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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第37話 第121階層の死闘
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3


 レカンは〈ラフィンの岩棚亭〉を出た。

 ツボルト迷宮を取り巻く建物群の東側の中央付近にある軽鎧補修専門棟をのぞいたが、蜘蛛素材の軽鎧の修復は終わっていなかった。

 しかたなく、そのまま迷宮に向かう。夕刻に近い昼下がりなので、入ろうとする人は少ない。列に並ぶこともなく迷宮に入った。

「〈階層〉」

 一階層を選択する。

「〈転移〉」

 一階層に転移した。

 空き部屋に入って、〈収納〉をごそごそとまさぐり、昔使っていた胸当て、腹巻き、肩当て、革兜を取り出して身に着けた。ズボンも革の補強をした頑丈なものにはき替えた。

 〈インテュアドロの首飾り〉を取り出して装着する。左手にはいつものように銀の指輪がはまっている。〈ハルトの短剣〉も腰につけた。〈ザナの守護石〉は胸のポケットに収まっている。

 得物は何にするか。

 使い慣れているのは〈ラスクの剣〉だ、使い心地は抜群で、取り回しもきく。

 切れ味なら聖硬銀の剣だ。長さが少し短めだし、耐久性に難はあるが、振りやすい剣なので剣速も出る。

 威力なら断然〈彗星斬り〉で、次が〈威力剣〉だ。

 長さでも〈彗星斬り〉が一番まさっている。今はまだ二倍の長さでしか使えないが、それでも〈彗星斬り〉が最も長い。その次に長いのが〈ラスクの剣〉だ。ゾルタンはレカンよりも手足が長い。だから少しでも剣の長さで補ったほうがよい。

 問題は使用時間だ。〈彗星斬り〉は魔力が尽きて魔法刃が消えれば、攻撃力の低いただのショートソードになる。

 もう一つ悩ましいのは、〈ザナの守護石〉の攻撃力付加だ。これを生かせるのは〈ラスクの剣〉だけなのだ。

 〈彗星斬り〉は魔法刃で斬る剣なので、物理攻撃力が増大しても意味がない。〈威力剣〉には、〈ザナの守護石〉の恩寵が働かない。聖硬銀の剣に物理攻撃力付加がつけば、その切れ味は恐ろしいものになるだろうが、たぶん剣身が耐えきれない。一撃目がまともに入らなければ、それで終わりだ。

 四つのうち、どれを選ぶべきか。

 レカンは、〈彗星斬り〉を選んだ。おそらくゾルタンには小技は通用しない。威力と威力のぶつかり合いになる。かといって一撃で倒せるような相手ではない。となれば一撃一撃の威力が大きい〈彗星斬り〉しかない。

 守護石、首飾り、短剣、指輪はすべて装備した。

 〈インテュアドロの首飾り〉には魔力が満杯に入っている。使うひまはないかもしれないが、腰の袋に大魔石を五個入れた。〈ザナの守護石〉の魔力は満杯にはしていない。

 〈ウォルカンの盾〉は装着しなかった。あの怪物を相手に足を止めて打ち合う気にはなれない。

 こうして準備は調った。

 だがレカンは、できるものならゾルタンとは戦いたくなかった。

 あの男は、ふるさとの迷宮を語り合える同郷人なのだ。

 そんな男と殺し合いなどしたくなかった。

(戦いになると決まったわけじゃない)

(ナークとネルーを取り戻すのを手伝ってくれ)

(と言われるかもしれないじゃないか)

 だが心のどこかでレカンは、そうはならないだろうとも思っていた。


4


 階段から百二十一階層に入ると、正面の十字路にゾルタンが立っていた。

 百二、三十歩の距離だ。レカンはゆっくりと近づいていった。

 中央の通路の横側に二つ普通個体の部屋があり、その奥に同じく二つ普通個体の部屋があり、その奥正面に階段部屋がある。

 つまり普通個体の部屋四つを区切る十字型の通路と、それを取り巻く四角い回廊がある。その中央にゾルタンは立っているわけだ。

 ゾルタンのたたずまいは静謐そのもので、何の殺気もただよってこない。

 十歩と少し手前で、レカンは立ち止まった。

 やはり背が高い。

 レカンよりこぶし一つか二つ身長が高いだけだったはずだが、それ以上の体格差を感じるのは、長年の戦いによって培われた風格のせいだろうか。

 ゾルタンの着ている鎧の素材が何か、レカンにはすぐにわかった。

(くそっ)

