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ソルスギアは、椅子に浅くかけなおし、上体を倒して、座ったままでノーマとヘレスに礼をとった。
「姫様がたお二人には、わざわざにお運びいただき、まことに感謝に堪えません。急な呼び出しで不審に思われたろうが、かなわぬ夢がかなうのだ。どうかフォートス、インドール両家の無礼を許していただきたい」
いきなりこんな意味不明なあいさつをされて、ノーマはとまどった。だが、相手に悪意や害意はないようだ。
「ノーマ」
ヘレスがノーマの名を呼び、ここはあなたに任せる、と言わんばかりの目つきをした。ノーマは小さくヘレスにうなずいて、斜め向かいに座って頭を下げたままのソルスギアに話しかけた。
「ソルスギア様。どうかお顔をお上げください。そして今のお言葉の意味を、もう少し詳しくお教え願えませんか」
「いい声だ」
と口を挟んだのはノーマの正面に座るペンタロスだ。ペンタロスは飾り気のない視線をノーマに注いでいる。ノーマはペンタロスに軽い笑みを送ってから、ソルスギアに視線を戻した。
「ノーマ姫。このソルスギアにとっても、隣のペンタロスにとっても、〈白雪花の姫〉にお会いし、そのお声をお聞きすることは、決してかなわぬ悲願だったのです」
ノーマは少し首をかしげて、言葉の意味がわからないことを表現した。
「わがインドール家にも、フォートス家にも、〈白雪花の姫〉の絵姿があることはご存じか」
「はい。王宮の画家が描いたものを写し取られたとか」
「そうです。その絵はわが祖父にとり、生涯の宝物となった。いつもその絵を切なそうに眺めてはため息をついたものだった。無骨な祖父の心の奥深くに、〈白雪花の姫〉は住み着いてしまったのです。そしてそのあこがれを、わが父も私も受け継いだ。フォートス家の事情も同じようなものだ。われらの三代にわたる〈白雪花の姫〉への思慕は、ただの思慕で終わるしかなかった。だが、そうではなかったのです。あなたがたがいた。私たちは〈白雪花の姫〉の忘れ形見に会うことができ、その声を聞くことができるのです。そうと知って、わが父も私も想いを抑えることなどできなかった。フォートス家も同じです」
どんな思惑があり、どんな謀略があるのだろうかと考えていた。
見合いもどきの会食から、どんな交渉が飛び出すのか、どんな条件を突き付けられるのかと身構えていた。
だが、そうではなかった。
これは純粋に情念の問題であり、会うこと自体が目的だったのだ。
三代にわたる〈白雪花の姫〉へのあこがれを滔々と語るソルスギアに生暖かい視線を注ぎながら、ノーマは安堵のあまり膝が砕けるのを感じていた。
一つ間違えば戦争にも発展するかもしれないという危惧を抱えながら、何とか事を納めようと決意を固めてこの会食に臨んだ。だがそういう問題ではなかった。
ノーマの姿がみたければ、心ゆくまでみればいい。声が聞きたければいくらでも聞かせてやる。そうすれば憧れにはやり立つ心も平静を取り戻し、ここにいるのが三十路一歩手前のさして美しくもないがさつな庶民だと知るだろう。
ヘレスのほうはそうはいかないかもしれないが、侯爵家と侯爵家なのだから、結婚の話に発展するとしても、家と家の釣り合いは取れている。それ以上はノーマの心配するところではない。
(無事にヴォーカに帰れそうだ)
そう思う心に油断がなかったとはいえない。
正面に座るペンタロスが、自分の顔を凝視しているその意味に気づきもしなかったのだから。
9
ソルスギアの長い口上が終わり、飲み物が運ばれ、乾杯が行われ、会食が始まった。
「そうそう。私の身分について、お断りをしておかねばなりません」
「ほう、ノーマ姫。それはいったいどういうことだ」
いつのまにかペンタロスの口調はすっかり砕けている。もともとこういう話し方をする人なのだろう。だがそのほうがノーマとしても接しやすい。
「この会食に私が出席することを承知するなり、わが従兄弟は、私の土台を固めてくれました。まず私がワズロフ家の最も高貴な姫であると認定し、私の守護騎士であるジンガーを、再びワズロフ家に戻し、筆頭騎士の地位を与えてくださったのです」
「ジンガーだと! ジンガー・タウエルかっ?」
「そうですが、ペンタロス様はジンガーをご存じなのですか?」
「ワズロフ家にジンガー・タウエルありと聞く。忠義一徹で武勇にすぐれ、騎士のなかの騎士というべき男だと。だがまだ生きていたのか」
「控室におりますから、のちほどごあいさつさせましょう」
「おお! ぜひ伝説の騎士に会ってみたい。いやあ、ノーマ姫と話してるとわくわくすることばかりだな」
「はは。私はつまらない女ですよ。それから従兄弟は家宰を宰相府に使わし、諸家系統譜の修正を願い出ました。むろん、きちんとした系図その他の資料をそろえてのことです。その願い出は一昨日確かに受理されたのです」
「ほう! ワズロフ家のご当主は、なかなか果断なかたなのだな」
「ところが昨日、私は宰相殿に呼び出されたのですが、その席で、いろいろ準備もあるので、諸家系統譜の書き換えはまだ済んでいないとおっしゃったのです」
ペンタロスは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「あの海坊主宰相め。受理した系統譜書き換えをわざと引き延ばしたのか。許せんやつだな。いや、ノーマ姫。あなたが〈白雪花の姫〉の忘れ形見であることは疑いない。そのことに俺は一点の疑問も持っておらん」




