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チェイニーと会食した次の日の夜、チェイニーの部下が二人レカンの宿を訪ねてきた。
「まず、こちらは魔石と宝玉の代金です」
部下は、金貨三枚と内訳書を差し出した。
「こちらは恩寵品についての鑑定結果です」
レカンは鑑定結果の書き付けを開いた。
剣二本、短剣三本の鑑定結果が書いてある。
「一番上に書いてある大剣が一番高いのだな。買い取り価格が金貨五枚、攻撃力十二、切れ味九、耐久度四十八とあるが、この数字は何だ」
「鑑定士は鑑定結果をもやもやとした色の塊のようなもので認識するそうです。その数字は、今回鑑定を担当した当店の鑑定士が、独自の経験からその色の塊の意味を数値化したものです。鑑定士がちがえば、当然数値もちがってきます。ただし、熟練の鑑定士の鑑定なら、そう大きく数値はちがいません」
「そのあとに、恩寵として、剣速付加十二とあるが、これは何だ」
「素晴らしい恩寵です。その剣できちんと攻撃した場合、剣速に十二の付加があるのです。つまり一割以上剣速が速くなります。これがもう少し誰にでも扱える大きさの剣ならば、もっと高い価格になったと思いますが、残念ながら大剣は遣い手を選びますので、そういう査定になりました。大剣には剣速付加より威力が強くなる付加があったほうが値がよいのです」
「なるほど、よくわかった。剣と短剣の代金は、いつもらえる?」
「そこをご相談です。当店でただちに買い取らせていただく場合には、その書き付けの金額となりますが、お時間をいただければ、実際に販売した金額から一定の割合をお支払いすることができます。ゆっくりかまえて売れば、相当によい価格になると思われます」
「ふむ……この金額で買い取ってくれ」
「承知いたしました」
後ろに控えていた男から小さな袋を受け取ると、レカンに差し出した。
あらかじめ用意してあったわけだ。
レカンは金額をあらためて、金貨を〈収納〉に収めた。
「確かに」
「ありがとうございます。ところで主人からお願いがございます」
「何だ」
「この次には、些少でかまいませんので、ポーションもお分けいただけるとありがたい、とのことです」
「そうか」
レカンは、〈収納〉から、赤の小ポーションを十個ほどつかみ取ると、空になった小さな袋に入れた。それから、赤の中ポーションを十個ほどと、青の小ポーションを十個ほどと、青の中ポーションを十個ほど、小さな袋に入れた。小さな袋は、もう満杯である。
「これを持っていけ」
「ありがとうございます」
「チェイニーによろしく伝えてくれ」
「それはもう。今後ともよろしくお願い申し上げます」
その翌日、ポーションの代金だと言って、なんと金貨六枚を置いていった。
ポーションというのは、それほど価値があるものなのだろうかと、レカンは首をかしげた。
5
さらにその翌日、レカンは再びシーラの家に来た。
ちょうど十日の休みをへて出勤したことになる。
今度は路地を通ったりせず、家々の屋上や壁を飛び渡って便所の後ろに飛び降りた。何のことはない。こうすれば簡単に来られるのだ。
井戸の横のドアを開ければ、そこは作業部屋である。
相変わらず、頭上の空間は、吊り下げられた薬草の束に占領されている。生々しく攻撃的だった匂いは、いつのまにか、香ばしい匂いに変じている。これこそ薬草の匂いだ。
「おや、来たね。まあ、お茶でもお飲み」
今日のシーラは十日前までと打って変わった落ち着きをみせている。シーラの淹れてくれたお茶は、とても落ち着く味だった。
「何階層までもぐったんだい?」
「第二十六階層まで」
「よかったかい?」
「とても」
「それはよかった」
「シーラ」
「うん?」
「ポーションの種類と効能を教えてくれ」
「ああ、いいよ」
紙片を出して、さらさらと書き付けた。
「はいよ」
青(魔力回復)大・中・小
赤(怪我治癒・体力回復)大・中・小
黄色(状態異常解消)
緑色(解毒)
青紫(魔力一時増幅)
赤紫(筋力一時増幅)
銀色(全能力一時低下、成長力強化)
金色(技能付与)内容は無作為
白輝色(神薬)
「この金色ポーションの〈技能付与〉というのは何だ?」
「何か技能を身につけるのさ。魔法の技だったり、弓の技だったり、剣の技だったりをね。ただし、剣を使ったこともない人間が剣の技能を得ても使えないし、魔力のない人間が魔法の技能を得ても使えないけどね」
「その人間に使えない技能が得られることがあるのか?」
「出現させた者以外がポーションを使ったときにはね。あんたが魔物を倒して金色のポーションを手に入れたとしたら、あんたはそのポーションから得られる能力を、必ず使える。ところがこの金色のポーションは、ものすごい値段で売れるからねえ。売るやつも多いのさ」
それは冒険者らしくないふるまいだが、この世界の冒険者は考え方がちがうのだろうか、とレカンは思った。
「銀色ポーションの説明も、よくわからない」
「例えば戦っている最中に相手にそのポーションをぶつける。はじけて中身が相手にかかる。すると相手は短くて半日、長ければ一日以上、すべての能力が下がる。つまり速さや、力や、魔力がね」
「ほう。〈成長力強化〉というのは?」