(幻魔緑蜂の鎧か)

「やあ。わざわざ来てもらってすまんな」

 飄々とした調子でゾルタンが話しかけてきた。

「何があった」

 平静を保とうとしたが、出た声は少しばかりこわばっていた。

「ナークとネルーがさらわれた。騎士トログのしわざだ。トログは、二人の命と引き換えに、お前さんの持っている〈彗星斬り〉を要求してきた」

 密偵グィスランの言葉は正しかったようだ。

 レカンはしばらく考えてから言った。

「あんたが必ず返してくれると約束してくれるなら、貸してもいい」

 これは最大限の譲歩だ。レカンはこの〈彗星斬り〉を手放す気はない。だがゾルタンほどの男なら、この〈彗星斬り〉を使って二人を助け出し、〈彗星斬り〉も取り戻すということもできるかもしれない。レカンが手を貸せば、成功の確率は低くないはずだ。

「うれしい言葉だな。だがわしには、〈彗星斬り〉を借りても、確実に返せる自信がない」

「二人はどこに捕らえられているんだ?」

「迷宮事務統括所だ」

 これもグィスランのしゃべったことと一致している。

「お嬢は謹慎を命じられ、迷宮事務統括所は今トログのやつが仕切っている。やつは〈彗星斬り〉を手に入れるという手柄を立てたいんだ」

 どうもグィスランは事実をそのまましゃべっていたようだ。

「あんたとオレと二人がかりでも、二人を助け出すことはできないか?」

「ふむ。取り返せるかもしれんが、二人は殺されるかもしれん。無事に助け出せたとしても、二人はこの町で生きていかなくちゃならん」

「そうか」

 そういう考え方なのだとしたら、これはもうどうにもならない。

 もとの世界に、〈爆炎姫ウォージェニー〉と呼ばれた女冒険者がいた。いくつもの迷宮を踏破して名をはせたが、靴職人と結婚して血なまぐさい稼業から足を洗った。

 だがウォージェニーは冒険者であることを捨てたわけではなかった。

 レカンが今よりだいぶ若かったころ、ウォージェニーの住んでいた町が、隣の町と戦争をした。町の領主はウォージェニーの夫と娘を捕らえて、ウォージェニーに協力を迫った。ウォージェニーは領主を魔法で爆殺した。夫と娘は殺された。ウォージェニーは領主の館を燃やし尽くし、向かってくる者すべてを殺して、自分も死んだ。数人の侍女と下働きの者たちが生き延びて、この話を伝えたのである。

 冒険者とはそういうものだ。何かに縛られ自由を失った者は、もう冒険者ではない。

 ゾルタンは、自分の自由よりナークとネルーの命と幸福を取った。つまり冒険者であることをあきらめた。ゾルタンにとって恩人の孫はそれほど大事だったのだ。ならばトログの命令には逆らえない。レカンを殺して二人を助け出したら、ゾルタンはこの町を去るだろう。この次来たときナークとネルーに何かがあったらお前を殺す、とトログに告げて。そこまでの覚悟をして、ゾルタンはレカンをここに呼び出したのだ。決して誰も邪魔しにくることのできない場所に。

「やるしかないようだな」

「すまんな、レカン」

 そして殺し合いが始まった。

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― 新着の感想 ―
そして殺し合いが始まった。 で終わるのが俺の琴線に触れました
[気になる点] ゾルタンもレカンも戦う必要無いだろ お互い戦いたい的な描写も特に無かったし 殺したくないとまでレカン言ってるのに 無理やり戦わせる理由作りの為の人質かこれ 人質無かったら戦わねーもんな…
[一言] なるほどゾルタンもレカンも迷宮の底の人間てことか
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