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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第37話 第121階層の死闘
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 十字の回廊に右側から入り、回廊の交差地点を左に曲がった。

 百歩ほど先にゾルタンが立っている。

 レカンの血はふつふつと沸き立っている。

 これほど長い時間、最高度の闘志を燃やし続けるなど、今まで経験のないことだ。だがそれが苦痛ではない。むしろ喜びだった。すぐにも決着をつけなければならないという気持ちの一方で、いつまでも戦っていたいという気持ちがあった。

 ブーツで岩を踏む音を立てながら、レカンは敵に近づいてゆく。

 疑いもなくこれまでの生涯で最強の敵に。

 ゾルタンの右手には相変わらず魔法剣があり、左手には盾がある。奇しくも同じ装備で対峙したわけだ。

 はく息が熱い。燃えるようだ。

 あふれ出ようとする戦闘の狂気を、レカンはぎりりと歯を食いしばって抑え込んだ。まだそれを解放するときではない。

 ゾルタンが、ひょこりと首を右にかしげた。その動作がレカンには、〈次で終わりにしようや〉という呼びかけに感じられた。

 レカンは、ふうう、と押し殺した息をはいた。〈こちらもそのつもりだ〉と答えたのだ。

 突如、ゾルタンの表情が変わった。

 くわっ、と両目をみひらいた。

 それまでの飄々とした空気は消え去り、悪魔のような顔つきになる。鬼気迫る殺気が体中からあふれ出す。その殺気が嵐のようにレカンに吹きつけてくる。

 レカンは恐怖を味わった。

 そのあと歓喜が腹の底から湧きあがってきた。

 逃げ出したくなるような恐怖を味わったことなど、少年の日以来だ。

 恐怖を感じさせるほどの敵と、これから存分に打ち合えるのだ。

 まるでぴたりと呼吸を合わせたように、二人の冒険者は同時に前に踏み出し、三度目の、そして最後の攻防に突入した。


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 もしもこの階層に第三者がいて、二人の戦いをみまもっていたとしても、この瞬間の二人の姿は捉えることができなかっただろう。それほど二人の動きは速かった。

 レカンはまっすぐゾルタンに向かった。

 ゾルタンもまっすぐレカンに向かった。

 二人のあいだの距離は一瞬で消え去り、二つの暴風は正面から激突した。

 激突の瞬間、ゾルタンは右手の魔法剣を振り下ろした。

 相対するレカンは振り上げかけた〈彗星斬り〉を手元に引いた。

 〈彗星斬り〉に打ち当てられるはずだった魔法剣は、首飾りの障壁に阻まれ、空中で青白い燐光がはじける。

 ゾルタンが魔法剣を振り上げた瞬間、レカンは左手の盾をぶうんと振り回して相手にたたき付けた。

 ゾルタンも左手の盾を繰り出してこれに応じた。

 これまでの戦いで、膂力においても瞬発力においてもゾルタンがレカンにまさることははっきりしている。だからゾルタンは、この中途半端な体勢で繰り出した盾でも充分にレカンの盾を防げると判断したはずだ。

 だがレカンの振るった盾はゾルタンの盾をたたき割ってはじき飛ばした。

 〈ザナの守護石〉の恩寵である。

 魔力をいっぱいにそそいだ状態で、棍棒であれ盾であれ、武器を持って物理攻撃をすると、ただ一度だけきわめて大きな威力の付加があるのだ。

 さしものゾルタンも意表を突かれ、体勢が大きく崩れた。左腕は大きく後ろにはじきとばされ、足はもつれて転倒しかかる。

 レカンは口のなかに含んでいた大青ポーションを飲み込んだ。

 体勢の乱れをものともせず、ゾルタンが魔法剣を振る。レカンの左手首を断ち斬る軌道で。盾を大きく突き出したため、左手が首飾りの障壁から飛び出していた。ゾルタンは今までの攻防で、障壁の位置を正確に把握している。

 すぐに左手を引いたが、完全にはかわしきれず、魔法剣がレカンの盾を打ちすえた。とたんに盾が砕け散る。

「〈火矢〉!」

「〈刃よ〉!」

 二人は同時に呪文を唱えた。

 至近距離で生じた二本の〈火矢〉がゾルタンの目を襲う。

 〈影刃〉が障壁に阻まれて燐光を発する。

 ゾルタンは、わずかに顔を振った。その結果二本の〈火矢〉は顔面を直撃したが目には当たらなかった。顔面は〈火矢〉でえぐられ傷ついたが、ゾルタンはそれを無視して、呪文を唱えた。

