1_2
1
ヴォーカの町に帰り着いたのは、翌日、かなり夜遅くなってからだった。
というのも、朝になって警備隊詰め所を訪れたとき、ダグにあずけた迷宮品は、鑑定こそ終わっていたものの、値付けが済んでいなかったからだ。めったに出ない深層の迷宮品は、値付けにも手間がかかった。結局レカンは、昼ごろゴルブルの町を出発することになった。
ヴォーカの町ではすでに定宿になった安い宿に、幸い空き部屋が残っていた。
翌朝、チェイニーの使いがやって来た。今夜一緒に食事をしたいという申し出だった。
このときレカンは失敗に気づいた。
チェイニーに売る迷宮品のことを考えていなかったのだ。
迷宮品のうち、手元に残すつもりのない物は、チェイニーの〈箱〉に、いったん取り分けた。その時点ではチェイニーに売るつもりだったのだ。
ところが、迷宮警備隊長のダグが、レカンが第二十六階層まで降りたという話を鼻で笑った。いささかむかっとしたレカンは、つい箱の中身を全部さらけ出して売り払ってしまったのだ。
まあ、やってしまったことはしかたがない。
レカンは、自分用に取り置いていたポーション以外の迷宮品を、全部チェイニーの〈箱〉に入れた。
どうせ次に行けば同じ程度の物とさらに上級の物が手に入る。そう考えれば惜しくはなかった。それに、もとの世界から持ってきた品の数々に比べれば、今回の収穫がそれほど優れているとは思えなかった。
ただし、ポーションは別である。
赤ポーションと青ポーションは、実際に使ってみた。その効果の素晴らしさに驚いた。ただし、小や中では効果が少なく、レカンにとっては大ポーションでさえ物足りなかった。第二階層で会った少女には、赤の小ポーションが、あれほどの効き目をあげていたことを考えると、少し不思議な気がする。
とはいえ、ポーションの即効性にはつくづく感心した。正直、このポーションが得られるなら、薬師に弟子入りする必要がなかったと思えるほどだ。
ただしシーラからは魔法薬の作り方だけでなく、魔法も習っている。この世界のほかの魔法使いを知っているわけではないが、まちがいなくシーラは希有な魔法使いだ。その弟子になれたことは幸運というほかない。また、実際に怪我や病気や魔力不足になってみないと、ポーションと魔法薬の長所短所もわからない。
2
この夜チェイニーがレカンを招いたのは、前回とはずいぶんおもむきのちがう店だった。食事目当てより酒目当ての客が多いような店だ。調度などは相当によい品だが、どこか猥雑な感じがする。席も個室ではなく、少し奥まった位置にあるテーブル席だった。
ただし、このテーブルは完全にチェイニーが占拠している。ほかのテーブルから距離が取ってあり、チェイニーの部下が四人ほど壁際に立っているので、他の客はこのテーブルに座ろうとは思わないだろう。
「無事のご帰還をお祝いします」
「この袋を返す」
「これはどうも。おおっ。迷宮品がたっぷり詰まっているようですね。この中身は全部私どものほうで買い取らせていただいてよろしいのですか」
「かまわない。だが、鑑定結果の一覧表が欲しい」
「もちろんお渡しします」
チェイニーが手招きすると、部下の一人が近づいてきた。チェイニーが小声で指示を与えると、その部下は一礼して荷物袋を受け取り、どこかに持っていった。
「ところで、何階層までお行きになられました?」
「第二十六階層だな」
「第二十六階層! それはまた。それで、いかがでした?」
「非常に快適な迷宮探索だった。上の階層では初級冒険者が多すぎて通りにくかったが、下に行くほど快調に進めた。第二十階層以降の敵は、まずまず手応えがあった。今度行くときは最下層を攻略するつもりだ」
「ほう! 私にはよくわかりませんが、それは誰にでも言えることではないのはわかります。町の雰囲気はどうでしたか?」
「迷宮警備隊の隊長と知己を得たが、感じのよい人物だった」
「ああ、それはよかった。迷宮警備隊の隊長は、身分や階級こそ低いですが、現場の指揮官ですからね。騎士には会われましたか?」
「いや」
「それは運がよかった。騎士たちさえいなければ、あそこは本当によい町なんです」
この店の料理は絶品だった。ただ、レカンの趣味からすれば、少しお上品な感じがした。
そうこうするうちに、ひらひらした服を着て楽器を持った男が現れ、壁際の椅子に座って歌いはじめた。
吟遊詩人なのだろう。レカンはその楽器の名を知らないが、もとの世界にも似たような楽器はあったような気がする。
客たちの談笑の声が一段低くなった。話をしながらも、みな演奏を聴いているのだ。
レカンは歌のうまさなどわからないが、この小男が大変な名手であることは疑いない。楽器の弦の上を滑る指の動きの玄妙さは、レカンをもってしても捉えきれないほどのものだった。
聞き惚れているうちに、三曲目となった。その歌詞を聴いていて、レカンは右目をみひらいた。
「チェイニー」
「何でしょうか」
「今歌っている歌の続きを全部聞きたい。どうすればいい?」
「もちろん祝儀です。お待ちください」
チェイニーは部下を呼び、何かを命じ、金を渡した。みまちがいでなければ大銀貨だ。
部下はそれを持ってカウンターに進み、マスターとおぼしき男性に金を渡して何事かを話した。
うなずいたマスターは、布切れにさらさらと何かを書き、金と布切れを盆に載せて歌手のもとに運んだ。
すると歌手は三曲続けて、同じ物語の続きを歌ったのだった。