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(待てよ)
(今夜遅くにならないと〈不死王の指輪〉は使えない)
(あれなしでは七人を同時には相手にできん)
(検証しておいてよかった)
「おい、ぽっちゃり。ヴァンガードはオレと二人きりで会いたいと言ってきたんだな?」
「はいな」
「もしオレが誰かを連れていったら、どうなる?」
「さあ? 七対二なら襲いかかってくるかもしれませんねえ。でもヴァンガードさんは旦那をえらく警戒してましたからね。二人っきりでと言ったはずだ、か何か言ってその場をごまかすかもしれませんねえ」
「ふむ」
「その連れていった人が盾になって旦那を逃がしたら、今度は自分が付け狙われる番だ、とヴァンガードさんは考えるかもしれませんね。階層の入り口から一歩後ろに下がれば階段で、そこからなら転移できるんですからねえ。うーん。やっぱり旦那が一人で行かないと、戦いにはならないような気がしますね」
「なるほど」
(戦いにならない場合、敵がどういう手を使ってくるかわからんな)
(それもまずいし、何よりオレは戦いたい)
「ぽっちゃり。ヴァンガードはもう迷宮に入ってるのか?」
「いいえ。あたしの報告待ちです。あたしが走って帰れば、充分待ち伏せの時間はあるってことなんでしょうね」
「明日だ」
「へ?」
「オレは今日ははずせない用がある。だからヴァンガードに会うのは明日の朝だ。明日の朝、第百二十階層で待つように伝えろ」
「明日のいつごろで?」
「そうだな。姫亀の三刻でどうだ」
「わかりやした」
「それから、少し聞きたいことがある」
話し合いはしばらく続いた。
ぽっちゃりが立ち去ったあと、アリオスが聞いた。
「こっそりついて行きましょうか?」
「いや。オレが考えてるやり方だと、お前がいないほうがやりやすい」
「え? そうなんですか?」
「お前はナークとネルーの警護に残ってくれ。ぽっちゃりが真実を話しているとしたら、〈ラフィンの岩棚亭〉への襲撃はないが、ぽっちゃりを完全に信じるわけにはいかん」
「そうですね。裏のありそうな人でしたね」
翌朝、レカンは一人で迷宮に向かった。
レカンとしては、一人であの七人相手にどこまで戦えるか、試してみたかった。ゾルタンとの戦いの前なら、そんなことは考えなかったろう。とても一人で勝てる相手ではない。それどころか、アリオスと一緒でも、七人を同時に相手取るのは無理だった。
だが、今なら戦えるのではないかと感じている。そして、あの七人を一人で倒せるようなら、自分は新たな領域に進むことができる。そんな気がしてしかたがないのだ。
第百二十階層に続く階段に転移した。
ここから一歩踏み込めば、第百二十階層だ。
(やっぱり一人外側に伏せていたか)
肉眼ではまったくみえないが、階層の外側、つまり階段のエリアに一人潜んでいる。
たぶん探索系の能力を持っている盾戦士のトルドーだ。
魔法使いシルナリスの〈隠蔽〉がかかっているのだろう。
(階層のなかでは、どんなふうに待ち伏せしているんだろうか)
第百二十階層には五つの部屋がある。左右に二つずつならんでいて、正面奥に一つだけあるのが〈守護者〉の出現する部屋だ。
中央の通路をまっすぐ歩いていけば〈守護者〉の部屋に着くが、この中央の通路は左右に蛇行しているし、左右の部屋がある位置も多少ねじれているので、入り口の場所からみわたせる範囲は、そう広くない。
階層に入った瞬間に攻撃されるかもしれない。その場合はただちに階段のほうに戻る。
とにかくこの一歩を踏み出さなければ、〈立体知覚〉も使えない。
レカンは油断なくその一歩を踏み出した。
「やあ。よく来てくれたなあ」
前方で大きく手を開いて歓迎しているヴァンガードに返事もせず、レカンは〈立体知覚〉で周囲をうかがった。
右奥の少し離れた位置にいて短杖を構えている女が、たぶん魔法使いのシルナリスだ。自分にも〈隠蔽〉をかけているのだろう。この女は上級の〈硬直〉が使えるほか、〈回復〉も使える。
「大事な相談があるんだ」
正面のヴァンガードの横には、こちらから死角になる位置に、左右二人ずつ隠れている。
右側に隠れているのが、攻撃魔法使いのコミフと、双剣士ダイヴン。左側に隠れているのが短槍使いのショウジョウと斧戦士のボウマンだろう。
ぽっちゃりのおかげで、敵の編成と得意技がわかっているのはありがたい。うのみにはしないが。
ヴァンガードが大剣を構えた。
もう隠す気もないようだ。いや、ヴァンガードに注意を引きつけておいて、トルドーが退路を断ち、シルナリスが後ろから〈硬直〉を撃つ作戦なのだろう。抵抗装備を持っていても上級の〈硬直〉は完全には防げない。そこにコミフが魔法を撃ち込めば、あとは双剣士と短槍使いと斧戦士が手傷を与え、ヴァンガードがとどめを刺す。万全の態勢だ。