「〈食え〉!」

 障壁の青白く光った部分が侵食された。

 そこめがけて斬撃が降ってくる。

 倒れ込みながらの攻撃だというのに、その斬撃は正確に侵食部分を捉えていた。

 だが、レカンが急に左に素早く身をかわしたため、ゾルタンの狙いは狂い、魔法剣は障壁に阻まれる。

 ゾルタンは斬撃を繰り出しつつ、器用に身をひねって体勢を立て直した。

 だがそこにわずかな隙が生まれた。そのわずかな隙こそレカンが待ち望んだものだ。

「〈雷撃〉!」

 強い魔力を一気に放出して、ゾルタンの顔の周囲を取り巻くように〈雷撃〉を放った。もちろんこんな至近距離で〈雷撃〉を放てば、レカンもダメージを負う。だがそんなことは構わなかった。

 レカンは練りに練ってためていた魔力を一気に〈彗星斬り〉に充填した。

「〈刺突〉!」

 いくら精度の高い〈立体知覚〉を持っていても、顔の周りに〈雷撃〉を撃ち込まれれば、一瞬周囲の状況がわからなくなる。その一瞬に、レカンは〈彗星斬り〉の魔法刃を最大の長さに伸ばしつつ、〈刺突〉スキルでゾルタンの喉を突いた。

 信じがたいことに、この状況にあってゾルタンは、魔法剣で〈彗星斬り〉を迎え撃った。だが、すさまじい勢いで伸長しつつ突き込まれた〈彗星斬り〉は魔法剣を粉々に打ち砕いてゾルタンの喉を貫いた。

 すかさずレカンは〈彗星斬り〉を左に振り抜く。

 喉を斬り裂かれたゾルタンは、それでも三分の一ほど残った魔法剣をレカンにたたき付けてくる。

 障壁は魔法剣を阻まなかった。すでに剣の魔法刃は消えうせていたためだ。

 だが、レカンは一歩踏み込みつつ左の肘を振り上げ、剣を持つゾルタンの右手にたたきつけたので、魔法剣の残骸はレカンの体に届かない。

 ゾルタンの喉が治ろうとしている。二個目の大赤ポーションを飲んでいたのだろう。だが治癒効果は高くない。ゾルタンの動きが、急に鈍くなった。

 レカンは〈彗星斬り〉を一閃し、ゾルタンの右腕を肘の上で断ち斬った。

 その直後に〈彗星斬り〉の魔法刃も消えた。最大まで伸ばした魔法刃を維持できるほどには、レカンはこの剣の扱いに習熟していなかったし、魔力ももう底をつきかかっていた。

 ゾルタンの左足がぶうんと音を立ててレカンを襲う。だがその蹴りには鋭さがない。難なくレカンは体を後ろに引いてこの蹴りをかわす。

 ぐらり、とゾルタンが体勢を崩す。

 レカンはゾルタンの懐に飛び込んで胸に左手を押しつけた。

「〈炎槍〉!」

 それは最後の最後に残った魔力をすべてつぎ込んで放った魔法攻撃だ。

 魔法防御の高さを誇る幻魔緑蜂の鎧も、この位置からこの出力で撃ち込まれた〈炎槍〉を防ぐことはできなかった。

 死力を振り絞った〈炎槍〉はゾルタンの胸を突き抜け、迷宮の壁に当たって爆発した。

 胸の中央に穴のあいたゾルタンの体が、ゆっくりと後ろに倒れてゆく。

 くらり、とめまいに襲われ、レカンも片膝を突いた。

 そのとき空っぽになった魔力が満たされてゆくのを感じた。

 〈ザナの守護石〉の恩寵だ。

 この宝玉には〈使用魔力補填〉という恩寵がある。ニーナエ迷宮最下層でも、この宝玉に最大限魔力をそそいだ状態で物理攻撃をすると、〈物理攻撃力増大〉の恩寵が働き、そのあと魔法攻撃で失った魔力を補填してくれた。

 体力と気力の限界を尽くしたあとの虚脱感と、魔力が体にしみわたってゆく心地よさをかみしめながら、レカンは死闘は終わったのだと実感していた。

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― 新着の感想 ―
首飾りの防げる量が想像よりずっと多くて対魔法において優秀すぎる
[良い点] 一度きりの攻撃力大強化をシールドバッシュに使うって相当思い切った選択ですよね、まさにタイトル通りの死闘
[一言] 何回読んでもゾルタン戦はいいですね、全編通しての対人戦で一番見応えがあります 改めて読むと〈インテュアドロの首飾り〉の貢献度がすごいですね これあったからゾルタンの魔法剣に対して大きなアドバ…
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