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太陽は中天にあった。
(なんてことだ)
(もう昼じゃないか)
(オレはいったいどれだけ寝てたんだ?)
ゾルタンとの決闘は、密度の高いものではあったが、時間はそうかかっていないはずだ。
昨日は昼食のあと、すぐに〈ラフィンの岩棚亭〉に帰った。そしてそこからまっすぐに迷宮に向かった。日が落ちきる前に決闘は終わり、レカンは眠りについたはずだ。それなのに今はもう昼間なのだ。いくらなんでも眠りすぎである。
(さて)
(行くか)
レカンは迷宮統括所に向かった。
迷宮統括所の正面玄関は、迷宮とは反対側を向いている。レカンはぐるりと建物を回って正面玄関の前に立った。建物の横にも入り口があるが、目指す部屋までは、正面玄関からのほうが早い。
〈立体知覚〉で建物の三階を探った。
ぽっちゃりは、統括官執務室の横の会議室に二人はいると答えた。
イライザと話をした場所が、たぶん統括官執務室だ。レカンはそう見当をつけて、統括官執務室の両側の部屋を探った。
(いた)
(これだな)
執務室の右側の部屋に床に転がされている人間が二人いる。この距離からではあまり細かいことはわからないが、縛られているようだ。
(まさか昨日連れ去ってから)
(ずっとこの状態なのか?)
統括官執務室の奥にある机の奥には誰かが座っている。たぶんこれがトログだ。
周囲を探ってみたが、格別に戦力を集中しているという気配はない。まさかここが襲われるとは思ってもいないのだろう。
さらにレカンは、今いる場所から三階の統括官執務室まで、どこをどう通ればいいかを〈立体知覚〉で探った。
(さて)
(行くか)
三段の階段を上って、レカンは建物のなかに入ろうとした。
「迷宮統括所に何の用か」
入り口に立っていた兵士の一人が誰何した。
「三階に知り合いがいるので迎えにきた。通るぞ」
「待て」
「〈雷撃〉」
レカンの肩をつかもうとした兵士が〈雷撃〉を浴びてその場に崩れる。足止め程度のごく弱い〈雷撃〉のはずが、うっかり魔力を込めすぎたようで、かなり強い威力で発動した。だが死にはしないだろう。
かつかつと進むレカン。
襲撃だ、と騒ぐ兵士たち。
広い一階ロビーをレカンは悠々と進む。
三階への近道である右奥の細い階段に差しかかろうとしたとき、一人の騎士が後ろから斬りつけてきた。
「〈雷撃〉」
騎士が倒れたが、レカンは振り向きもしない。
二階を上がりきったところで、騎士一人と兵士五人が待ち構えていた。
「〈雷撃〉」
うまく六人を一度に昏倒させることができた。
かつかつと歩いて奥まった階段に進む。
階段を上りきると、三階だ。
階段を上りきったところで進路は仕切り壁に覆われていた。先ほどまではなかった壁である。魔力を使ったのが感じられたが、この巨大な仕切り壁は、仕掛けの魔道具によってせり出してくるようになっているようだ。
レカンは右手を上げて、手のひらを仕切り壁に向けた。
「〈炎槍〉」
軽く〈炎槍〉を撃った。
軽く撃ったつもりだったが、予想外に大きく強い〈炎槍〉が飛び出し、仕切り壁に大穴が開いた。
「ふむ。〈炎槍〉〈炎槍〉〈炎槍〉〈炎槍〉」
計五発の〈炎槍〉で、仕切り壁は崩れ去った。
今日は魔法の調子がよい。異常なほどだ。百発でも〈炎槍〉を撃てそうな気がする。
無人の廊下をレカンは進む。
先ほどまで廊下には人がいたのだが、今は部屋に閉じこもり、息をひそめてようすをうかがっている。
妙に静かな廊下にレカンの足音が響く。
廊下の向こうで、騎士二人と兵士十人が部屋から出て廊下をふさいだ。その奥に、トログ・ベンチャラーが出てきた。
ナークとネルーが捕らえられている部屋は、トログの後方にある。
かつかつと靴音をさせてレカンが前に進む。
騎士二人と兵士十人が抜剣する。騎士二人は左手に盾を持っている。
その十歩手前でレカンは立ち止まった。
「ナークとネルーを迎えにきた。そこをどけ」
騎士も兵士もレカンをにらみつけたまま、口も開かず、動こうともしない。
レカンが前に進もうとしかけたとき、兵士たちをかきわけて騎士トログが前に出てきた。剣は抜いていない。左手には小さな盾を持っている。
以前と装備がちがう。重装備だ。それでいて動きはやわらかいのだから、トログはかなり力量のある騎士だ。
(ずいぶんいい装備だな)
(恩寵品でかためたようだ)
(そのほかに魔道具も所持してるな)
(右腰の短剣に何か危険な匂いがする)
「君は迷宮に行ったと聞いていたんだがな。途中で帰ってきたのか?」
落ち着き払った声だ。
よほど自分の安全に自信があるのだろう。
「ナークとネルーを迎えにきた」
「その前に一つ確認させてもらいたい。君は本当にパルシモの魔法騎士ではないんだね?」
「くどい。オレは冒険者だ」
「ならば遠慮する必要もないな。もう一つ教えてもらいたい。〈自在箱〉はどこで手に入れた?」
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに思い出した。
レカンの〈収納〉を、イライザはパルシモで開発された〈自在箱〉というものだと思い込んでいたのだ。
「あんたの言う〈自在箱〉がパルシモで開発された新しい〈箱〉のことなら、オレはそんなものを持っていない」
「ほう? どこか別のところで開発されたものなのか。ふむ。いずれにしても、手に入れてから調べればいい。君にはここで死んでもらおう」