「〈障壁〉!」
外套に隠したレカンの左手には〈ハルフォスの杖〉が握られている。もちろんこの階層に突入する前に、魔法発動の準備はしてあったのだ。
ヴァンガードがぎょっとした顔をした。
左手に杖を構えたまま、レカンは左に走った。
「〈硬直〉!」
後ろからシルナリスが魔法を撃ってきたが、〈インテュアドロの首飾り〉の障壁に阻まれた。
「魔法がはじかれた! 魔法障壁だよ!」
「ダイヴン、ショウジョウ、ボウマン! 右から回り込め!」
構わずレカンは走る。角まで走って振り返った。
今レカンは階層の左手前端の角にいる。ここからは、右か前にしか回廊がない。つまり行き止まりだ。
右からはヴァンガードとトルドーが来る。その後ろにはシルナリスが続いている。
前からはショウジョウとダイヴンとボウマンが来る。その後ろにはコミフが続いている。
ヴァンガードと並ぶようにして歩くトルドーは、右手に短めの太い剣を持っており、左手には高性能そうな盾を構えている。
七人とも急ぎ足ではあるが走ってはいない。レカンがどこにも逃げられないことはわかっているのだ。
(よしよし)
(タイミングを合わせてやってこいよ)
レカンとしては最も望ましい状態に持ち込めた。
物理職五人が接近していてくれないと都合が悪いのだ。魔法職も、これだけ近づいてくれたら逃がす恐れはない。
ヴァンガードがにやにや笑いながら歩いてくる。
「ようし、ようし。あと二十歩ってとこだな。動くんじゃねえぞ」
もちろんこれは、接近のタイミングを合わせるために、前から来る四人に距離を教えているのだ。
「あと十五歩。悪いな。グィスランにだまされたあんたが馬鹿なんだ」
十五歩という距離は、実際にあるけば二十歩程度はある。五人で一人を攻撃するのだから、ぎりぎりまで近づくだろう。
「あと十歩。なあ、こっちの望むものを出してくれたら、命だけは助けてやってもいいぜ」
これほど真実味のない約束は聞いたこともない。
レカンは〈彗星斬り〉を抜いた。
「あと五歩。止まれ」
五人の物理職がぴたりと足を止めた。後ろの魔法職二人も、一瞬遅れて止まった。
沈黙が訪れた。
死の沈黙である。
「やれ!」
ヴァンガード以外の物理職四人が同時に攻撃を仕掛けてきた。
この広くはない空間でそれができるというのは、お互いの連携が相当練り込まれている証拠である。
四人の武器がほぼ同時に障壁に当たり、はじかれる。
先ほどレカンが〈障壁〉を張るのをヴァンガードたちはみていたが、〈硬直〉をはじいたのだから対魔法障壁以外ではあり得ないはずだった。あり得ないことが起きた驚きに、四人の動きがわずかに止まる。
ヴァンガードの斬撃が襲いかかる。すさまじい剣圧だ。
障壁が砕け散った。
これにはレカンも驚いた。だがヴァンガードの剣ははじかれて中空に泳いでいる。
〈彗星斬り〉には、すでに三倍ほどの長さの魔法刃が形成されている。
「〈ティーリ・ワルダ・ロア〉」
低く呪文を唱えると、たちまちレカンの全身が白っぽくにごる。
レカンが突き出した〈彗星斬り〉を、おそるべき反応速度をみせてヴァンガードが迎え撃つ。その大剣をかいくぐってヴァンガードの首を飛ばした。
肩にダイヴンの右手の剣が当たり軽い衝撃を覚えるが、意に介さずヴァンガードの横にいるトルドーの右手を断ち斬る。
ショウジョウの短槍が、貴王熊の外套を突き破らんばかりに突き込まれる。だがレカンは左に身をひねってこの突きをかわしている。次の瞬間ショウジョウの首が飛ぶ。
ダイヴンの左手の剣とボウマンの斧が同時に襲いかかる。
かわそうと思えばかわせたが、それでは時間を浪費する。レカンは敢えて前に一歩踏み出し、ダイヴンの頭に〈彗星斬り〉を振り下ろす。
ダイヴンの左手の剣がレカンの首筋をたたくのと〈彗星斬り〉がダイヴンの頭を真っ二つに断ち割ったのが同時だった。次の瞬間、ボウマンの斧が左のこめかみにたたきつけられる。
レカンの体はわずかに震えただけでこの強攻撃を受け止め、突きがボウマンの心臓を貫いた。
〈炎槍〉が障壁に着弾して炎を噴き上げる。よく凝縮された精度の高い〈炎槍〉だ。質の高さではレカンの及ばないものがある。
盾戦士のトルドーが盾を投げ捨て、残された左手で短剣を抜いて襲いかかる、その首を飛ばす。
「〈風よ〉!」
「きゃあっ」
逃げ出そうときびすを返したシルナリスに〈突風〉を当てて、こちらに押し戻したのだ。右方向に飛び出して剣を振る。体勢の崩れたシルナリスの首が飛ぶ。
素早く移動して、レカンに杖を突きつけたまま目をみひらいてわなわなと震えるコミフの首を刎ねる。
コミフの体が岩の床に倒れたとき、〈不死王の指輪〉の効果が切れた。