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「似ている、といえば似ているのでしょうか。でも私はずっとごつごつしていて、肌もこんなに奇麗ではありません」
「いや。君は美しい。ちゃんと化粧し衣服を調えれば人目を引かずにはおかんだろう。そして君には知性の輝きがある。ある種の男性にとっては、ローレシア姫以上に魅力的に映るだろう。そして何といえばいいのか、存在の雰囲気がとてもよく似ている」
「お褒めにあずかり恐縮です。しかし、そうか。似ているのか。するとヘレス姫と私も似ているのでしょうか」
「私はヘレス姫をみていない。だが、たぶん似ている。おそらくそれが、両侯爵家がヘレス姫はローレシア姫の血を引いていると確信した理由だ」
「ほう」
ノーマの頭脳は高速に回転していた。
ヘレスとノーマの名前を並べて書いているのは、自分たちは真実を知っているぞという脅しだ。雪花亭という場所を会食場所に選んだのも、〈白雪花の姫〉の秘密を知っているという意思表示だ。王家と宰相府がラインザッツ家、ワズロフ家と手を組んで、王家系統譜と諸家系統譜に嘘の記述をしたことを、相手は知っている。ギド侯爵家かスマーク侯爵家に嫁がせることを約束した姫を死んだことにして国中の貴族をたばかり、その実こっそりワズロフ家に嫁がせていたことを知っている。ラインザッツ家は、その姫の娘を娶っている。しかも母親を偽って諸家系統譜に記載している。
どこまで調べ、どこまで証拠をにぎっているかはわからないが、肝心の部分については相当正しく真実をつかんでいるとみなければならない。
このことが明るみにでれば、王家、宰相府、ラインザッツ家、ワズロフ家は、ひとしく信義を失う。確かに客観的に考えれば、死んだと嘘をついて求婚をなかったことにするのは、あまりにあこぎで不誠実なやり口だ。
ノーマは国全体の状況に詳しいわけではないが、ギド侯爵家とスマーク侯爵家が、踏みにじってよいほど小さいものではなく、また両家が手を組んでいる以上、踏みにじることが不可能な存在だということはわかる。二つの港街に離叛されたら、王都の経済は破綻するはずだ。
だが、それがゴンクール家にどんな関係があるというのか。もともと王国北部地域は、王都近辺の経済圏とはあまり関係がない。王都が栄えようと滅びようと、ヴォーカはヴォーカでやっていける。
そしてたぶん、相手の狙いはヘレス姫だ。王の娘の付き騎士に選ばれるほどなのだから、さぞ見目麗しい女性なのだ。自分のような行き遅れの目立たない女とはわけがちがう。
「マンフリー様」
「うん? 何だね」
「ヘレス姫はおいくつなのですか?」
マンフリーは首をめぐらして執事をみた。執事が答えた。
「今年二十二歳におなりです」
やはり若い。両家はこのヘレス姫を狙っている。自分の名前が挙がっているのは、脅しのためだ。意趣返しのために何かの罠を自分にかけてくる可能性もないとはいえないが、うまく立ち回れば自分とゴンクール家は無傷でしのげる可能性がある。
このとき、ずっと空気同然に黙り込んでいたエダが口を開いた。
「あの。ヘレスさんて」
「うん。ヘレス姫がどうかしたかね。エダ殿」
エダが〈薬聖の癒し手〉だと知るマンフリーの口調は丁寧だ。スカラベル導師は、ヴォーカからの帰途マシャジャインにも立ち寄り、マンフリーにもエダの庇護を頼んだのだ。
「ニーナエで一緒だった女騎士のヘレスさんかなあ……でしょうか」
「あ」
思わずノーマは声を上げた。聞いていたのだ、レカンから。ニーナエ迷宮を踏破したとき、ヘレスという女騎士をパーティーに加えていたと。しかしまさか侯爵家の姫だとは思っていなかったので、ヘレス・ラインザッツの名とは今の今までつながらなかった。
「ふむ。ヘレス姫は騎士として王宮に出仕したいと望んだが、父上であるトランシェ侯爵はお許しにならなかった。しかし懇願に負けて、弟である宰相と相談し、中規模以上の迷宮を踏破したら許すことになさった。ただしヘレス姫が有力な冒険者の力を借りることができないよう、王都の冒険者協会に手を回された。ところがヘレス姫は現地で有力な味方をみつけることができ、なんとニーナエ迷宮を踏破してしまった。今、後宮の大回廊中央広場には、女王蜘蛛の頭部と足が飾られているそうだ。それが何か?」
「あの。レカンとアリオスとあたいは、ニーナエ迷宮に行ったんです。そしたらヘレスという女騎士の人が仲間に入れてくれって言ってきて、四人で迷宮を踏破したんです」
「なに! いや、失礼した。踏破? あなたが、ニーナエ迷宮を? なんということだ」
「といってもあたいは、弓で遠くから狙うのと、傷ついた仲間を〈回復〉と〈浄化〉で癒す役でしたから。ヘレスさんはすごかったですよ」
「そうか。ヘレス姫は、わが祖父の孫であり、ノーマの従姉妹にあたる。五体満足でニーナエ迷宮から帰れたのはあなたのおかげだったのだな。この通り、お礼を申し上げる」
侯爵はわざわざ立ち上がって礼容をみせた。
「いえっ。あたいもヘレスさんの働きに助けられたし、楽しかったし」
「あなたは心のなかまで澄み切っているのだな」
いわれてみれば、ヘレス姫はノーマにとって従姉妹にあたるのだ。父の妹にリリアという姫がいたことは知っていたが、母親はキッチーナだと思っていたし、どこに嫁いだかは知らなかった。そもそもノーマが生まれる前に嫁いでいるので、会ったこともない。