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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第41話 ヘレスとノーマ
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「ただ者ではない気配が二つあるとは思っていたが、エダだったのか」

「えへへ。ただ者でない人は、そこにも一人いるけどね」

「なにっ?」

 エダが指さしたほうをヘレスはみたが、そこには誰もいない。少なくともノーマの目にはみえない。

「誰かいるのか?」

 ヘレスの言葉に応えるように、木陰から暗褐色のマントに身を包んだ痩せた男が現れ、ノーマに礼をとった。

「レイスか。隠れていたのか?」

「失礼しました。侯爵様のご命令です」

「ノーマ。これは私の側付きで魔術師のレイスだ。失礼の段は許してほしい」

「ははは。君を一人で放り出せるわけがない。当然のことだ」

「もう一人そこにいるのは護衛か。かなりの強者のようだが」

「呼んでよいかな」

「もちろん」

「ジンガー」

 呼ばれてジンガーがあずまやに入り、ヘレスに向かって騎士の礼をとった。

「ジンガー・タウエルと申します」

「ジンガーはワズロフ家が私に付けてくれた騎士でね。つい最近、ワズロフ家に所属を戻し、筆頭騎士となった」

「なにっ。ワズロフ家の筆頭騎士殿だと。ううむ。道理で」

 レイスとエダも自己紹介をした。レイスは自分のことを秘書官で魔法使いだと紹介したが、エダは無邪気にその正体を看破した。

「レイスさん、密偵ですよね」

「えっ?」

 ヘレスが驚いた声を上げた。

(この人は隠し事のできない人だな)

「そうなのか、レイス?」

「はい。というか、今までお気づきでなかったんですか?」

「気配の消し方が見事だとは思っていた」

「それは、どうも。ところでそろそろ移動しないと遅刻してしまいますよ」

「もうそんな時間か。まだまだ話し足りない。ノーマ、あとで時間を頂けないかな」

「こちらこそ、まだまだ話がしたい」

 ノーマとヘレスは同時にほほえんだ。


7


 会食の時間は、針魚の一刻である。

 〈雪花亭〉から王家の料理人や給仕は追い出され、ギド侯爵家の料理人と給仕が万事を取り仕切っている。警護はスマーク侯爵家が受け持つ。どんな魔法使いも外から内部の会話を盗み聞くことはできず、どんな腕利きの暗殺者も侵入することはできない。

 会食の部屋に連れて入れる随行は一人だけだと言われた。

「ふむ。フィンディン。あなたに来てもらう」

「はい」

 はい、と答えたものの、フィンディンはいささかならず驚いていた。一人しか連れて入れないのならジンガーを連れていくだろうと思っていたのだ。

 だが、指名されたのはフィンディンだった。

 信頼しているぞ、ということでもあり、学習せよ、ということでもあるだろう。あるいは、ここは武力ではなく知力の出番ということなのかもしれない。いずれにしても、この場ではフィンディンこそが唯一の側近となる。ノーマの生命と幸福を守る役目を肩に負うのだ。フィンディンは心が奮い立つのを感じた。

 ノーマはフィンディンを連れて、ヘレスはレイスを連れて会食の部屋に入った。

 大きな窓は開け放たれており、素晴らしく眺めがよい。

 部屋ではすでに、ギド侯爵家長男ソルスギア・インドールと、スマーク侯爵家長男ペンタロス・フォートスが待っていた。二人とも立っている。ノーマもヘレスも女性としてはやや大柄だが、ソルスギアとペンタロスのほうがはるかに身長が高い。

 二人は深く正式の礼をして二人の姫を迎えた。ヘレスとノーマは並んでその三歩前まで近づき、礼をした。ノーマは貴婦人の礼を、ヘレスは騎士の礼をである。その動作はぴたりと呼吸があっていて、一幅の絵のように美しかった。

 四人はお互い名乗りあってから席についた。

 四人がけのテーブルは、存外こじんまりとしている。

 片側に男性二人が、反対側に女性二人が座った。

 ノーマは左側に座った。

 ノーマの正面はペンタロス・フォートスで、ヘレスの正面がソルスギア・インドールだ。

 ペンタロスの姿をみると、不思議と胸はずむものがある。レカンに似ているのだ。

 ペンタロスはすらりとした長身で、鋼のような筋肉を持ち、精悍そのものの雰囲気を持っている。赤い短髪は海風に吹かれて荒々しくはじけている。眼光は鋭く、高所から草原をみわたす猛禽のように油断ない。

 一方のソルスギアはがっしりした体格で、たたずまいは落ち着いている。しかし武人の雰囲気を色濃く漂わせていて、ノーマのような門外漢にも、よほど腕が立つ人物だということはわかる。

 ペンタロスとソルスギアは、好奇の視線を隠そうともせず、じろじろとノーマとヘレスを眺め回している。

 ノーマとヘレスも、そんな視線などに恥じらいを覚える性分ではなく、落ち着きはらって男性二人をみさだめている。

 不思議だな、とノーマは思った。

 ギド侯爵家とスマーク侯爵家は王家の姫に求婚したのに、その姫は死んだと嘘をつかれた立場だ。それからずいぶん時間が過ぎてはいるが、こういうたぐいの恥と恨みは時の流れですり減るとはかぎらない。むしろ大きく育つ場合がある。今回のことの背景には怒りがあるにちがいない、とノーマは考えていた。

 だが、二人の視線に怒りは感じない。それどころか、あこがれ続けた女性に会えたかのようなロマンティックな表情をしている。

 沈黙を破ったのはペンタロスだった。

「おい、ソルス。お前が話せ」

「うん? ああ、そうしようか」


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