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「ふん」
「ご当主様。私にはそこまでは読めませんでした。しかしフィンディンの言うことは、大事なところをつかんでいるように思います」
「カンネルよ。あれにそこまでみとおす力があるというのか?」
「予言をなさったわけではありません。物事の一面をそのような言葉で捉えてみられたのでしょう。ところでご当主様。エダ様の件でございますが」
「ああ。エダをこの屋敷に住まわせるという話だったか。もちろんわしが反対するわけはないが、いったいどういうわけで、誘拐されてきたことがあるこの屋敷に住もうなどと考えたのだ?」
「昨年の薬聖スカラベル導師のご滞在以来、エダ様が〈浄化〉持ちであることは広く知られてしまいました。薬聖様が残したお言葉があるので、貴族家や有力商家は手を出さずにおりますが、小物どもがうろうろしておるようなのです」
「うろうろとはどんなことだ」
「エダ様の近所の人々や付き合いのある商店などをだしに使って、なんとかエダ様を引っ張り出し〈浄化〉あるいは〈回復〉の恩恵にあずかろうとするのです」
「たたきつぶせばよかろう。領主も各貴族家も、薬聖様のお言葉をむげにはせん」
「エダ様ご自身は、うまくかわしておられます。しかし周囲の人々が巻き込まれて迷惑をこうむるのがしのびないと。それでノーマ様にご相談なさったところ、〈ここに来ないかい〉とノーマ様がおっしゃったのです」
「なるほど。そういうわけか。〈薬聖の癒し手〉がわが家に滞在してくれるとは、実にありがたい話ではないか」
「はい。いざというときにエダ様のお力を当てにできるかもしれませんし、何といっても時の人です。金級冒険者でもあります。わが家にとって、またとないことでございましょう。あと、長腕猿が一匹一緒だそうでございます」
「ほう」
「ご当主様、カンネル様。ご親族方にご連絡されるべきかと存じます」
「連絡ですか。なるほど。エダ様のことですね」
「はい。エダ様がゴンクール家に滞在されることと、だからといってゴンクール家の関係者が特別扱いされるわけではないことを、すぐにお知らせしておくべきです」
「そうだな。それがよい。フィンディン、手配せよ」
「は。それからご当主様。ノーマ様は、対外的なことと事業に関することには一切手を出されませんが、当家にとって重要な役割を果たしておられます」
「なに? あれが何をしているというのだ。日がな一日部屋に閉じこもって原稿を書くばかりではないか」
「ウテナ様、ガイプス様、エレフス様、そしてジョナ様、ユリラ様と仲よくしておられます」
「茶飲み話をしておるだけであろう。それがどうしてわが家にとって重要な役割なのだ」
「将来、ガイプス様がご当主になられたとき、エレフス様の夫となるかたや、ユリラ様の夫となるかたがガイプス様を支えてゆく、その下地を作っておられるのです」
「む」
「もともとウテナ様とジョナ様は、格別仲がお悪かったわけではありませんが、ほとんど交流がありませんでした。お二人ともこのゴンクール屋敷で暮らしておられるのにです。しかし、ガイプス様、エレフス様、ユリラ様は、すっかりノーマ様に懐いておられ、それをきっかけに、ウテナ様とジョナ様も交流を深めておられます」
「なるほど。確かに悪いことではない。そしてその役割はノーマ以外にはできんだろうな」
「はい。ノーマ様は、クサンドリア様、ホルカッサ様とも厚誼を結んでおられました」
「毎日顔を出しておったらしいの」
「テンドリア様とお子様ともでございます」
「ノーマとしても、男より女こどものほうが付き合いやすいのであろうな」
「それだけとも思えません。ホルカッサ様には、貴族として生きる生き方や、自分の家を大事にすることを、それとなく諭しておられたようです。そしてそのうえで、ここは母上様のご実家なのだから、何か困ったことがあれば遠慮なく相談なさるようにとおっしゃっておられました」
「ホルカッサなどに情けをかけて何になるというのだ」
「何にもならないかもしれませんが、害にもなりません。そして、あとで意味が出てくるかもしれません」
「ふん」
「ご当主様、ドン・コスペス様のことでございますが」
「おお。どうであった、カンネル」
「やはりボルドリン家と密約があったようでございます」
「そうか。では、あの親族会議のときは、あぶないところだったのだな」
「まことに。ただ、当家を裏切ったわけではなく、うまくボルドリン家を操って利益をわが家にもたらすおつもりではあったようです」
「あれにカッサンドラと張り合う力があるものか。いいように操られるのが関の山だ。それにその利益の大部分は、自分のところに持っていくつもりであろう」
「いかがいたしましょうか」
「ふむ。この件についてはノーマの意見をまず聞いてみてくれんか」
「はい」
ぽつりとフィンディンがつぶやいた。
「ノーマ様は、まるでいにしえの〈賢人王〉のようなかたですね」
「ふふん。なるほど。そういえば、ノーマは賢人王の末裔か。カンネル、どうした。話がわからんか」
「あいにく何の話かわかりません」
「フィンディン。説明してやれ」
「はい。ワプド国が滅びて、ザカ王国、ドレスタ王国、ヘンスル王国、マール王国、シャイト連合国、ゾブレス王国などの諸国が成立するまでのあいだ、現在のザカ王国中央平野部、いわゆる中原には、いくつも小さな王国がありました。そのうちの一つ、サリハウス国を打ち立てた初代王の名は伝わっておらず、賢人王とのみ呼ばれております」
「ああ、その話は聞いたことがあります」
「賢人王は、王になろうとしてなった人ではないといわれております。周りの人の悩みを聞き、それを解決しているうちに、いつしか王に担ぎ上げられたというのです。そして王になったあとも、武力は用いずに国をまとめたと伝わっております」
「いくらなんでも、武力なしで国はもたないでしょう」
「賢人王の臣下には、有名な騎士もおり、〈浄化〉持ちもいたそうです。ただ、国をまとめるための戦争はしたことがないというのです」
「ほう」
「その賢人王の末裔といわれているのが、ワズロフ家なのです」
「ああ、そういうことだったのですね。わかりました。ありがとう」
ノーマがゴンクール家に住むようになったのは二の月の四日のことである。それから二か月が過ぎ、すっかりゴンクール家になじんでいた。そして、父の遺稿の整理と編集は、きわめて順調に進んでいた。
そんななか、四の月の十一日、誰も想像していなかったことが起きた。
ワズロフ家の使者がゴンクール家を訪れたのである。
使者はノーマと対面し、相談があるのでワズロフ家に来てもらいたいという当主の言葉を伝えた。
「第36話 賢人王の血」完/次回「第37話 第121階層の死闘」