「そのポーションを引っかけられたり飲んだりすると、全能力が下がるんだけど、下がっているあいだに修練をすると、普通じゃ考えられないくらい、能力が高くなるんだ。学習効果が劇的に上がるってことだよ。といっても、一日にも満たない時間学習効果が上がっても、なんてことはないんだけどね」
「〈神薬〉には説明がないが」
「何もかもに効くから、〈神薬〉さ。状態異常も、肉体の疲労も精神の疲労も解消される。毒は解毒され、切り傷はきれいにふさがってしまう。どんな病気でも治しちまう。もちろん体力や魔力も回復する。それどころか、斬り落とされた腕も生えてくる」
「すさまじいな」
「あたしも何本か〈神薬〉を手に入れて調べてみたことがあるけどね。どうもよくわからないしろものさ。たぶん〈神薬〉の効能には、場合場合でちがいがある」
「ほう?」
「あんた、迷宮に何日も潜ってたんなら、ポーションも手に入れただろ。ポーションがあれば魔法薬はいらないとか思わなかったかい」
「実は、少し思っている」
「まあ、冒険者なら、それでもいいかもしれないねえ。ただ、こどもには緊急の場合以外ポーションは使わないほうがいい」
「なぜだ」
「病気にかかって治ったり、怪我をして治ったりしながら、人の体の力は強くなっていくのさ。ある種の病気にこどものころかかると、おとなになってその病気には二度とかからない、なんてこともある」
「ああ、あるな」
「魔法薬は、命の力を強化して、怪我や病気を治すのさ。だから、魔法薬を使って怪我や病気を克服したら、その人は一段階強い命を手に入れている。ところがポーションでは、そういうことは起きない。ただもとに戻るだけなのさね」
「よくわかった」
「ポーションを研究してわかったのは、人間の手では再現できないってことさ。あれは、この世の摂理を離れたものなんだ。ところで、あんた」
シーラは、レカンの顔をじっとみた。
「赤の大ポーションは使わなかったのかい?」
「使った」
「使ったのに、目は治らなかったのかい?」
「左目のことか? これは無理だ。あちらの世界の上級魔法薬でも、つぶれたときすぐに飲めばともかく、時間がたってからでは治らなかった」
「つぶれてすぐだったら、治ったのかい?」
「つぶれただけなら治る。眼球を失ってしまったら話は別だが」
「赤の大ポーションを持ってるね。飲んでごらん」
「今ここでか」
「そうさ」
レカンは赤の大ポーションを取り出して飲んだ。
シーラは目を半眼にして、右手を開いてレカンの顔にかざして、じっと何かを探っていた。
「ちゃんと働いてる。だけど効いていない。なんてこった」
少し考え込んでから、こう言った。
「あんた。もとの世界の上級魔法薬とやらを、あと何本持ってるんだい?」
レカンは〈収納〉に右手を突っ込んで調べた。
「あと五つだな」
「その五つの薬、大事にするんだよ。それこそ目がつぶれるような、その薬でなけりゃ治らないことが起きるまで、使うんじゃないよ」
「うむ?」
「赤ポーションはね、たぶん治せる分量が決まってる」
「分量?」
「小さなこどもや年寄りなら、命に関わるような大病や大怪我でも、赤の小ポーションで治っちまう。それは命の総量が小さいからなんだ」
「ほう」
「あんたは命の総量が大きすぎる。大ポーションでも足りない。だから目が治らないんだ」
「何のことか、よくわからん」
「まあ、おいおいわかっていくだろうさ。ところで、何でもいいから、あっちの世界から持ってきた物をみせとくれ。あの剣でいいよ」
レカンは剣を出してシーラに渡した。
「……やっぱり」
シーラがむずかしい顔をしている。
「どうした?」
「〈鑑定〉が効かない」
「なにっ」
「この前みせてもらったときは、いきなり〈解析〉をかけちまってね。普通の〈鑑定〉をかけるのを忘れてたんだ。今〈鑑定〉をかけてみたんだけど、だめだった」
「〈鑑定〉がはじかれるのか?」
「通る。通るんだけど、表示された内容が読めない。そうなんじゃないかとは思ってたんだ。〈鑑定〉で読み取れる内容ってのは、神様のメモ書きみたいなもので、それがどういうものかを端的に示してるんだ。ところが、この剣のメモ書きは、あんたがもといた世界で書かれてるからね。あんたの世界の言葉を知らないあたしには、何がメモされてるのかわからないって寸法さ」
「オレのもといた世界の文字で書かれているのか?」
「〈鑑定〉した人間の心に概念が浮かんでくるんだ。だから文字というより、やっぱり言葉の問題だね」
「ふむ。ということは、あちらの世界から持ってきたものは、この世界では鑑定不可能と考えていいのか?」
「まあ、あんたか、あんたと同じ世界から来た誰かが、この世界の誰かに言葉を教えるってなことがないかぎり、鑑定不可能だろうね。逆にあんたが〈鑑定〉を覚えれば、この世界の物品はちゃんと鑑定できるだろうさ」
「物品しか鑑定できないのか?」
「〈鑑定〉は物品を鑑定するものさ。人間や動物や魔獣や植物は鑑定できないさ」
「オレに〈鑑定〉が覚えられるだろうか」
「覚えられると思うよ。あんたはすでに、人や物の位置や形、それに魔力なんかを探知する能力を持ってるだろ? だから、同じ知覚系魔法の〈鑑定〉には素養があるはずさね。けどまあ、取りあえず覚えてほしいのは空間系だ。あんたは〈引寄〉をあっさり覚えたから、空間系には適性がある。〈移動〉と〈浮遊〉を、すぐに覚えてもらうよ」