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翌日、〈グリンダム〉の三人は朝から出かけた。
昼前、ぽっちゃりがやってきた。
「へへ。旦那。ちは」
ちらちらアリオスのほうをうかがっている。気になるようだ。
「何の用だ、ぽっちゃり」
「その呼び名、確定ですか。伝言です」
「伝言? 誰からだ」
「ヴァンガードさんです」
一瞬誰かと思ったが、昨夜の話題に出たばかりなので思い出した。〈グィンティル・エラ・スルピネル〉のリーダーだ。
「第百二十階層で待つ、ってことです」
「ほう。その手できたか」
「あ。おわかりですか。ええ、そうなんです。これはオルグ様の差し金です」
「オルグが〈グィンティル・エラ・スルピネル〉にオレを殺すよう依頼したのか」
「です」
「少し詳しく話せ」
「ヴァンガードさんは、旦那に相談があるんだそうです。二人っきりで相談がしたいってわけで。でも実は第百二十階層のあちこちに、六人の仲間が隠れてます。旦那はよってたかってなぶり殺しです」
「ヴァンガードにはどんな利益がある?」
「旦那の持ってるもののうち〈彗星斬り〉と〈自在箱〉以外のすべて。それに旦那の強さ」
「強さ?」
「旦那を殺してその強さを吸おうってわけでして」
「そういうスキルを持っているのか?」
「え?」
ここでアリオスが口を挟んだ。
「レカン殿」
「何だ」
「迷宮のなかでは人間を殺しても強さを得ることができます」
「うん?」
強いやつを倒して強くなっていくのは当たり前だろう。そう言おうとして、はっと気がついた。ニーナエ迷宮を踏破したあと、ヘレスがこう言っていた。
「迷宮では地上よりはるかに生命力の増加が大きい。ただし、同じ魔獣を倒し続けると増幅効果は著しく衰える。今回は、ここに来るまでに次々と階層を進み、多くの強大な魔獣を倒してきたし、女王も倒した。相当に増加しているにちがいない」
迷宮のなかでは、深い層の強い魔獣を倒すほど、生命力の増加は大きい。それは魔獣だけではなく、人間を倒したときでもそうなのではないか。
ふるさとの迷宮では、そんなことはなかった。だからそんな可能性は考えもしなかった。
生命力というのはたぶん特殊な言い方で、普通は〈強さ〉というのだろう。
「アリオス」
「はい?」
「迷宮のなかで強い人間を殺せば、殺した者はぐっと強くなるのか」
「はい」
「だが何人も人間を殺してきた人間は、強いやつを殺しても、あまり強くならない。そうなんだな?」
アリオスはぽっちゃりをみた。
「ええ、旦那。もちろんですよ。今さらなんでそんなことを」
「ぽっちゃりさん。この人は時々常識を知らないんです」
「あ、そういえば〈落ち人〉でしたね」
知られているようだ。そういえば、あの夜のゾルタンとの会話はすっかり聞かれていたようだから、知られているのも不思議はない。そしてこの男が知っているということは、騎士オルグも知っているということだ。
(待てよ)
(オレはゾルタンを迷宮のなかで倒した)
(ということは)
これで謎が解けた。
決闘のあと魔力の飢えを感じたのは、総魔力量が一気に増加したからだ。体調がよくなったような気がしたのも、気のせいではなかった。〈障壁〉の制御が急に安定したのも、たぶんそのおかげだ。そういえば、再会したときアリオスが、迷宮の主でも倒したのかと聞いていた。それほどの強さの増大を感じたからだ。
この世界に来てから二度、レカンは迷宮で人を殺そうとした。
一度目はゴルブル迷宮で寝ているとき、荷物を盗もうとした泥棒を。
二度目はニーナエ迷宮で襲撃されたとき、〈尖った岩〉の冒険者たちを。
(殺さないでおいてよかった)
そうしみじみ思った。せっかくゾルタンが命と引き換えにくれた強さなのだ。前もってくだらないやつらを殺してその強さが得られなくなったら、これほどもったいないことはない。
「ぽっちゃり」
「はいです」
「ヴァンガードは今まで迷宮で人を殺していないのか」
「そんなわけないでしょう。何人も殺してますよ。迷宮のなかでも外でもね。特に最近は〈共食い〉にはまっちまったようで」
「共食い?」
「もとは八人パーティーだったんですけどね。一人死んでしまって一気に戦闘力が落ちたようで。七人では最下層の探索はできないってんで、ほかのパーティーに声をかけて、合同探索を始めたんです」
「ああ」
それは知っている。第百二十階層で会ったとき、やつらは十六人だった。
「でもそれは罠でしてね。迷宮で殺して、物品を奪い、強さを吸ったんですよ」
レカンは眉をしかめた。たまたま冒険者同士で争いになることはある。しかしだまして連れだして殺すというのは、いくらなんでもやりすぎだ。
「ずいぶん人を殺してるから、効率は下がってるはずですけどね、それでも〈あっち側〉の冒険者たちを何人もまとめて殺したんだから、さすがにだいぶ強くなったみたいですよ」
「それを迷宮事務統括所は放っておくのか?」
「イライザ様がお知りになったら、どうにかしようとなさったでしょうねえ」
「トログはそうじゃなかったわけか」
ぽっちゃりは肩をすくめて、眉毛をひょうきんに持ち上げた。
「ていうか、今までの殺しの半分ぐらいは、トログ様の依頼です。大抵は高性能の恩寵が付いた剣が目当てでね。その恩寵剣はトログ様からオルグ様に渡り、こっそり横流しされてたわけで」
この迷宮の百階層以下では、正規の値段でも白金貨何枚もするような剣が出る。非正規の売買ならさらに高額となるだろう。大きなうまみがあったにちがいない。
「ろくでもない親子だな」
「そのほかにも、〈グィンティル・エラ・スルピネル〉は、トログ様やオルグ様にうまい汁を吸わせてます。もちろん、それだけの見返りをもらってですけどね」
「今まで何人か騎士を殺したそうだな」
「それはオルグ様の依頼ですね。不正がばれそうになったからだと思いますよ」
「いったいオレをどうやって呼び出すつもりだったんだ」
「それはあたしに一任されてます。なんとでも言いくるめて連れてこいってね」
「オレにはそんな呼び出しに応じる義理はない」
「はい。でも、あたしの話を聞いて、行く気になったんじゃないですか? あの七人を相手に一人で戦えってのは、無理な注文ですけどね、不思議と旦那なら何とかできそうな気がするんですよ」
レカンは顔に肉食動物の笑みを浮かべた。
(やつらはオレを食う気なんだな)
(いいだろう)
(オレがやつらを食ってやる)