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「お前は王都についたら私の名代として宰相府に行き、諸家系統譜の修正を願い出るのだ」
この発言に、ワズロフ家の家宰フジスルは、わずかに驚きを顔に浮かべた。
「サースフリー殿の出自を正しいものに改める。当然リリア姫の出自もだ」
「しかし、それは」
つまりサースフリーとリリア姫がローレシア姫の子であったことを明らかにするというのだ。それをすると、王家系統譜の記述もたださねばならない。
「王家系統譜を直すか直さないかは王家の問題だ。わが家の関知するところではない。とにかくこの会食に臨むノーマの身分を確かなものにしておかねばならん」
それはその通りにちがいない。フジスルも腰を折って了解を示した。
「ノーマ。君はこれからノーマ・ワズロフ・ゴンクールを名乗ってもらえるか」
「わかりました」
「あなたはワズロフ家でも最も高貴な姫となる。もともとそうだったのだが、今後は表立ってそう扱うことになる。ゴンクール家との関係については、母方の実家の継承権を預かっているということになる」
「はい。とすると、私の所属はワズロフ家ということになりますね」
「そうだ。あなたはワズロフ家の姫であって、血縁であるゴンクール家の家督についても相続権を有する姫ということになる。逆ではない」
「それでけっこうです」
「ジンガーは、いったんワズロフ家の禄を離れたが、あらためて現役のワズロフ家騎士に戻したい。どうだろう」
「そうですね。そのほうがいいかもしれません。ジンガーは、どう思う?」
「ノーマ様のお心のままに」
「では決まりだ。ジンガーは、ワズロフ家筆頭騎士となる」
「筆頭騎士? ワズロフ家にそんな役職がありましたか?」
「今できた」
ノーマはにこりと笑った。この年上の従兄弟の物の考え方と取り進め方が気に入ったのだ。
それから実務的な打ち合わせがしばらく行われた。
王都に向かうのは、ノーマ、フジスル、ジンガー、フィンディン、エダ、騎士四名、従者十人、侍女二人、御者二人である。従者の数が多いのは、伝令のためだ。ゴンクール家から来た御者と侍女は、ワズロフ家当主とノーマの手紙を持ってヴォーカに帰る。ノーマはプラド宛の手紙のほか、筆写師ラクルスへの手紙も言付けた。
翌日、つまり四の月の二十六日、ノーマはマシャジャインを離れ王都に向かった。
王都までは道も整っており、馬車で丸二日あれば到着できる。だが出発が昼頃になってしまったので、馬車はゆったりと走らせ、三日目の夕刻王都に着いた。
道中、ノーマは資料を読み、フジスルを質問攻めにした。フジスルは、ノーマの質問が的確であることと、一度聞いたことは忘れない記憶力、そして知識と知識を照らし合わせて物事を理解する能力の高さに驚いていた。
王都の屋敷は広大で、人も多かった。
到着した日の夕方に、ラインザッツ家から使いが来た。
ギド侯爵家長男ソルスギア・インドールと、スマーク侯爵家長男ペンタロス・フォートスと、ヘレスとノーマの雪花亭での会食は、四の月の三十二日と決まったということだった。
ノーマは不思議に思った。
ラインザッツ家の動きが早すぎる。
この日程調整は、ノーマの側の意志と動きがラインザッツ家に伝わり、なおかつラインザッツ家がヘレス姫に会食の出席を命じ、ヘレス姫の意志と都合を確認したうえでなければ始められない。
ヘレス姫は王家で最も高貴な姫の付き騎士なのだから、簡単には都合がつかないはずだ。ソルスギア・インドールとペンタロス・フォートスは、会食を申し込んできた側なのだから王都に滞在しているのは不思議ではないとしても、王都滞在期中にはさまざまな用務もあるはずだ。
どうして三十二日などに会食を設定できたのか。
ひとつ考えられるのは、ラインザッツ家当主に代わって会食の実施を決定できるような人物が、ずっとワズロフ家にとどまっていて、その人物が王都に早馬を出して指示したということだ。
だが、そうだとしても日程が決まるのが早すぎる。ノーマがマシャジャインを出発すると同時に調整を開始したとしか考えられない。それに、そんな人物が滞在していたなら、ノーマに会わせてくれなかったのはおかしい。マンフリーがそういう隠し事をしたとは考えにくい。
(さすが二大貴族家だな)
(何か奥の手があるのだろうな)
フジスルは精力的に活動した。ノーマはフジスルに頼んで、宰相府への交渉の席にフィンディンを同行させた。フジスルはフィンディンを気に入ったようで、喜んで引き受け、いろいろな所を連れ回した。
ノーマはインドール家とフォートス家について調べた。
明日が会食の日という三十一日の朝、宰相府からノーマに使者が来た。
宰相リンガー伯爵オルバヌス・ラインザッツ卿がお目にかかりたいので、宰相府にお越し願えないかというのが使者の口上である。
いつ行けばいいのかと聞けば、今からすぐにとのことである。
これは高位貴族を呼び出すにしては、非常に失礼なやり方だ。
ノーマは判断に迷った。
宰相はワズロフ家を盟友とみて、お互いに用件があればすぐに会うような関係でいたいと考えているのかもしれない。
そうではなく、事前の予約もなく突然呼び出すことによって、宰相府の権威を示そうとしているのかもしれない。
実のところ、ノーマ自身としては、会食の前に宰相と会うのは、あまりうれしくない。
「フジスル。どうしたものかな」
「は。ノーマ様のお心次第かと」
「マンフリー様ならお受けなさるかな」
「用件がはっきりしていて緊急の案件であれば、受けられるでしょう」
「ふうん」
結局、ノーマは宰相府に出かけた。事がどちらに運ぼうと、宰相府にまったくあいさつなく王都を離れるわけにはいかない。そしてあとで宰相府から情報を引き出す必要が、たぶん起きる。だからここは一度、相手の無理を聞いておこうと思ったのだ。
宰相の部屋に入ろうとすると、随行は一名でといわれたが、ノーマは、フジスル、ジンガー、フィンディン、エダと一緒でなければお会いできないと言い、帰ろうとした。これには宰相が折れて、全員が宰相の部屋に入った。
宰相は、立ち上がってノーマを迎えた。
宰相のほかには、騎士が一人と従者が一人いるだけだ。
宰相は今年四十五歳になるはずだが、五十代半ばにみえる。
人のよさそうな笑顔を浮かべているが、目は厳しい光をたたえている。
「ようこそ、ノーマ姫。ザカ王国宰相の席をお預かりしているオルバヌス・ラインザッツと申します。さあ、お座りください」
「第40話 白雪花の姫」完/次回「第41話 ヘレスとノーマ」※次回投稿は3月2日です。