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二日間の休養を取った。
ここまでの実戦での使用と宿での実験によって、〈不死王の指輪〉の特性が、ある程度つかめてきた。
まず、指輪は指にはめないと効果を発現しないということがわかった。
〈ザナの守護石〉のように胸ポケットに入れるだけでも身に着けたことになるのかと思ったが、だめだった。手に握った状態でもだめだった。
次に、〈無敵〉は、物理攻撃にも、魔法攻撃にも、毒、状態異常、呪いのいずれをも無効にするようだということがわかってきた。毒、状態異常、呪いについては手持ちの品で確認できる範囲でしか確認できていないが、おそらくどんなものにも対抗できる。ただし、毒については、指輪の効果が切れた瞬間に毒が効き目を現すので油断ならない。
物理攻撃の衝撃を完全に打ち消すわけではなく、軽い衝撃は伝わる。魔法攻撃については、魔法そのものの効果、つまり焼けたり、切れたりする効果は完全に無効化されるものの、魔法によって生じた爆風などが消え去るわけではなく、その衝撃はわずかながら伝わる。
興味深いのは、持っている剣や着ている服も〈無敵〉状態になることだ。物理攻撃でも魔法攻撃でも傷つかないのはもちろん、ほかにもおもしろい現象が起きる。
例えば敵が大剣を恐ろしい速度で振り回してきて、こちらが軽く剣で迎え撃つと、最初は少し強い抵抗があるものの、あとはぴたりと押さえ込むことができるのだ。ただし逆にこちらが押し込もうとすると、強い抵抗にあう。
剣が無敵状態なら、どんな相手もすぱすぱと両断できてもよさそうなものだが、そうはならない。〈無敵〉状態であっても、切れ味や攻撃力は変わらないようだ。
また、あるとき〈無敵〉状態のまま敵とつばぜり合いになり、敵がぐいぐいと体を押しつけてきたのだが、最初こそ少し押し込まれたものの、そのあとはぴたりとこちらの後退が止まった。
ただしその状態から相手を押し込むことはできなかった。わずかな時間のことだったので確証はまだないが、こちらから相手を攻撃したり押し込んだりするときは、〈無敵〉の恩寵はほぼ効果がないようだ。
指輪を発動させた状態で敵の右側に飛び込もうとしたとき、敵の槍先がこちらの体にふれ、ぴたりと動きをとめられたことがある。たぶん、普段の状態で命中したら大怪我を負うような攻撃だった。それにしても、〈無敵〉状態のときに攻撃を受けるとこちらの動きが阻害されるというのは、あまり都合がよくない。これは相手の攻撃の重さによるような気がする。いずれまた検証しておく必要がある。
どんなにすぐれた道具でも、道具はしょせん道具だ。道具というものには特性があるものであって、そのくせをよく知って使いこなせば便利だし、よく知らずに使えば思わぬ不覚をとることがある。
この指輪は使い方次第ではきわめて有用であるだけに、頼り切っていると思わぬ落とし穴が待っているかもしれない。いざというときの切り札に使えるように、よく研究しておく必要がある。
六の月の十日から第百四十八階層に挑んだ。
三番目の部屋で、〈彗星斬り〉が出た。鑑定したところ、今まで使っていたものより優れているうえ、〈破損修復〉に加えて〈状態保持〉の恩寵が付いていた。アリオスが目を輝かせているので試しに使わせてみたが、やはりアリオスには魔法刃を発現させることができなかった。
レカンには鑑定結果を数字で表すことはできないが、二つの〈彗星斬り〉を比較したところ、攻撃力や切れ味の基礎値はたぶんほぼ同じで、恩寵による攻撃力増加と切れ味増加は、新しい〈彗星斬り〉が少しまさっている。そして今まで使っていた〈彗星斬り〉の魔法刃の長さは二倍から五倍だったが、新しい〈彗星斬り〉は二倍から七倍ぐらいだ。実際に思いきり魔力をそそいでみると、今までの最大の長さよりずっと長い魔法刃が顕現した。もちろん深度はこちらがまさっており、それだけ消耗しにくい。
「アリオス」
「はい」
「オレはこれから新しいほうの〈彗星斬り〉を使う」
「はい」
「今まで使ってた〈彗星斬り〉、お前、いるか?」
「うーん。欲しい、と言いたい気持ちもありますが、いりません」
「ほう。なぜだ」
「私は一族でも魔力の多いほうなんです。その私が手も足も出ないんですから、その剣を使える者は出てこないでしょう。死蔵することになってしまいます。意味もなく死蔵したのでは剣がかわいそうです」
「そうか。なら、オレの自由にしていいか」
「はい」
六の月の十五日と十六日は休養日にした。
十五日に、レカンは買い取り所に足を運んだ。
一番奥のカウンターに、テルミン老師がいた。朝の早い時間帯だというのに、五人の冒険者が並んでいたが、レカンの姿をみると、さささっと席を譲ってくれた。
