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「いえいえ、とんでもない。それでお聞きしたいんですけどね」
「何だ」
「ゾルタンの旦那は、今どこなんですかね」
「なに? どういう意味だ」
「いえね。あたしとしては、宿屋の主人夫妻をクソ野郎がさらってくれた時点で、ゾルタンの旦那がクソ野郎をたたき斬ってくださるもんと確信してたんです。ところが驚いたことに、ゾルタンの旦那は手紙を書いてあたしにことづけ、迷宮に入っちまった」
「ああ」
「それならってんで、あたしはあんたに、主人夫妻がさらわれてクソ野郎のところにいるってお伝えしたわけです。あんたとゾルタンの旦那は仲よさそうでしたからね。代わりにクソ野郎を掃除してくれるかと期待してました」
「なるほど」
「ところがあんたも迷宮に行っちまった。そこであたしはやっと気づいたんです。万が一にも主人夫妻が殺されないように、ゾルタンの旦那はあんたと一緒に統括所に乗り込むつもりなんだ。だから呼び出しの手紙を書いたんだってね」
「それで」
「あたしは仕上げに入りました。少し前から領主補佐官様にはクソ野郎とそのクソ野郎を生んだ大クソ野郎の悪事の証拠を流してたんですけどね。決定的な証拠があるのが確認できたって伝えたんですよ」
「決定的な証拠?」
「恩寵剣の横流しの記録。隠し財産。そして関係者の名前が出てくる書類とかですね」
「ああ、金庫がどうとか言ってたな」
「それですよ。そして宿屋の主人夫婦を人質にゾルタンの旦那にレカンの旦那を殺させて〈彗星斬り〉を奪うようにクソ野郎が命じた、と報告したんです」
「うん?」
「貴族同士のもめごとは領主が裁定するもんですからね。捜査の口実になります」
「ふうん」
「それで騎士バイアドが出張ってくれたんですが、あんたもゾルタンの旦那も統括所に現れない。しかたないから騎士バイアドは引き上げたんです」
ということは、ゾルタンとレカンが死闘を繰り広げていたころ、騎士バイアドは迷宮事務統括所に来ていたのだ。
「翌日の昼になって突然あんたが現れ、統括所を襲った。あわててご注進に及んだところ、騎士バイアドが大急ぎで駆けつけてくれたまではよかったけど」
ぽっちゃりは悲しそうに首を振った。
「どういうわけかゾルタンの旦那がいない。しかもあんたは、ゾルタンを倒してここに来た、なんて宣言しちまう」
「それのどこがまずい」
「貴族であり領主様の貴臣であるゾルタンの旦那に対して、迷宮統括官補佐にすぎないクソ野郎が非道な振る舞いをしたということを、ゾルタンの旦那の口から言ってもらう必要があったんですよ。そうすればベンチャラー邸の手入れもできた」
「なるほど」
「騎士バイアドもどうしていいかわからなかったみたいで、取りあえずあんたを放免して、騎士トログの死体の片付けと関係者の尋問をやったんです」
「そういうことだったのか」
「あたしは大クソ野郎のところに行って吹き込みました。冒険者レカンは騎士トログを殺害した。不正の証拠を騎士バイアドがつかんだようだってね」
ぽっちゃりは、ずいぶん暗躍していたようだ。
「大クソ野郎は大騒ぎをしたあげく、〈グィンティル・エラ・スルピネル〉に迷宮で冒険者レカンを殺させ、〈彗星斬り〉を領主様に献上することにしたんです」
もちろんぽっちゃりが誘導したのだろう。
「次にあたしは領主補佐官様にご注進しました。大クソ野郎を屋敷から連れ出す絶好の機会ですってね」
「なぜ連れ出すんだ? ああそうか。証拠を隠したり破棄したりさせないためか」
「そういうこってす。領主補佐官様は大クソ野郎を呼び出して、こう言いました。騎士トログが迷宮深層の冒険者の機嫌を損ねて殺されたそうだな。ところで騎士トログが貴臣ゾルタンに非道な仕打ちをしたという噂がある」
「ほう」
「大クソ野郎は言いました。冒険者レカンの言うことはすべて虚偽です。その者は、〈彗星斬り〉を得ながらその秘密を明かさず、〈彗星斬り〉を町の外に持ち出そうとしている不届き者です。私はツボルト領主様のため、〈彗星斬り〉を得る方法を考えました。迷宮のなかの冒険者同士の戦いでレカンが命を落とすようにはからいます。そして〈彗星斬り〉を献上しますってね」
そのあと〈グィンティル・エラ・スルピネル〉に連絡を取り、レカンとの決闘の段取りを整えるのに少し時間がかかったということなのだろう。それであの二日間の空白のわけがわかった。
「お前はオレが〈グィンティル・エラ・スルピネル〉に勝つと思っていたのか?」
「勝てば面白いな、とは思ってました。まあ、どのみち、あたしがクソ野郎の悪事を告発し、迷宮法を盾にとって強制捜査に持っていく予定だったんですけどね。決闘の件はあたしの計算外でした。領主様もやるもんだなと思いましたよ。直接領主家が手を出さずに騎士オルグを片づけたんですからね」
「ずいぶん手間ひまをかけたんだな。お前自身がトログとオルグを暗殺すればすんだんじゃないのか」
「それじゃあいつらのすべてを奪うことができないじゃないですか。そのうえ、あたしにはベンチャラー家とノーツ家から追っ手がかかることになる。それにね。クソ野郎を殺すのは簡単でしたけど、大クソ野郎は守りが堅くてね」