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レカンは思わず壁にもたれかかった。そしてしばらく肩を揺らしながら大きく息をはき続けた。
七人とも強敵だった。特にリーダーのヴァンガードの攻撃力と速度、そして判断のよさは驚異的だった。
双剣使いも短槍使いも盾持ちも、素晴らしい戦闘技能の持ち主だった。そして四人ともきわめて優れた武器を持っていた。
魔法使いも、魔力の大きさもさることながら、練り込みと速度と攻撃精度は、レカンを大きく上回るものだった。
そして連携の密度の高さは、これまでみたことがないほどのものだった。
その七人と同時に戦うことは、大きな緊張を強いた。しかも〈心の臓が十回打つあいだ〉に主要な敵を倒してしまわなくてはならなかったのだ。
息が整うと、喜びが込み上げてきた。自分が戦士として今までになかった高みにのぼったことが実感できた。
もちろん、今回の勝利は〈不死王の指輪〉あってのものだ。だが、そうした強大な恩寵品を使いこなし、あれほどの難敵を無傷で葬り去ったということは、総合力が格段に向上していることを示している。
馬鹿なことをしたな、という思いもある。七人の攻撃の破壊力は桁違いだ。〈不死王の指輪〉で完全に無効化できるという保証はなかったのだ。だが、レカンの野性的な勝負勘が戦うべきだと告げたのであり、その勘の通り、満足する結果となった。
さて、戦利品の回収の時間だ。
まず、盾戦士の盾を回収した。鑑定してみると、〈ガルゾーラの盾〉という名で、魔法防御と物理防御のほかに盾で攻撃したときの威力付加までついていた。性能からいえば〈ウォルカンの盾〉の上位版だ。ただし、縮小展開の機能はついていない。
実際に構えて振り回してみた。
重い。厚い。大きい。
レカンの膂力をもってすれば、重さ自体は苦にならない。しかしやはり、〈ウォルカンの盾〉ほど取り回しがよくない。この盾を構えると、剣での動きが少し制限されそうだ。この盾は、盾専門職が使う盾であって、剣士が使う盾ではない。だが防御性能は素晴らしい。
それから七人の剣や短槍や杖や装備品を回収していった。いずれも素晴らしい性能だ。だが、すぐにレカンが使いたいと思うのは、盾のほかには一品だけだった。大多数の装備は、当分は〈収納〉で眠らせることになる。
七人とも〈箱〉は持っていたが、中身はほとんどポーション類などだった。量が多いので、これはこれで大いに助かる。魔法使い二人は、魔力回復薬を所持していた。
彼らは予備の武器などは持たない。〈箱〉に入れてもかさばるので戦闘の邪魔になるからだ。彼らのため込んだ武具や装備は、錦嶺館の金庫に預けてある。彼らが死ねば、それは遺族など指定された相手のものとなる。もっとも〈あちら側〉の冒険者には遺族などいない場合が多いらしいが。渡す相手が指定されていない場合は遺産は領主のものとなる。
盾以外に一つ、掘り出し物があった。ヴァンガードの装備品で、〈イルレントの護符〉という名だ。ワード迷宮の第四十三階層で出た品で、〈毒無効〉と〈体力回復増加〉の恩寵がついている。
もとの世界から持ってきた銀の指輪には〈異常耐性〉〈毒耐性〉〈呪い耐性〉がついているが、銀の指輪に加えてこの護符も装備すれば、今後毒についてはほとんど心配がなくなる。もっとも、深度が極端にちがうと無効が無効でなくなることもあるかもしれないし、無効を無効化するような恩寵もあるかもしれないから、油断はできないが。
それからレカンは迷宮を出た。
百人ほどの騎士が、馬に乗って迷宮の出入り口を取り囲んでいた。
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中央の騎士が話しかけてきた。
「そんな場所に突っ立っていると、後ろから出てきた者の邪魔になるな。もう少し前に進め」
この百人ほどの騎士は、練度が高い。特に今話しかけてきた身なりのいい壮年の騎士は格段の強さだ。
(正面からこの百人と戦ったらとても勝てんな)
(だが今のオレなら)
(逃げながら各個撃破していけば)
(何とかなるかもしれん)
(向こうがやる気ならやるまでだ)
覚悟を決めたレカンは、ざりっ、ざりっと音を立てながら十歩前に進んだ。
「冒険者レカンだな」
「ああ」
「私は、領主補佐官ハイデント・ノーツ。今迷宮のなかで何をしてきたか、教えてもらえるかな」
やはりそうだった。イライザの父親だ。顔が似ている。この男がツボルト迷宮の第八十一階層にまで潜ったという変わり者の貴族だ。ひきしまった顔をしている。だが不思議と敵意は感じない。
「冒険者ヴァンガードに呼び出された。相談があるから、第百二十階層に来いとな。行ってみると七人がかりで襲ってきたので、七人とも倒した」
ざわめきが広がった。驚いているようだ。
「嘘をつけ! 〈グィンティル・エラ・スルピネル〉は、ツボルト迷宮最強のパーティーなのだぞ! それを一人で撃破したなどと! でたらめを言うな!」
怒鳴った騎士の身なりもかなりよい。そして顔つきがどことなく、騎士トログに似ている。
「オルグ。私がレカンと話をする邪魔をするな」
ハイデントがオルグにかけた声は、ひどく冷たい響きがした。
「は、はっ」
「レカン。確認するが、君は〈グィンティル・エラ・スルピネル〉の七人と戦い、全員を死亡させたのだな」
「〈グィンティル・エラ・スルピネル〉のリーダーのヴァンガードは知っている顔だ。やつが率いるパーティーだった。あとの六人も〈グィンティル・エラ・スルピネル〉のメンバーだったと思うが確信はない。見事に連携の取れている七人だった。そして今は全員この世にいない」
ハイデントは首を左に回して、凍りつくようなまなざしをオルグに向けた。
「う、嘘に決まっています! 戦ってなどおらんのです! この冒険者は、第百二十階層になど行かずに、尻尾を巻いて迷宮から出てきたのです!」
「だとしても同じことだ。君は私に、不届き者は迷宮で死ぬ、君は〈彗星斬り〉を領主様に差し出すと約束した。そして私は、もしも冒険者レカンが無事に迷宮から出てきたら、ゾルタン殿に関する不審をレカンに問いただすと言い、君はそれを承諾した」
「こんなことはあり得ません! もう一度レカンを迷宮に追い返すべきです!」
「黙れ」
すさまじい迫力である。思わず騎士オルグも言葉が出なくなり、少し開いたままの口をわなわなと震わせている。




