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「さて、事情はわかってもらえたと思う。そこでだ」
マンフリーは鋭い視線をノーマに向けた。
「君は、ノーマ・ゴンクールとしてこのことに当たるのかね」
これはいやらしい質問だ。
ノーマの所属がゴンクール家であるというのなら、この集団見合いの話はゴンクール家が対処せよ、と言っているのだ。もちろんゴンクール家では、ギド、スマーク両侯爵家と交渉などできない。あちらの言いなりになるしかない。
そうではなくノーマ・ワズロフとして事に当たりたいなら、マンフリーに頭を下げて庇護を求めなくてはならない。
たぶんマンフリーは、使者に立てたゴロウン子爵をノーマがあしらったやりかたに、いささか腹を立てているのであり、これはその意趣返しなのだ。
ノーマはにこりとほほえんだ。
「マンフリー様」
「何かな」
「やめませんか」
「なに?」
「今はあなたと私が、お互いの体面をめぐって駆け引きをしているような場合ではありません」
マンフリーは目に驚きを浮かべた。ノーマの言葉が予想外だったのだ。
「私がヴォーカに帰り、ゴンクール家の次期当主として事に処したとしても、かつてのワズロフ家ご当主がなさったことが、なかったことになるわけではありません」
「む」
「むしろその場合ワズロフ家は、事態の推移には関与できず充分な情報も得られず、結果にだけ責任を取らねばならないという状況に陥ります」
「む」
「もちろんゴンクール家単独では両侯爵家と交渉さえできません」
「ふむ」
「ここはあなたと私がお互いをどう思っていようと、手を携えて共に取り組まねばならない問題なのです」
マンフリーは、しばらくノーマをみつめたまま、声を発しなかった。
「マンフリー様」
「何かね」
「この場にゴロウン子爵をお呼び願えますか」
「なに? いや、わかった。おい」
控えていた家宰に指示が与えられ、執事はゴロウン子爵を案内してきた。
ノーマは立ち上がって迎えた。
「ゴロウン子爵。今、マンフリー様から事情をお聞きしました。なるほど重要で喫緊の用件でした。ヴォーカをわざわざ訪ねてくださったあなたに、ご無理を言い、ご不快を与えましたこと、おわびいたします」
「あ、これは。いえ、ノーマ様。もとはといえば、あなたがゴンクール家のご後継になっておられたことを調査していなかったこちらの手落ち。こちらこそ失礼いたしました」
「ではお許しいただけますか」
「許すも許さぬもございません。マンフリー様とノーマ様の会談が整い、私めも役目を果たせたかと安堵しております。すみやかにお越しいただけましたこと、まことにありがたく存じ上げております」
これは子爵位を持つ貴族が、ゴンクール家のような田舎貴族の跡継ぎにすぎない人間に接する態度ではない。まるで主家の人間に対する言葉遣いである。
だが、マンフリーとノーマが親しく語る部屋に呼び出され、マンフリーの目の前でその従妹に居丈高な態度を取るわけにはいかない。何よりノーマの悠々たる態度に、ゴロウン子爵は自然に頭を垂れたのだ。
そしてゴロウン子爵のこの言葉で、ノーマがワズロフ家に犯した無礼は許されたことになる。
「君は本当にあのノーマなのか?」
マンフリーは、幼いころから知っているノーマの姿と、今目の当たりにしているノーマの姿のちがいに、とまどいを覚えているようだ。
ノーマはにこりとほほえんでからソファーに座った。
「マンフリー様。それでは話し合いましょう。この問題にわれわれがどう当たればよいかについて」
ノーマはちらりとゴロウン子爵をみた。
「そうだな。ゴロウン子爵も同席してもらいたい。これから、ワズロフ家としてこの難局にどう立ち向かうかを協議する。知恵を貸してくれ」
「は。及ばずながら」
ゴロウン子爵にも茶が運ばれた。
話し合いの口火を切ったのは、もちろんマンフリーだ。
「ラインザッツ家から連絡があった。三の月の三十八日に、ギド、スマーク両家からの使者がトランシェに来たそうだ。そしてわが家に対するのとまったく同じ申し入れが、ラインザッツ家になされた」
ギドとスマークからみれば、マシャジャインまでとトランシェまではほとんど同じ距離だが、若干トランシェのほうが近いかもしれない。だからワズロフ家より一日早くラインザッツ家に使者が到着したのだろう。
「ラインザッツ家は、どのような対応をなさるのですか」
「落ち着いているな。ギド、スマーク両侯爵家からの申し出を受けるもよし、断るもよしという態度だ。いざとなれば素直に非を認めて、責任を取るつもりだと言ってきた」
「責任を取るとは、どうすることですか?」
「宰相とヘレス姫がそれぞれ職を辞し、トランシェに引き上げるそうだ」
現宰相は、トランシェ侯爵ラインザッツ家当主の弟であることはノーマも知っている。ヘレス姫は当主の娘だ。この二人が王都の公職を引くというのだ。
「ただしワズロフ家の対応次第では、ある程度は歩調をそろえると言ってきている」