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「わしの名はダグ。ゴルブル迷宮警備隊の隊長だ。そこに座ってくれ。持ち物は、その袋だけか? 身軽だな。それは〈箱〉かい?」
「答える必要があるのか」
「ないな。さて、それで用件なんだが、あんた、五日前に、この迷宮に入ったな」
「五日前か六日前に入った」
実のところ、七日前だったかもしれない、とレカンは思っていた。考えたより早く下層にたどり着いていたことになる。
「うん、それでな。第一階層や第二階層あるいは階段で、あんたに脅かされたという冒険者がいる。何人もだ」
「そんなことはしていない」
「そうだろうとも、そうだろうとも。あんたにそんなつもりはないはずさ。そんなことをしても何の得にもならんからな。だが、襲われかかったという苦情も来ていてな。こちらとしても、あんたに事情を訊かんわけにはいかんのだよ」
「かりにオレがほかの冒険者を襲ったとして、そのことが何か問題なのか。迷宮のなかでは、殺人も窃盗も罪にならないんじゃないのか」
「その通り。まさにその通りだ。だが、だからといって、どんなことをしてもいいってことにはならない。あんた、遠くから来たんだろう?」
「遠くから来た。北のほうだ」
「やっぱりな。もしかして冒険者登録はしてるかい?」
「している」
「冒険者章をみせてくれ」
レカンは左手で外套の襟を右に引き、右手を差し込んで、〈収納〉から冒険者章を取り出してダグに渡した。
「銅? ほう、先月登録したばかりか」
必要なことをメモし終えると、ダグは冒険者章を返してきた。
「あんたがもといた場所じゃどうだったかわからないが、ここの迷宮にゃ若いやつらがたくさんいる。そいつらは浅い階層で経験を積んで、段々腕を上げていく。なかには冒険者をやめるやつもいるけどな」
レカンは黙って聞いている。
「領主様としては、そういう若いやつらがある程度強くなるまで、育ちやすいような環境を調えたいわけだ。それが結局町を繁栄させるからだ。わかるな」
「ああ」
「まあ、若いやつらにゃ、ちょっと甘えもあるが、あれでもやつらは一生懸命なんだ。周りの競争相手たちに負けないよう、必死で頑張っている。そんななかに、明らかに場違いのベテラン冒険者が交じってくると、不安に思うわけだ。こいつは俺たちをどうするつもりなんだってな」
「なるほど」
「あんた、何度か、若い冒険者たちの頭の上を飛び越えたらしいな。階段の所で」
「そういえば、そんなこともあった」
「全身黒ずくめの、でかくてまがまがしい、いや失礼、そう見えるってことだ、でかくてまがまがしい怪物が、翼をばさばさはためかせながら頭の上を通り過ぎたら、若いやつらにとっては脅威なんだよ」
「それはそうだろうな」
「わかってくれるかい! あ、串焼きが来た。食ってくれ。俺のおごりだ」
いい匂いを立てて、熱々の串焼きがこんもり盛り上がった皿が、レカンの前に置かれた。
「これはうまそうだ。礼を言う」
遠慮もなく、ばくばくと串焼きを口に運んだ。久しぶりのまともな食い物だ。体中がよろこんでいる。
「いいってことよ。それからなあ、道を開けろと脅された、という苦情も届いてるんだ」
「奧に進みたいときは、声をかけるのが礼儀だと思ったがな」
「ごもっとも、ごもっとも。だが、経験の浅いやつらは、お互い近寄らないようにするのが、ここの決まりなんだよ。変に声をかけると、何かたくらんでいるんじゃないかと疑う。いやまあ、そんなふうに俺たちが指導してるんだけどな」
「この迷宮では、若い冒険者のことを、ずいぶん気づかっているんだな」
「そうなんだよ! そこをわかってもらえるとうれしいね」
レカンは、この迷宮警備隊隊長のことが少し気に入ってきた。
「それとなあ、言いにくいんだが、第三階層で、黒くて大きくて雷をまき散らす怪物が、地擦を乱獲したという報告があがってる」
「第三階層では、何十匹か魔獣を倒した」
