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ブルスカに誘われ、レカンは工房エリアの大食堂に向かった。集まった冒険者たちもぞろぞろと移動した。アリオスもナークもネルーも一緒だ。
そこで大宴会となった。
騎士オルグと騎士トログの親子は、相当嫌われていたようだ。いけすかない騎士団に一泡吹かせてやったということもある。
そしてないと思われていた第百二十一階層への到達という大事件があった。
さらに町の英雄といってよいゾルタンの最後の戦いもあった。
レカンに話を聞きたがる者は多かったが、レカンはひどく気分が落ち込んでいて、ろくに返事もしなかった。
代わりにブルスカ、ツインガー、ヨアナの三人が、レカンから聞いた話を皆に披露した。
宴会はひどく盛り上がったが、レカンは疲れたからと先に宿に帰った。
翌日は寝て過ごした。
この日は軽鎧を修復に出してから十一日目だ。アリオスが店に行ってみたところ、修理が完了していたので、受け取ってきてくれた。
その次の日も、一日何もせず過ごした。
密偵と思われる男が宿のようすをうかがっていた。
夕刻になり、アリオスとちびちび飲んでいると客が来た。
騎士バイアド・レングラーだ。
「レカン。君に会いたいというかたが来ておられる。ご案内してよいか」
アリオスは立ち上がって騎士バイアドを迎えたが、レカンは立ち上がりもせず、バイアドをちらりとみて、物憂げに返事をした。
「ああ」
三人の客が入ってきた。いずれも身分の高そうな者たちだ。うち二人は知った顔だ。最後の一人も見当はついた。
バイアドは、じっとレカンをみつめた。レカンが立ち上がるのを待っているのだ。
だがレカンは、いっこうに立とうとしない。
「よい」
「は。レカン。こちらにおられるのは、ツボルト領主ギルエント・ノーツ侯爵閣下であられる。こちらが領主補佐官ハイデント・ノーツ伯爵閣下、そして迷宮事務統括官イライザ・ノーツ卿であられる」
「お前がレカンか」
「ああ」
「座らせてもらっていいかな」
「ご自由に」
アリオスが椅子の位置を調整し、ギルエントのために椅子を引いた。
「すまんな。うん? 待ちなさい」
二階に立ち去ろうとしたアリオスを、ギルエントが呼び止めた。
「顔をみせてくれんか」
アリオスが振り返る。その顔をギルエントがじっとみる。
「もしや君は、マクシル殿の」
アリオスが手を胸に当ててお辞儀をした。
「マクシルの甥のアリオスと申します」
「おおっ。なんということだ。そうだったのか。マクシル殿はご息災かね?」
「はい。もう出歩かなくなりましたが、いたって元気にしております」
「それは重畳。甥ということは、君の父君はマクシル殿の兄上というかたか」
「はい」
「たしかマクシル殿の兄上はリガン殿といわれるのだったか。君はその」
「長男です」
「そうか。君がそうなのか。で、君はここには何かの依頼で? いや、それは聞いてはいかんのか」
「迷宮に潜っております」
「迷宮に?」
「はい。迷宮で、こちらのレカン殿から戦い方を学んでおります」
「なにっ。イリーズの一族の長の後継者に戦いを教えるだと? レカンはそれほどの剣士なのか?」
アリオスが指先を伸ばした手のひらを軽く口に当てた。そして答えた。
「レカン殿の戦いは独創的で柔軟そのものです。レカン殿に学んだ多くのわざは、わが流派を一段と高みに導いてくれました」
「む、む」
厨房のほうからナークがやってきて、ただならぬ一団が来訪したことを知り、凍りついたように立ち止まった。
「ご亭主」
話しかけたのは騎士バイアドだ。
「すまんがしばらくこの店を貸し切りにしたい」
「は、はあ」
「では食事を四人分出してもらえるかな」
「バイアド。四人ではない。六人だ」
「は」
「アリオス殿の食事も頼んでおけ。お前も食すがいい」
「は。ではご亭主。夕食を六人分出してもらいたい」
「は、はい」
「アリオス殿。どうか席に座ってもらいたい」
アリオスはうなずくと、隣のテーブルから椅子を引き寄せてレカンの横に座った。
「お前たちも座れ」
ハイデントとイライザも椅子に座った。バイアドは立ったままだ。
「どうだ、ハイデント。〈ラフィンの岩棚亭〉に来た感想は」
座ったまま店のあちこちをみまわしながら、ハイデントはひどく懐かしそうな目をした。
「こんな店だったのですね。話に聞いて思い描いていた通りです」
「はは、そうか。ハイデント、気楽にせよ。この店では部下ではなく弟として話すがよい。イライザもな」
「はい、兄上」
「わかりました、おじさま」
「乾杯しようではないか。レカン、お勧めの酒は何か」
「ゾルタンが好きだったのは、キゾルトのいぶし酒かな」
「では、それをもらおう」
バイアドが奥に入ってナークに注文をし、ナークが棚から酒を出した。
「ついでにいえば、ゾルタンは木のカップで飲むのが好きだった」
「ほう。では、わしもそれでもらおう」
酒はバイアドにも渡された。
「では、杯を捧げよう。ゾルタンに。乾杯」
ジョー・ジョードと全員が唱和し、酒を飲んだ。
木のカップをみつめながら、ギルエントがつぶやいた。
「ゾルタンは、ついにわしを頼ってはくれなんだな」
「兄上。それは私こそです。兄上はゾルタン殿を貴族に叙し、貴臣として遇し、最大限の庇護をお与えになった。だがゾルタン殿は、〈ラフィンの岩棚亭〉やマークのことを懐かしく語りながら、決してこの店に近づこうとはしなかった。私が亭主夫婦の保護を申し出ても、かぶりを振るだけでした」




