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レカンは、もう一個の大魔石から魔力を吸った。
さらに自分で作った魔力回復薬を取り出して飲んだ。
それにしても、武器に〈彗星斬り〉を選んでおいてよかった。それ以外の武器ではゾルタンの魔法剣に対抗できなかっただろう。
さて、ゾルタンは年寄りである。それはまちがいない。
同じ場所にとどまってレカンを迎え撃つ戦術をとっているのは、体力を消耗しないためだ。一方レカンは動き回りながら攻撃できる。
とはいっても、こちらの位置は捕捉されているし、攻撃しようとすれば十字路に飛び込んでいくしかない。どの方向から攻撃しても、一直線にしか進めない。ゾルタンは待ち構えて迎え撃つことができる。
考えてみれば、この戦場はゾルタンにとって有利だ。
レカンにとっての利点もある。距離をとって周囲の回廊に逃げ込むことができるということだ。用意した戦術が通用しなければ回廊に逃げ込んで、傷を癒したり、魔力を補充したり、戦術を立て直したりすることができる。
長期戦はできない。〈彗星斬り〉は一度発動をとめると、再び発動させるのに大量の魔力を消費する。だから発動させ続けておくしかない。発動させ続けるのに必要な魔力もかなりのものだ。首飾りの魔力は魔法防御に必要だし、大青ポーションは一度しか大きな効果がない。つまり魔石の魔力が尽きる前に勝負をつけなくてはならない。
ただしレカンがそういう制約に縛られていることを、ゾルタンは知らない。知られれば相手は長期戦に持ち込むだろうから、このことは知られてはならない。
〈ウォルカンの盾〉を左手に装着した。出番があるかもしれないと考え直したのだ。
出し惜しみはなしだ。レカンの持つすべてを出し切らねば、この戦いに勝つことはできない。
8
態勢を整えたレカンが十字回廊の端に姿を現すと、十字回廊の交差地点にゾルタンが立っていた。
殺気も怒気も感じ取れない自然体そのものの立ち姿だ。ひょろりと伸びた手も足も、一見すると人形のようで剽軽にみえる。だがその長い手足はゾルタンの動作や攻撃に恐るべき速度と自由さと攻撃範囲の広さを与えるということを、先ほどの攻防でレカンは知った。この男は、存在そのものが凶器だ。
だらりと垂らした右手には魔法剣が握られている。魔法刃は発現したままだ。
そして左手には少し短めで異様に白く美しい剣が握られている。
その剣の正体は、一目みてわかった。
聖硬銀の剣だ。
(くそっ)
(あんなものまで持っていやがったのか)
聖硬銀の剣の攻撃を〈インテュアドロの首飾り〉の障壁は防げない。
〈ウォルカンの盾〉なら防げるだろうか。
防げるかもしれないし、防げないかもしれない。
防げなければ、あの剣の驚異的な切れ味がまともにレカンを襲うことになる。
とはいえ、逃げるなどという考えを、レカンは思いつきもしなかった。
「〈展開〉!」
レカンの左手に〈ウォルカンの盾〉が現れた。
緩やかな起伏のある岩の床を踏みしめて、レカンが前に進む。
相変わらずゾルタンは飄々とした雰囲気をまとったままだ。
なおもレカンは前に進む。
前に進む一呼吸一呼吸、レカンは全身を戦闘に向けて高ぶらせている。おのれの最高の身体能力と反射神経が発揮できるよう、全身に最高度の緊張を命じているのだ。
もはや二人の距離は三十歩もない。
レカンはなおも闘志を高めてゆく。
(まだだ)
(まだこんなものじゃない)
(オレのなかに眠っている力は)
(まだこんなものじゃない!)
ゾルタンは、長い旅の果てに、あの静かな構えにたどり着いたのだろう。何の殺気も持たないあの静寂さにこそ、ゾルタンが最高の戦闘力を発揮できる秘密がある。
だがレカンはちがう。
自分自身を焼き尽くすほどの激しい闘志を燃やし、その炎のなかに没入するとき、レカンは自分を超えた力をふるう。今こそそれが必要だ。
(燃えろ)
(おれの心よ、燃えろ)
(燃え上がって、すべてを焼き尽くせ!)
レカンの右目が異様な光を放った。
今や全身は、一本一本の毛の先にまで神経が通い、レカンの命令を待っている。
「〈風よ〉!」
レカンは力強く前方に飛び出しながら呪文を唱えた。ひときわ強い〈突風〉を背中に受けて、すさまじい速度でレカンは突進する。
「〈風よ〉!」
ゾルタンも同じ呪文を唱えた。ただし、ゾルタンは〈暴風〉で自分の体を後ろに運んだ。
十歩ほどの距離を保ったまま、レカンは前方に飛び、ゾルタンは後方に飛ぶ。
「〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉!」
レカンは地上すれすれに飛び、足で地を蹴りながら〈突風〉で加速してゾルタンに迫った。
「〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉!」
ゾルタンは体を浮かばせたまま〈暴風〉で後方に飛んでゆく。そして百二十階層からの階段前までたどり着くと、入り口の横の壁を蹴って跳び上がり、天井の岩を蹴ってまっしぐらにレカンに迫る。
突如攻撃に転じたゾルタンに、レカンもまっすぐに応じた。