「やあ、師匠」
「久しぶりだな、レカン」
レカンはカウンターの上に〈彗星斬り〉を置いた。
「うん?」
「同じものが出たんでな。これは売る」
「なにっ」
驚きをみせたテルミンだったが、すぐに気を取り直して鑑定をして、鑑定書に書き込みをした。
「ふむ。これを売るというのだな」
「ああ」
「値段はすぐには決まらんだろうと思う。何日かのちに、また来てくれ」
「わかった」
次の日、昼食をおえてのんびりしていると、騎士が訪ねてきた。
「レカン殿。迷宮事務統括官殿がお会いしたいとのことだ。よければこれから来ていただけないだろうか」
「ああ、かまわん」
広い通りに馬車が止めてあり、レカンが乗ると、馬車は迷宮統括所の正面に止まった。ここは賓客以外使わせないはずである。
統括官執務室でイライザ・ノーツが待っていた。机の両横にはテルミン老師と筆頭魔法使いネルツェンがいる。そしてソファーには領主補佐ハイデント・ノーツ伯爵が座っている。
ハイデントもイライザも立ち上がってレカンを迎えた。
「よく来てくれたレカン。座ってくれ。皆も座れ」
ハイデントの言葉を受けて、レカンはソファーに座った。イライザもネルツェンもテルミンも座った。
レカンはテーブルの上に〈彗星斬り〉を置いた。
「茶を飲んでからではいかんのか?」
「早く用事を済ませたい」
「そうか。ではテルミン老師、鑑定をお願いする」
テルミンは鑑定をして、まちがいございません、とハイデントに告げた。
「バイアド」
「は」
騎士バイアドが隣室から五人の従者を連れてきた。それぞれ盆を捧げ持っていて、盆には白金貨が載っている。
「この剣を白金貨百枚で買い取らせてもらいたい」
「ああ」
レカンは白金貨を無造作につかむと、〈収納〉に入れていった。入れ終わるのをみてハイデントが声をかけた。
「すまんがこの場で魔法刃を発動させてみてもらえんか」
「うん? ああ」
レカンは剣を抜き、人のいない方向に剣先を向け、魔力を込めた。二倍の長さで魔法刃が現れた。
おおっ、という声が上がる。
レカンはさらに魔力をそそいだ。五倍の長さに刃が伸びた。
みまもる者たちは驚きで声を失った。
レカンは魔法刃を消し、剣をテーブルに置いた。
「すさまじいものだな。ネルツェン」
「はい」
ネルツェンが立ち上がって〈彗星斬り〉を持った。軽い剣なのだが、ネルツェンは魔法使いで、しかも年配の女性だ。だいぶ力を入れてやっと剣が持ち上がった。騎士バイアドが近寄って鞘を抜いてやる。
ネルツェンが魔力を剣にそそいだ。なかなか魔法刃は現れない。顔を赤くしながら魔力をそそぐ。ついに魔法刃が現れた。二倍より少し長いだろうか。だがすぐに消えた。
「あっ。も、申しわけございません」
「よい。その魔法刃を出して維持するのは容易ではないというからな。レカン」
「うん?」
「この貴重なる魔法剣を、わがノーツ家に譲り渡してくれたこと、感謝の言葉もない。この通りだ」
ハイデントは立ち上がって深く礼をした。
「レカン殿!」
感極まったような表情で、イライザが両手を伸ばしてレカンの右手をつかもうとした。レカンは反射的にこれをかわした。
イライザは驚いた顔をしたものの、今度は左手をつかみにきた。左手は押さえられても剣は抜けるので、レカンは左手をイライザに預けた。
「レカン殿! 私のために、ありがとう!」
べつにイライザのために〈彗星斬り〉を売ったわけではないが、否定するのも面倒なので、レカンはただ、ああ、とだけ答えた。
そのつながった手をかすかににらんで、父親のハイデントが礼を述べた。
「私からも礼を言う。本当にありがとう」
「ああ」
「レカン。今何階層を探索しているのか、よかったら教えてもらえるか」
「あんた、まだ兄貴には及ばないな」
「なに? どういう意味だ」
「じゃあオレは帰る」
レカンはそう言って席を立ち、さっさと迷宮事務統括所から立ち去った。
アリオスに白金貨百枚の半分を渡そうとしたが、断られた。
「レカン殿のものとなった〈彗星斬り〉を売って得たお金です。全部レカン殿のものにしてください。しかし剣一本が白金貨百枚ですか」
「高いのか?」
「どれほどの恩寵が付いた剣だとしても、一本で白金貨百枚というのは聞いたことがありません。空前絶後の値段です。まあ、ここの領主にとってはそれだけの価値があるということなんでしょうね」
「ふむ。剣の値段というのは誰が決めるんだ?」
「さあ。それは場合によるでしょうね。でもこの場合、〈彗星斬り〉の値段を決めたのは領主だと思いますよ」
「そうか。なるほどな」
「何がなるほどなんです?」
「何でもない。気にするな」