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騎士トログが呪文を唱えた。
「〈魔の壁よ〉」
左手の小さな盾から魔力の壁が出現した。ふつうの人間にはみえないだろうが、レカンにはみえる。
レカンは左手を上げて、手のひらをトログに向けた。
「〈炎槍〉」
威力を絞った〈炎槍〉が放たれ、魔力の壁に当たってまばゆい光を発してはじけた。対魔法用魔力障壁だ。
その向こうで騎士トログが得意そうな顔をしている。
(もう少し強い威力で撃てば)
(撃ち抜けそうな感じではあるな)
騎士トログが左腰に吊った剣を右手で抜いた。白く美しい剣身が現れる。トログは剣に魔力をそそいだ。たちまち剣身を魔法刃がおおう。
騎士や兵士たちが、感嘆のまなざしをトログに向けている。おお、などと声を上げている者もいる。
(魔法剣か)
(そういえばこいつが持っていても不思議はないのか)
トログが剣を構えた。その姿はなかなかさまになっている。
(面白い)
レカンは〈彗星斬り〉を抜いた。
そして魔力を込める。二倍の長さで魔法刃が形成される強さで。
ところが思わず力が入ってしまったようで、三倍ほどの長さになってしまった。
騎士トログの目が大きくみひらかれる。
レカンは前方に飛び出した。自分でも驚くほどの速さで十歩の距離を一瞬で詰める。
レカンは〈彗星斬り〉を振った。
魔法刃はトログが構えた盾の魔力障壁を突き破って破壊し、トログの首を斬り飛ばした。
盾の障壁が消え、トログの体が床に倒れる。
トログも剣を振ろうとはしたのだが、あまりにその動きはにぶかった。
レカンは意外な思いを抱いていた。
(もう少しできると思ったんだがな)
(まるで丸太を斬ったようなものだった)
(よほど慢心していたんだろうな)
いい家柄で、おだてられて育ち、最高の武具をわがものにできるような立場にあった人間は、自分の力を正確に把握できないし、敵が格上だと知っても倒せるような気になってしまうものだ。
周りの騎士や兵士は予想外の出来事に凍りついている。
レカンは呪文を唱えた。
「〈雷撃〉!」
少し強めに放った。
兵士十人は、跳ね飛ぶように昏倒したが、騎士二人は体勢を崩しながらも耐えている。
(ほう)
(いい装備だな)
「〈雷撃〉!」
二発目の〈雷撃〉には耐えられず、二人の騎士も床に倒れた。
倒れた騎士と兵士のあいだをぬってレカンは進み、会議室のドアの前に立った。
ドアの向こうで二人の兵士が剣を振り上げている。
「〈雷撃〉」
うまくドアの向こう側で〈雷撃〉を発動させ、兵士二人を倒すことができた。
ドアを開けた。
いた。
やはりナークとネルーだった。
部屋の奥のほうに転がされている。
近寄って揺さぶったが起きない。
(眠らされているのか?)
二人がどういう状態なのかわからない。ただ、顔色は悪くないし、体は温かいし、呼吸もしている。薬か魔法かで眠らされているのだろうか。
「〈回復〉〈回復〉」
二人は目を開いた。
レカンの〈回復〉で意識を取り戻す程度の気絶だったようだ。
これでだめなら〈ハルトの短剣〉を使うところだったのだが、その必要はなかったようだ。
「レカン!」
目の前にいるのがレカンと気づき、ナークが声を上げた。
「迎えにきたぞ。帰ろう」
そう言って、二人を縛っているロープを切った。
「〈回復〉〈回復〉」
念のためもう一度ずつ回復をかけた。
目にみえて二人の顔色はよくなった。
「あんた、よくここまで来られたなあ」
「ああ。とにかく岩棚亭に帰ろう」
「帰れるのかい?」
「自分の家に帰るのに何の問題がある」
「はは。そりゃそうだ」
レカンは部屋から足を踏み出した。
左隣が統括官執務室だ。そのさらに左隣に魔道具がたくさん置かれた部屋がある。その部屋には強い魔力を持つ者が三人いるが、部屋から出てくる気配はない。とはいえ油断はできない。背中をみせたら襲ってくるかもしれない。
レカンが歩き出すと、二人がそのあとに続いて部屋を出た。
「うわあ……」
ナークは、転がって気絶しあるいはぴくぴくと動いている騎士や兵士をみて目をみひらいた。
「うっ」
そしてトログの死体に気づいて、厳しい顔をした。
「やっちまったんだな。それ、トログ様だろう?」
「ああ」
「きゃあ!」
死体と首と流れる血をみてネルーが悲鳴を上げ、ナークにしがみついた。
「行くぞ」
レカンが歩き出すと、二人もついてきた。
その足取りはしっかりしている。ネルーも泣き言はいわなかった。
やはり迷宮都市で冒険者相手の宿をやるだけあって、二人とも肝がすわっている。考えてみればナークは冒険者だったのだからなおさらだろう。
階段を下りて二階に着いた。二階には大勢の人間がいて三人をみているが、三人が歩いていくと逃げるように遠ざかった。
レカンは油断なく階段を下りた。
天井のあちこちに魔道具が設置されている。どんな働きをする魔道具なのかわからない。とはいえその全部を壊して歩くわけにもいかない。
(いや)
(いっそ片っ端から壊してやろうか)
そんな危険なことを考えながら階段を下りて一階に着くと、身なりのよい騎士が進路をふさぐように立っていた。