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騎士ハイデントはレカンに向き直った。
「レカン。君はゾルタン殿と戦ったのだな」
「ああ」
「そして迷宮事務統括所に押し入り、騎士トログを殺害したか」
「ああ」
「そのいきさつを話してもらえるか」
「オレはゾルタンから手紙で呼び出された。第百二十一階層に来いと。そこに行くとゾルタンが一人で待っていた。やつが言うには、ナークとネルーが騎士トログにさらわれ、トログは、二人の命と引き換えに、オレの持っている〈彗星斬り〉を要求してきたということだった」
「第百二十一階層か。本当にあったのだな」
「オレは、返してくれるなら一度〈彗星斬り〉を貸してもいいと言った。オレとゾルタンの二人なら、ナークとネルーを無事に助け出せるんじゃないか、とも言った」
「ナークとネルーというのは、〈ラフィンの岩棚亭〉の主人と妻だな」
「そうだ。ゾルタンの友人だ。そしてナークのじいさんは、ゾルタンの恩人だった」
「よく知っているとも」
「ああ、そうか。あんたゾルタンから剣の手ほどきを受けたんだったな」
「そうだ」
そうだ、と答えたハイデントの目元に、悲しさと懐かしさが浮かんだような気がした。
(こいつはこいつなりに)
(ゾルタンのことが好きだったんだな)
「ゾルタンは、助けられるかもしれないが、二人は殺されるかもしれないと言った。そして無事に助け出せたとしても、二人はこの町で生きていかなくてはならん、と言った」
「そうだな。その通りだ」
「オレたちは戦った。そしてオレが勝ち、ゾルタンは死んだ。オレは迷宮事務統括所に行き、トログを殺して二人を助け出した」
「聞かれましたか、ハイデント様! この無法者は、領主様の事務所に侵入して責任者を斬殺したことを認めましたぞ!」
「黙れと言った」
左を向いて冷たい表情をみせてハイデントが言った。そして大声を出した。
「みな、聞いたか! 冒険者レカンの告発を! ゾルタン殿の恩人を騎士トログが誘拐し、ツボルトの貴族であり領主様の貴臣であるゾルタン殿を脅迫したというのだ! この恐ろしい告発を、みな聞いたか!」
おう、おう、と騎士たちが声を上げた。
(貴族?)
(貴臣?)
(何のことだ?)
「こっ、このような身分いやしき者の言い分をお取り上げなさるのか! 私に弁明をお許しいただきたい!」
「〈鐘〉を準備させようか? 騎士オルグ」
「それには及びやせん」
声のしたほうを皆がみた。
いつのまにか、ぽっちゃりが立っていた。
「あたしは騎士トログ様の部下で迷宮事務統括所で事務官をさせていただいてるグィスランという者です」
「そ、そうだ、グィスラン。トログの無罪を証言せよ!」
「ゾルタン様は宿屋の夫婦を格別に大事に思っておられるようだと、トログ様に報告したのはあたしです。トログ様は、やっと積年の恨みを晴らすときが来たとお笑いになり、部下の方々に命じていやがる宿屋の夫婦を力ずくで統括所に連れてきました。そして縛り上げて床に転がしなさいました」
「それはちがう! あのけしからん夫婦は、宿泊した冒険者に無礼を働いたのだ! 冒険者の財産を盗んだのだ! だから迷宮事務統括所の臨時責任者として、トログは罪人を連行したのだ! 正義を行ったのだ!」
「誰が冒険者のものを盗ったって?」
大声が響いた。声の主は、なんとブルスカだった。
「騎士団長さん! 今あんたは、ナークとネルーが宿泊客に無礼を働き、宿泊客の持ち物を盗んだと、そう言ったのか?」
「そうだ!」
「いつだ!」
「なに?」
「いつ盗んだっていうんだ!」
「ごく最近のことだ!」
「今年に入ってからか!」
「今月か、あるいは先月のことだ!」
野次馬にすぎないブルスカの質問に答える義務は、オルグにはない。しかしこれは自分の正当性を言い立てる好機だ。そう考えて答えたのだろう。
「全員、ここにいるぞ!」
「な、なにっ?」
「先月と今月、〈ラフィンの岩棚亭〉に泊まった冒険者は、今ここに全員いる。ぼくたち三人と、レカンと、アリオスだ」
アリオスも来ていた。アリオスの後ろには、ナークとネルーもいる。
「おい、お前たち! ナークとネルーに無礼を働かれたか? 物を盗まれたか?」
「いいや」
「うまい飯を食わしてもらって毎日最高の思いをさせてもらってるよ」
アリオスも首を振っている。
「騎士団長さんよ。こりゃあいったい、どういうことなんだろうね」
「間違えた。去年の暮れのことだったのだ!」
「いないよ」
「なに?」
「あのね、ぼくたち三人は、三年間ずっと〈ラフィンの岩棚亭〉に泊まり続けてる。そして今年レカンとアリオスが泊まるようになるまで、ぼくたち以外に岩棚亭に泊まった冒険者はいないんだ」
「な、なにっ? そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿な宿なんだよ。さあ、あんたの言う冒険者ってのは、誰だ? どこにいる?」
「そ、それは」
「オルグ」
「は、はいっ」
「被害に遭ったという冒険者の名を言え」
「う、うう。わ、忘れました」
「どこにいる」
「も、もう町を出てしまいました」
「ふざけるなっ!」
騎士ハイデントが怒声を放った。