわざなのだが、動作の途中で邪魔されると、型が崩れてしまい、どうにもならない。
正面からでも後ろからでも、普通に攻撃すればかわすし受け止めるのだが、連続して攻めるとすぐにぼろが出る。
(ふむ)
(まだ型稽古の段階なんだろうな)
(こいつに何を教えろというんだ?)
レカンにわざとか型は教えられない。レカンに教えられるのは実戦だけだ。だが、今のユリウスに無理やり実戦を教え込んでも、せっかく習得しかかっているわざに狂いが生じるだけのように思われた。
しかし、二日、三日と剣を交えるうちに、ちがうものがみえてきた。
(こいつに足りないのは基礎体力だ)
(ものを握ったり振り回したりたたき付けたりする力や)
(瞬発力や持続力が足りない)
(精いっぱいの力で一撃をふるうから余力がなく)
(次のわざに移れない)
(だが)
(ちゃんと反応はできている)
基礎体力がつけば、いろいろと教えられそうな気がしてきた。
マンフリーのほうは、毎日忙しく仕事をこなし、来客の相手もしているが、一日に一度はレカンを呼び出して、食事や茶をともにする。
無愛想にみえるマンフリーだが意外に話題は豊富で、この地方の古い武人の逸話や、面白い恩寵品などの話をして、レカンを楽しませた。
ユリウスも同席を許された。レカンが弟子だと紹介したこの少年の身元をマンフリーが尋ねたとき、アリオスという剣士の息子だ、とレカンは答えた。マンフリーはそれ以上質問を重ねなかった。アリオスという名には何の反応も示さなかった。
(アリオスの一族のことは)
(侯爵家ならどこでも知っているというわけでもないのかもしれんな)
マンフリーは、自分の弟たちや息子たちをレカンに紹介した。だがそれ以上には踏み込んでこなかったし、レカンを取り込もうとする気配もみせなかった。その距離の取り方は大いにレカンの気に入った。与えられた部屋も、敷地の奥まったところにある離れで、食事の世話をする以外、使用人たちもレカンとユリウスには干渉しようとしない。酒も料理もうまかった。
(さすがノーマの従兄だな)
(ワズロフ家は居心地がいい)
ある日の夕食の席で、こんな話題が出た。
「ノーマの頼みでツボルトに密偵を放ち、君がどうしているかを調べた。だから私は、君がツボルト迷宮踏破者であることは知っている」
「そうか」
「ツボルト迷宮が実は百五十階層あったという事実も、それが踏破されたという事実も、驚くべきことではあるが、ツボルト迷宮に関係がない人にはあまり興味のない話題だ。どのみち大迷宮は、それぞれ非常に特殊な性格をしているしね」
「ほう。そういうものか」
「うむ。だがツボルト侯爵が王陛下に〈彗星斬り〉を献上した」
「なに?」
「王家の鑑定士が折り紙をつけた。建国王陛下の愛剣と同じ剣が献上されたのだ。王家ではツボルト侯爵の名誉を大いにたたえ、王宮の奥まった一室にこの新たな秘宝を飾り、諸侯にお披露目をしている」
「なるほど」
「諸侯のうちには、〈彗星斬り〉を獲得してツボルト侯爵に献じたのはレカンという名の冒険者だという噂が広まりつつある」
「ほう?」
「ふつう、迷宮を管理する領主が価値ある品を手に入れたからといって、それを手に入れた冒険者が誰かなどということは、誰も気にしない」
それはそうだ。宝玉の原石を掘り当てた作業員の名が残らないのと同じことだ。
「だが、〈彗星斬り〉は建国王陛下がご自身で迷宮に潜って手に入れた秘宝だといわれている。そしてその後〈彗星斬り〉を得た者はいない。だから王陛下も興味を持たれたのだろうな。ツボルト侯爵が〈彗星斬り〉を献上したとき、ご下問になられた。この秘宝を得た冒険者は何という者か、とね」
当然ツボルト侯爵は、レカンという名の冒険者だと答えたはずだ。その問答の噂が諸侯に伝わりつつあるということなのだろう。
「うん? ザカ王国建国以前にはツボルト迷宮が百五十階層だということは知られていたんじゃないか? 〈彗星斬り〉もザカ王国建国以前にはそれなりの本数が出ていてもいいはずだが、それはどうなんだ?」
「ずっと昔には何本かの〈彗星斬り〉があったという伝承はある。しかし現物はない。あるのは建国王陛下の愛剣だった一振りと、今回ツボルト侯爵が献上した一振りだけだ」
考えてみれば、〈彗星斬り〉をきちんと鑑定できる鑑定士は珍しい。そして〈彗星斬り〉を発動させられる使い手も珍しい。使いこなせる魔法剣士となると、さらに珍しい。もしかすると各地の貴族家の宝物庫に〈彗星斬り〉が埋もれているかもしれない。
ほかにすることがないので、毎日ユリウスに稽古をつけた。
思わぬ収穫があった。
(ははあ。これはよくアリオスが使っていた剣筋だな)
(こういうわざだったのか)
ユリウスの剣筋は素直であり、基本通りだ。
だからわざの構造や特質がよくわかる。
ユリウスに稽古をつけてやりながら、レカンは正統派の剣術を学ぶことになったのである。
(こいつの剣筋をよくみて覚えれば)
(正統派の剣を使うやつと戦うときの参考になる)
(これはもうけものだな)
最初のうち、ユリウスの剣をかわすか、剣で受けた。そのうち体で受け止めることが多くなった。ユリウスはびっくりしたが、レカンが平然としているので、そのうちに慣れた。
体で受け止めることにしたのは、そのほうが技の威力や効果をより深く理解できるからでもあり、ユリウスに実体のあるものを斬る鍛錬をさせたかったからでもある。
貴王熊の外套はユリウスの攻撃を通さなかったし、〈自動修復〉がついている。そしてレカンには〈回復〉がある。何の心配もいらなかった。
ただし、二つだけ、体で受け止めなかったわざがある。
一つは突きだ。あまりにあからさまな攻撃なので、よほど体勢を崩した相手でもなければまともにくらうことはないだろうが、レカンでさえいささか寒気を覚えるほどの威力がある。
(オレはポーションで〈刺突〉のスキルを手に入れたが)
(こいつの流派では鍛錬によってこのわざを手に入れるんだな)
もう一つは抜き打ちのわざである。〈無風〉という名があるらしい。最近練習を始めたということで、時々剣がすっぽ抜けるのだが、このわざは、じっとみていても受け止めにくい。何というか、呼吸が読みにくいわざなのだ。このわざから派生したわざがいくつかあり、そのうちの一つである〈虎口〉というわざは非常に威力が高いのだという。
三十三日の午後、ノーマが帰還した。