「やっぱりなあ。いや、それが悪いというわけじゃないんだが。年くった魔法使いも生きていかなくちゃならん。ここの第三階層は、魔法使いがソロでも狩れる珍しい狩り場でなあ。だから……」
「わかった。今後は第三階層では、狩りを控えよう」
「すまんなあ! そう言ってもらえると助かるよ。それから、これも言いにくいんだがな。あるグループは、戦闘中にあんたが後ろを通り過ぎて注意をそらしたために、仲間が大怪我をしたと言い張ってる」
それはその冒険者たちの責任だ。だがレカンは、この隊長の顔をつぶさない方法はないかと考えた。
「それは気づかなかった。その冒険者たちは、まだ町にいるだろうか」
「ああ、宿もわかってる」
「では、お手数だが、これを渡してもらえるか」
「うん……。これは、小赤ポーションじゃないか。それも二つも」
「一つは怪我の治療に、もう一つはわびのしるしだ。どう使ってもかまわない」
ダグはびっくりしたようすでレカンをしばらくみつめた。
「あんた、いいやつだったんだなあ。よし! 確かに二つのポーションは預かった。今夜のうちにも届けさせるよ。すまないなあ。これであんたのことを、若いやつらにうまいこと伝えてやれるよ。やつらも安心するだろうさ」
レカンは、ぱくぱくと串焼きを食べた。
「レカン。しばらくこの町に滞在するのかい?」
「いや、ヴォーカの町で仕事が待ってる」
「そうかい。そりゃ、残念。今回、ここの迷宮ははじめてだったんだろう?」
「ああ」
「何階層まで潜れたね? いや、言いたくなきゃ言わなくていいが」
「第二十六階層だな」
「二十六! はは。そりゃいいな。五日で第二十六階層まで潜ったってか。しかもソロで初見で。そりゃ、いい! 実に豪快だ」
「ダグ」
「おお、何だい、レカン」
「ここの領主は、ここの迷宮から出た品を、できるだけこの町で売ることを希望していると聞いた」
「そうなんだよ。もちろんこれは本人次第の話だけどな。でも、ここにはいろんな職人が集まってるし、よその町から買い取りに来てる商人も多い。何でもすぐ売れるし、需要の少ない町よりいい値段がつく」
「この詰め所でも買い取りをやっているようだな」
「おお! みての通りだ。値段は必ずしも高めじゃないが、売り手をだますようなことはないから、安心して売ってくれ。何よりここで売ってくれれば、無料で鑑定結果を教える。若いやつはここで品を売りさばきながら、迷宮品をみる目を養うわけだ」
「これを売ろう」
レカンは、空になった皿を横に押しのけると、チェイニーの〈箱〉を机に置いた。
「おっ。ほんとかい? ありがたいね。ちょっとこの机の上に出してみてくれるかい」
「わかった」
レカンは立ち上がり、迷宮品が串焼きの皿に落ちてよごれないよう、左手で皿を持ち上げ、袋を逆さにして振った。
魔石が、武器が、防具が、杖が、装身具が、音を立てながら、あとからあとからこぼれ落ちた。
「隊長! 何事ですか?」
大きな音がしているので、心配になったのだろう。兵士がようすをみに来た。
そして、あまりの光景にあぜんとした。
ダグ隊長も、ほうけたように足元を埋め尽くして迷宮品が積み重なっていくのをみていたが、ふいに机の上の大きな剣の一本を取り上げた。
「これは! これは第二十五階層でないと出ないはずだ! あんたほんとに第二十六階層まで降りたのか。いや、五日で? ソロで? そんなばかな。そもそもソロで第二十六階層の探索ができるわけが」
「ダグ」
レカンは空になった皿を渡した。ダグは呆然としながら皿を受け取った。
「な、何だ?」
「今夜はこの町に泊まる。明日朝来るから、金を用意しておいてくれ。それから、一つ頼みがある」
「頼み?」
「この迷宮に出現する魔獣の名前を書いた資料を買いたい。店を教えてくれ」
「どの階層にどの魔獣が出るかというリストなら、ここにある。兵士のための資料だから、売り物じゃない。金はいらんよ」
「助かる。もう一つ頼みがある」
「何でも言ってくれ」
「うまい物を食わせる宿を教えてくれ」
「第5話 ゴルブル迷宮」完/次回「第6話 魔女伝説」