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「待て。今の流れがよくわからなかった。どうしてあんたまでが求婚決闘とやらをすることになったんだ?」
レカンが口を挟んだ。
「つまりヘレス姫が求婚決闘を要求し、その場の流れを利用して私も求婚決闘で問題にけりをつけようとしたんだ」
「ふうん? いくらジンガーが代理人になれるからといって、相手にはどんな戦士がいるかわからないし、どんな装備があるかわからない。審判が公正ともかぎらない。危ない橋をわたっているように思えるがな」
「レカン。私を心配してくれるのだね。ありがとう。うれしいよ」
「あんたなら、ほかにやりようがあったんじゃないのか?」
「持って回ったやり方では、相手の不審を呼ぶ危険がある。ワズロフ家には負い目があるからね。そこを突かれるような成り行きだけは避けたかった。その点、求婚決闘というやり方は、相手にとってきわめて好ましいやり方だと判断したんだよ」
「それでその決闘というのは終わったのか? 勝負はどうなったんだ?」
「まだ行われていないよ。ペンタロス殿もソルスギア殿も、船に乗ってドレスタ王国に行く用事があってね」
「ほう」
「ザカ王国に帰るのは六の月の下旬になるということで、七の月の三十日に王都で会う約束なんだ」
今日が七の月の七日だから、王都に三十日に着くことは可能だ。ただし、二、三日のうちに出発しなければならない。
「オレの出番はないじゃないか」
「ところが、レカン。ジンガーを代理人にすることはできなかったんだ」
「なに?」
「諸家系統譜の書き換えは、まだ行われていない。だから私はワズロフ家の人間ではない。いや、ワズロフ家の血を引く人間であることは間違いないが、ゴンクール家の継承者であるという立場のほうが強い。だから私の所属はゴンクール家ということになるんだ」
「それはないだろう。よくわからんが、今の話からするときちんとした根拠をもって申し入れれば、その系統譜とかいうのは必ず書き換えられるものなんだろう。ワズロフ家が強く申し入れれば、宰相府も無視はできないんじゃないのか?」
「もちろん無視はできない。書き換えは必ず行われる。ところがどうもそれは、求婚決闘にはまにあわない。宰相殿は、奇妙なほど強気でね。たぶんフォートス家が後押ししている。もしかしたらインドール家も協力しているかもしれない」
「じゃあ、系統譜とやらの書き換えはできないのか?」
「私が宰相殿かペンタロス殿に頭を下げて懇願すれば、できるかもしれない。しかしそれは借りを作るということだからね。上策ではない」
「待てよ。考えてみたら、別にお前の所属はゴンクール家でもいいじゃないか。ジンガーはお前の騎士なんだから」
「そうではないんだよ、レカン。ジンガーは今やワズロフ家筆頭騎士なんだ」
「ああ、そうだったか。なら、いったんワズロフ家から解雇してもらってゴンクール家の騎士となればいい」
「それは騎士を他家から借りるのと同じだ」
「面倒だな。うん? だが、それだとオレではなおさら代理人になれないだろう」
「すまないが、君は私の婚約者ということにした」
「なに?」
「あちらがどの程度、ヴォーカでの諸事情や私の周辺を調査しているかわからない。だからみえすいた嘘はつけない。だが君と私が親しくしていたことは、明らかな事実だ。結婚を約束していたということを嘘だと証明できる者はいない。君さえ同意してくれれば、それは今すぐ事実になるのだし、少しばかり婚約の日付けをさかのぼらせても、誰にも迷惑はかからない」
レカンはエダのほうをみた。
「エダ。お前はどう思う?」
「婚約してあげてくれないかなあ」
「ほう?」
「レカンしかノーマさんを救えないんだ。あたいからも頼むよ。それにね。ノーマさんへの求婚は、もうそりゃしつこいんだ」
「そのペンタロスとかいうやつがしつこいのか?」
「そうじゃなくて、ヴォーカの町の貴族たちだよ。それに今や近くの町からも婚約の申し入れがあってね。その対応でノーマさんはろくに執筆の時間も取れないほどなんだ」
「ふうん。お前がいいんなら、まあかまわないか」
「ノーマさんと結婚すればレカンも貴族になるらしいし、貴族は何人もの奥さんを持てるから、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだ?」
「えへへ」
「ふん。まあ、そんなことはどうでもいいが、問題は決闘場所だ。王都でなければいかんのか」
「侯爵家同士の縁談だからね。王宮の練武場で行うことになった。レカンはどうしてそんなに王都を嫌うのかな」
レカンは正直に事情を話した。ジンガーばかりかフィンディンも同席しているが、ノーマが信頼する男ならかまわないだろうと考え、落ち人である自分の装備と、そしておそらく能力に、ヤックルベンドが強く興味を持っており、そしてヤックルベンドに会えば、ただではすまないと予想されることを説明した。ただし自分がどういう装備を持っており、そのうちどういう装備にヤックルベンドが関心を示しているかははっきりと言わなかった。
「うーん」
ノーマはしばらく考え込んだ。ノーマはこのとき、レカンの思考の中身を完全に理解しているわけではない。だがレカンが心から王都行きを嫌がっていることは理解した。
「決闘場所を変えてもらおう」
「それができるのか」
「このことに関して、宰相殿が卑怯な手段を取っていることは間違いない。そのような宰相殿の支配下にある王都の練武場などでは、公正な決闘など望むべくもない。少なくとも私は不信感をぬぐえない。私の代理人が決闘に負けたとしても、心から納得して嫁ぐことはできない。そうペンタロス殿に手紙を書くよ」
「ほう、なるほど」
「それに宰相殿はフォートス家やインドール家の味方というわけでもない。王家に有利な結果が得られるよう、どんな手を使ってくるかもわからない。この件に関して、宰相殿はまったく信用がおけない。どたんばで私の有利になるよう事を運び、ワズロフ家に恩義を売りつける可能性もある。そう言われれば、決闘場所を変えることに同意してくれる可能性がある」
「そうしてもらえると助かる」
「レカン」
「うん?」
「王都でさえなければ決闘に出てもらえるんだね」
「ああ、もちろんだ」
「私の婚約者として」
「そんなことはどうでもいいが、あんたが婚約者を代理人にすることを、相手は認めるのか?」
「それは確認を取ってある。私の所属がゴンクール家であるかぎり、婚約者の冒険者レカンが代理人だとね。相手は切り込み隊長のヴィスカー・コーエンという人物を代理人にするそうだ」
「さすがに手際がいいな」
「場所は相手に任せることになる。少なくともワズロフ家やラインザッツ家の影響が強い町ではだめだ。相手も名誉のために自分たちの影響が強い町は選ばないとおもうが、そこはどうなるかわからない」
「王都でさえなければどこでもいい」
「うん。わかったよ、レカン。全力を尽くす」
「頼む」
二日後にヴォーカを出発して、マシャジャインに向かうことになった。交渉を進めるにしても、ヴォーカでは遠すぎるからだ。




