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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第38話 ベンチャラー家の凋落
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 レカンは目を覚まして、上半身を起こした。

 すぐ横にゾルタンの体がよこたわっている。

 大量の血が流れ出たはずなのだが、迷宮の床には、どす黒いしみがあるものの、さほどの出血のあとは残っていない。

 ゾルタンも、右腕がないことと、喉が切り裂かれていることと胸に穴が開いていることをのぞけば、眠っているようにみえなくもない。死のおぞましさや悲しさを、レカンはゾルタンの死体から感じることはできなかった。

 鎧の穴はほとんどふさがっている。右脇腹は切り裂いたし、胸の中央には大きな穴を開けたというのに、今はわずかな裂け目と小さな穴があるだけだ。

(幻魔緑蜂の鎧に自動修復をつけてたんだな)

 目についたものがある。〈ウォルカンの盾〉だ。

 真っ二つに割れた〈ウォルカンの盾〉の残り半分が少し離れて落ちている。

(恩寵品の修復なんかできないんだろうな)

 そうは思ったが、一応拾っておくことにする。

 立ち上がると、すっかり疲れが取れていて体調がよいのに気づいた。

 すたすたとあるいて、破片を拾って〈収納〉にしまう。

 折れてしまったゾルタンの聖硬銀の剣も拾って〈収納〉にしまった。

 ひどく体が軽い。

 今すぐに全力で走ったり、跳び上がったりしたい。そんな欲求を体から感じた。

 今ならどんな動きもできるという、一種の全能感のようなものがある。

(ふふ)

(まだ体が興奮から覚めていないようだな)

 寝る前に感じていた疲労感や虚脱感は、きれいさっぱり消え去っている。

 〈収納〉から〈不死王の指輪〉を取り出して、眺めた。

「〈鑑定〉」


〈名前:不死王の指輪〉

〈品名:指輪〉

〈出現場所:ダイナ迷宮百階層〉

〈深度:百〉

〈恩寵:無敵〉

※無敵:心の臓が十回打つ時間、あらゆる攻撃からダメージを受けない。発動呪文は〈ティーリ・ワルダ・ロア〉。この恩寵は一日に一度だけ発動する。


 何度みても信じがたい性能だ。それにしても、〈あらゆる攻撃からダメージを受けない〉という言葉の意味が、よくわからない。物理攻撃も魔法攻撃もということなのだろうか。麻痺や睡眠などはどうなのだろう。何をもって〈攻撃〉と認定するのだろう。

 その答えが知りたければ、実際に使ってみるほかない。

 それを考えるとわくわくする。

 腹が減っているのにレカンは気づいた。

 肉体のほうもそうだし、魔力のほうもそうだ。

(うん?)

(眠る前に〈ザナの守護石〉が魔力補填をしてくれたはずだし)

(魔力回復薬の効果も切れてないはずなんだがな)

 あのとき、〈ザナの守護石〉から流れ込んだ魔力は、確かに魔力の飢えを解消してくれたはずなのだ。だが今は、魔力の空腹を感じている。ただしそれは、疲労を伴う空腹ではなく、元気にあふれたいわば健全な空腹だ。

 大きめの大魔石を取り出して魔力を吸った。

 ところが大魔石一個分の魔力を吸い尽くしても、魔力の空腹感はなくならなかった。これは不思議なことだ。この大きさの大魔石なら、二個でレカンの全魔力量にあたるはずなのだ。

 変だなと思いながら、もう一個大魔石を出して魔力を吸った。驚いたことに、二個目の大魔石からも魔力を吸い尽くした。であるのに満腹とはいえなかった。

 もう一個でも魔力を吸えそうな気がする。

 ここに至ってレカンは自分の感覚が正常ではないことに気づいた。

 酔いが回って、しかも気持ちが高ぶっているときは、料理を食べても食べてもまだ食べられそうな気がするものだ。それは感覚が麻痺しているからであって、そういうときに満腹するまで食べようとするのは愚かなことだ。

 レカンは階層の入り口に向かった。階段に入る前に、振り返って礼をした。長い礼だった。それから第五十階層に跳んだ。

 階段から第五十階層に踏み込むと、入り口近くで八人パーティーの冒険者が何事かを相談していた。そのそばを通り過ぎる。

 一人で階層の奥に歩いてゆくレカンを、八人が不思議なものをみる目でみた。

 誰もいない場所に出ると、レカンは〈不死王の指輪〉を出して左手の薬指にはめた。左手をぐっぐっと握り込んでみる。

(だめだ)

(銀の指輪と当たる)

 〈不死王の指輪〉をはずし、中指にはめていた銀の指輪を薬指に移すと、〈不死王の指輪〉を人さし指にはめた。

(人さし指にはあまり指輪ははめたくないが)

(この指輪は細くて薄くて邪魔にならないから)

(まあいいだろう)

 〈インテュアドロの首飾り〉を外して〈収納〉にしまう。

 〈収納〉から〈ハルフォスの杖〉を取り出して左手に持つ。〈驟火〉の魔法を教わったときシーラからもらった杖だ。ニーナエ迷宮の主との戦いでは決定的な役割を果たしてくれた。魔力制御の速度付加と、魔力収束の精度付加がつく、非常に優れた杖だ。腰には〈ラスクの剣〉を吊ってある。

 その状態で魔法を練って、部屋に踏み入った。

「〈障壁〉」

 対物理の〈障壁〉を張る。四体の〈黒肌〉と二体の〈赤肌〉がいるが、今となってはあまりに動きが遅く感じる敵だ。

 のろのろと〈黒肌〉四体が攻撃を始めるのを待った。

 なぜか四体とも斧を持っている。

 やっと攻撃が始まった。

 〈障壁〉は非常にうまく張れていて、安定して攻撃を受け止めている。ここまで揺らぎのない状態で〈障壁〉が張れたのははじめてかもしれない。

 一歩前に踏み出してみた。

 〈障壁〉に異常はない。安定している。

 三歩前に歩いてみた。

 まったく揺らぎがない。〈障壁〉はきわめて安定している。このぶんなら、そうとう自由な動きができそうだ。

 相変わらず〈障壁〉に問題はなく、〈黒肌〉たちの攻撃を受け止めている。

 そのうち、〈赤肌〉が口を開いて、ぼあああ、と声を上げ始めた。

(よし)

 レカンはタイミングをはかり、魔法攻撃が発せられる直前に〈障壁〉を解いた。

「〈ティーリ・ワルダ・ロア〉!」

 全身が少しだけ白くくすんだ。

 〈黒肌〉の斧攻撃と〈赤肌〉の魔法攻撃がレカンを襲う。

 だが痛くもかゆくもない。

 斧が当たると多少体に衝撃があるが、本来の衝撃から比べれば、ごくわずかだ。

 想像以上の効果である。

 レカンは左手に杖を持ったまま、右手で〈ラスクの剣〉を抜き、六体の敵を斬り倒した。

 指輪の効果が消えた。

(オレの心臓が十回打つよりも長持ちしたような気がする)

(この次の実験ではそこを確かめてみよう)

 これであと一日は使えない。

 レカンは階段に移動して地上階層に転移し、外に出た。


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― 新着の感想 ―
[一言] ナークとネルーのことがあるのに新しい装備の検証を優先するとこがまたレカンらしい
[気になる点] 幻魔緑蜂の鎧はもらったのかな?
[気になる点] ゾルタンの死体が半日以上残っていたってことなんですかね? 以前にアリオスの話では半日ほどで死体は消えるようなこと言ってますがあとで正確な情報が出てくるのかな?
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