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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第39話 ツボルト迷宮の主
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「よかったんですか、レカン殿」

「何がだ」

「領主様の晩餐会をすっぽかして」

「すっぽかしてはいない。オレは出席するとは言ってない」

「まあ確かに、気が向いたらな、と返事してましたけどね」

「それに、日が決まったら連絡するということだったじゃないか。オレは晩餐会とやらがいつ行われるかも知らんのだ。すっぽかしようがないだろう」

「一見理屈が通ってますけど、そもそも迷宮踏破者の栄誉をたたえる晩餐会なんですからね。レカン殿が姿をくらましたら会が成り立ちません」

「うるさい。行きたければお前が行け」

 行けと言われても、もう昨日のうちにツボルトを出てきてしまっているのだから、それは無理な話である。

「はいはい。もう言いません。それにしても、〈ラフィンの岩棚亭〉の野菜がもう食べられないというのは、ちょっと寂しいですね」

「そうだな」

「ナークさんもネルーさんも泣いて別れを惜しんでくれましたね」

「そうだな。〈火矢〉」

 さりげなく繰り出された〈火矢〉は、道沿いに生えている大木の脇に飛んでゆき、曲折して大木の後ろ側に撃ち込まれた。

「ぎゃあっ」

 飛び出してきたのは、ぽっちゃり密偵グィスランだ。

「ど、どうして〈火矢〉が曲がるんですか?」

 レカンはぽっちゃりの胸元をみた。

 ごく弱く加減して撃った〈火矢〉だが、それにしても服に穴も開いていないし体にはダメージがまったく通っていない。くたびれた服にみえるが、かなり優秀な装備だ。

「何か用か」

「〈火矢〉を撃ったことの説明はなしですかい。そうですかい。へいへい。いえね。一応旦那にはあらためてお礼を申し上げなくちゃと思いましてね。お聞きしたいこともありましたし」

 ぽっちゃりは、トログに雇われ、トログに給金をもらっていると言った。だが、トログが死んだあと、騎士団長であるトログの父親の不正を証言した。しかも前もって隠し金庫の場所を領主補佐に伝えておいたという。

 迷宮を踏破したあとの雑談で、ハイデントは、ぽっちゃりをみかけなかったかと聞いてきた。いろいろ聞きたいことがあるのに、あの日以来姿がみえないというのだ。あの日というのは、レカンがオルグを殺し、ベンチャラー本家の強制捜索が行われた日である。

「お前は本当はいったい誰の部下なんだ」

「今や誰の部下でもありません。やっとね」

「やっと?」

「旦那は、〈ガルゴイの呪符〉をご存じですかね?」

 レカンはアリオスのほうをみた。

「誰かと契約して、その血を呪符につけると、呪いがかかります。そして呪符を焼いたとき、その誰かが死にます」

「ほう」

「トログのやつが、あたしを雇うについて契約書をかわしたいなんて言い出しましてね。血判を押せっていうんですよ。その契約書が〈ガルゴイの呪符〉でできてたんです」

「気づかなかったのか?」

「気づきましたとも。心のなかで笑ってました。その程度の呪いをはねのける装備ぐらいは、いつも身に着けてますからね。だまされたふりをして、あとで痛い目に遭わせてやろうと思ったのが運の尽きでした」

「何があったんだ?」

「どんなにすぐれた呪い抵抗も、絶対じゃないってこってすよ。千回、いや何千回のうちに一度ぐらいは、ひょこっと呪いを通してしまうこともあるんです。知識としては知ってたんですがね。まさか自分の身に起こるとは。いやはや。いい勉強になりました」

「それで?」

「あたしはトログの忠実な部下になりました。どんなにきたない仕事も喜んでやりました。どんなに理不尽な仕打ちをうけても、ご主人様に盾突くようなことはいっさいせず、へこへこ笑って尽くしました」

 にこにこと笑いながら、ぽっちゃりはそう言った。

「人間てのは不思議ですねえ。あんたはすごい人ですね、あたしはあんたを尊敬してます、あんたの言うことは何でも聞きます、って言い続けると、ほんとにそうだと思っちゃうんですね」

「そうだと思うとは?」

「俺はすごいやつだ。こいつは心から俺を尊敬している。命に換えてもおれに尽くす。そんなふうに思っちゃうんですね。あのクソ野郎のどこをどうみれば尊敬できるっていうんですかね、まったく。クソ野郎は物事を判断する基準もやっぱりクソなんですかね。踏みつけにされたほうが恨みを忘れるわけないのにね。ねえ?」

「それで」

「四年半かかりましたよ。いえ、呪符をどこに隠しているかは、すぐにわかったんです。ところが金庫の鍵を開ける方法がわからない。あのクソは、あたしが近くにいるときには金庫にさわろうとしなかったし、あたしが近くにいないときでも、防音結界を張ってから開け閉めしましたからね」

 防音結界というものがあるのか、とレカンは思った。

「でも今年の四の月になって、ついにそのときが訪れたんです。あのクソは、あたしが部屋のなかに隠れてるとも知らず金庫を開けちまったんですよ」

「なるほど」

「あたしはすぐに呪符を返してもらいました。偽物を代わりにおいてね。そして恩返しの方法を考えていたら、旦那が〈彗星斬り〉を手に入れて、ゾルタンの旦那が〈ラフィンの岩棚亭〉に行った」

「なるほど。そこからあとは、すべてお前の計算通りに進んだわけか」

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