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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第6話 魔女伝説
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「魔女の歌がお気に召したようですね」

「チェイニー。あれは本当のことか?」

「実話かということですか? うーん、どうでしょう。吟遊詩人の歌というものは、面白く仕立て上げていますからね。でもそういう国があって、王子同士が争って滅びたというのは事実だとされています。それ以上のことは、何とも申し上げられません」

「あれはこの国では有名な物語なのだろうな」

「はい。大陸中のすべての国でよく知られた伝説だと思います。内容のずいぶん異なる伝承も聞いたことがありますが、主要な登場人物は共通していました。いずれにしても、もう三百年以上前に滅びてしまった国です。本当はどうであったかなんて、誰も気にしていません。人は無味乾燥な歴史より、奇妙奇天烈で神秘的な伝説のほうを事実だと思いたいものですからね」

 それは、一つの国の滅亡の物語である。

 ワプド国という国があった。

 長く栄えた大国である。

 マハザールという王がいた。

 ワプド国の繁栄を頂点に導いた賢王である。

 マハザール王の統治のもと、ワプド国は大陸の大部分を支配下に置き、国は富み栄え、民は飢えるということを知らなかった。

 騎士たちは精強を誇り、いかなる他国の侵略も許さず、国内の街道という街道から盗賊は駆逐された。

 王にはすぐれた三人の息子があり、仲がよく、いずれも王の賢明さを受け継いでいた。どの息子が王位を継いだとしても、国の繁栄は陰ることがないと、誰もが思っていた。

 マハザール王は長命であり、やがて息子らも老齢となった。だが王の三人の息子たちには、それぞれ二人ずつ息子がおり、いずれも父親の資質を受け継ぎ、優秀な人物に成長した。そして六人の孫たちは、マハザール王を深く尊敬したので、国の将来に不安はなかった。

 ある日息子の一人が、マハザール王のもとに一人の麗しい娘を連れてきた。王の身の回りの世話をさせるためである。娘はいやしい身分の生まれではあったが、聡明で優しく、治癒系の魔法に長じていた。娘はその技術のすべてを尽くして、マハザール王の健康を守り、行き届いて身の回りの世話をした。

 王は娘を寵愛した。政治上の権力は一切与えなかったが、それ以外のことについては娘の希望を何なりとかなえた。娘は願った。王の命を守るため、できるだけ優れた魔法使いから、魔法の知識と技術を学びたいと。

 よりすぐりの魔法使いが王宮に招かれ、娘の師となった。金に糸目をつけず文献が収集された。娘はやがて王国最高の魔法使いとなり、生と死について誰よりも詳しくなった。

 マハザール王の三人の息子たちは、老いて死んでいった。このころから王は人前に姿を現さなくなり、王宮の奧にこもり、ただ娘を通じて勅命を発した。

 王の孫たちさえ、王に会えなくなった。そのことを孫たちは寂しく思い、また不審にも思った。けれど王の発する勅令は、いずれも適切で民への思いやりに満ちたものであったから、国は乱れなかった。

 国の繁栄は永遠であるように思われた。

 そんなあるとき、ある王子が禁を犯して王宮の奧に進み、マハザール王に会った。

 王子がみたものは、みにくい死体となり、蛆にたかられながら、不可思議な力により生かされているマハザール王のなれの果てであった。

 王子は涙を流しながら、王に、そのような姿になったわけを教えていただきたいと懇願した。

 王は語った。

 王宮の奥深く、初代王の残した秘宝があった。それは強大な古代竜の魔石である。

 その魔石の存在を知った娘の心に欲望が生じた。

 それは、みずからの若さと美しさを永遠のものとするため、また庇護者である王の命を永遠のものとするため、二人に秘術をほどこすことである。魔法研究のすえにその秘術を生み出した娘は、しかしながらその秘術を実現させるために必要な魔術媒体はとても得られないと、諦めていたのであるが、古代竜の魔石が存在することを知って、その欲望には歯止めがきかなくなった。

 秘術は行われた。娘への施術は成功し、王への施術は失敗した。老齢となっていた王の生命力が、施術の激しさに耐えられなかったのである。

 王は死んだ。

 だが娘は次の手を打った。

 下位の竜の魔石を使って、王に蘇りの秘術をほどこしたのである。

 王は蘇った。人の世の摂理に反する存在として。

 王は忌まわしき妖魔となってしまったのだ。

 だが、あさましい姿となっても、王は王だった。

 報告書を読み、民のため国のため、勅令を出し続けた。

 ただしその姿を誰にもみせることはできないため、王に会えるのは娘だけとなってしまった。

 王子は、娘を排除する勅命を出してほしいと王に請願したが、王は悲しそうに首を振り、それは誓約によって不可能なのだと告げた。

 王子の侵入に娘が気づく前に、王子は王宮を抜け出した。娘は王宮のすべてを掌握しており、近衛兵も思うままに動かせる。王宮に残れば王子は死ぬほかなかった。

 王宮を抜け出した王子は、母の父である大貴族のもとに身を寄せ、偉大なる王の悲しき現実を公表した。そのうえで、王を操る魔女を殺し、王国を正常な生者の統治する国に戻すべく、軍を起こすことを宣言した。

 残る五人の王子のうち、二人がこのくわだてに参画した。

 ところが、三人の王子は、王を守ると宣言して王宮の周りに布陣した。三人の王子は魔女に籠絡されていたのである。

 悲しく不毛な戦いが始まった。

 二つの勢力の力は拮抗しており、いつまでも、いつまでも、戦いは続いた。

 やがて国は荒れ、民は飢えるようになった。それでも戦いは続いた。

 ついには四方から諸国が攻め寄せ、領土を削り取っていったが、なおも王子同士の戦いは続いた。

 そして王都以外のすべてが他国のものとなったころ、やっと戦いに決着がついた。

 王宮は焼き払われ、魔女は炎のなかで死んだのである。

 けれども、勝利者となった王子も、戦いの傷がもとで死んだ。

 そのときには、ほかの王子もみな死んでいた。

 かくしてワプド国は、地上から消え去ったのである。

 最後の王マハザールと、滅びのもととなった魔女の名だけが残った。

 魔女の名は、エルシーラという。

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