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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第36話 賢人王の血
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 はじめプラドは、神殿から得た〈真実の鐘〉の判定証明書の写しを王都の宰相府に持ち込んでカッサンドラの非違を暴くつもりだった。

 騎士カロダンについても、ワズロフ家に送りつける気はなかったが、ボルドリン家に帰すつもりもなかった。

 だがカンネルに説得されて、方針を変えた。カンネルは、ノーマが示した方針のほうがより有効だと考えたのだ。

 まず、神殿の証明書の写しは宰相府にではなく、ボルドリン家に送った。次のような趣旨の手紙と一緒にである。


 貴家の使用人であるニルフトが、貴家の大刀自カッサンドラ殿からの命を受けたかのように勘違いをし、わが家の後継者に指名するはずであったドプス・ゴンクールを暗殺し、また私の寝室に侵入し、私に毒針を突き立てたことは、まことに遺憾である。犯人ニルフトは、ケレス神殿にて〈真実の鐘〉の審判を受けさせ、同封の証明書の通りの自白を得てから、当家において処刑した。また、騎士カロダン・ホイスト殿をはじめ、貴家一行は、ニルフトの凶行につき、またニルフトの平素の言行や貴家での状況等につき、種々お聞かせいただいているが、調査が終了し次第処刑したニルフトを除く全員を、貴家にお返しする。そのときまで、クサンドリアとホルカッサ殿はわが家にお引き留めすることになるが、丁重におもてなしするのでご安心あられたい。今後も貴家とわが家との友誼がますます深まり、共に繁栄していくことを願っている。


 この手紙は、ほぼノーマの提案に沿った内容であったが、その効果は激烈だった。

 まず、この手紙をみせた騎士カロダンが、態度を急変させた。それまでは何を聞いても黙秘を貫いていたが、逆に何を聞いても答えるようになった。それはボルドリン家の一行全体についても同じことがいえた。

 次に、ボルドリン家が今までと態度を激変させた。手紙を持たせて使者を送り出したのが二の月の九日だったが、なんと早くも同じ月の十六日にボルドリン家からの使者がゴンクール家に到着した。クサンドリア親子と騎士カロダンはじめボルドリン家一行は、すでに十一日にヴォーカをたっている。

 驚いたことに、使者はキリク・ボルドリンだった。当主ニペド・ボルドリンの実弟である。ニペドとキリクはともにボルドリン家の支配者であるカッサンドラの息子であり、キリクはボルドリン家序列第三番目の重鎮だ。

 キリクは、今回のことについて、実母カッサンドラが、暗殺を命じたかのように誤解される指示をしていたことをわび、そのような指示について、当主ニペドも自分も何も知らなかったと述べた。そしてカッサンドラは最近思考に不安定な面もみられたので、今後は屋敷から出し、景色のよい別荘で静養させることにしたという内容の、ニペドからの親書を手渡した。

 つまり長年権勢を誇ってきたカッサンドラを引退させたというのである。いかに今回の事件にニペドやキリクが衝撃を受け、また危機を感じたかを如実に示している。

 と同時に、キリクは、いくつかの有力事業をゴンクール家に譲渡した。その総額は、ゴンクール家の総資産の三分の一近くに達する巨大なものだ。ボルドリン家の経済規模はゴンクール家よりはるかに大きいが、そうだとしてもボルドリン家にとって少なくない犠牲だ。

 これは、ゴンクール家の後継者候補を暗殺し、さらに現当主の暗殺未遂を犯したわびであるが、それだけではない。

 なにしろ、ニルフトから得られた情報は非常に質が高く、量が多かった。ボルドリン家がゴンクール家の誰にどうつながりを持ってきたか、ヴォーカの町にどういうつてを持っているかなどといったことをはじめ、ボルドリン家の現状や弱みについて、今やゴンクール家はほぼ知悉しているといってよい。バンタロイ領主に一通の手紙を書くだけで、ボルドリン家は致命的な痛手を受けかねないのである。

 これこそ〈真実の鐘〉を使う最大の利点だ。鐘で有罪と判定された対象には、どんな拷問や精神魔法や薬を使って尋問することも許されるし、その場合神殿も協力してくれる。そしてニルフトは情報の宝庫だった。尋問してみてはじめてゴンクール家は、ニルフトがいかにカッサンドラから信頼され重用されていたかを知ったのである。

 ボルドリン家は、ニルフトが〈真実の鐘〉にかけられたことを知ったとき、ニルフトが抱えていた情報すべてがゴンクール家に引き出されたと考えざるを得なかった。だからどれほど犠牲を払ってでも、ゴンクール家との関係を修復しようとしたのである。

 今後十年以上にわたって、ボルドリン家はゴンクール家に逆らえないだろう。時がたてば今回得た情報の危険度は下がるが、ボルドリン家がゴンクール家より上の立場に立つ日は、たぶん未来永劫やってこない。

 ヴォーカの町の事業から一切手を引くとボルドリン家は申し出たが、これは断った。ノーマの献策によってである。関係を切ってしまうよりも、こちらに有利な条件で商売を続けたほうがよいのは自明なので、この点にはプラドも異論はなかった。ただし、陰でおかしなことをしないように注意をしておく必要はある。

 キリクは、よければゴンクール家とボルドリン家との連絡係をボルドリン家に常駐させてもよい、とまで言った。つまり監視役を受け入れるというのである。この件についてはノーマの意見により断ることになった。


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「また顔を出さんというのか。今顔を出しておけば力関係を確立しておけるのだぞ」

「〈私は表に出る気はありません〉の一点張りでございます」

「そんなことを言っても、わしが死んでノーマが当主となれば、いやでも表に出ることになる」

「私もそのことは申し上げました。すると、〈何を言ってるんですか。仕事はあなたかあなたの後継者がやってくれる約束でしょう。私は当主という立場になるだけで、何もしません〉とのことでございました」

「あんな約束をするのではなかった」

「今さらでございます」

 騎士カロダンたちから報告を受けたボルドリン家では、ノーマに大きな興味を抱いたようで、以後三の月の末までに二度も使者をよこし、面会を申し出ている。しかしノーマは、〈私はプラド様亡きあとガイプス様ご成人まで名目上当主の座を預かるだけの立場であり、他家の方々にごあいさつ申し上げるのは不都合であると考えます〉と言い張り、応じようとしない。

 ボルドリン家だけではない、ゴンクール家の親族たちも、ヴォーカの他の貴族たちも、大手の商人たちも、ノーマに面会を申し出ているのだが、ノーマは一切応じていない。例外は領主とチェイニーだけである。

 領主とは良好な関係を築いているようだ。つい先日は、領主から急な呼び出しがあり、ジンガーをゴンクール家に置いたまま二十日間近くも領主館に泊まり込んだ。あとで聞けば、なんとザック・ザイカーズの治療のためだったというから驚くほかない。

 カンネルは時々の事業の様子を報告し、意見を求めているが、これにもまったく答えてくれない。

「こうしてみると、ボルドリン家から連絡係を置いてはどうかという申し出のときが最後だったのだな。ノーマが助言してくれたのは」

「あのときは、ご当主様も私も、本当のところどうしてよいかわかりませんでした」

「そうだ。願ってもない機会だからな。ノーマは今までのいきさつを知らんから気楽に考えることができたのだろう」

「そうかもしれませんが、とにかく明快でした。まずお聞きになったのが、連絡係に出せるような人材があるのかということでした。次に、当家の事業のうち、ボルドリン家に関わりがあるものの割合でした。この二つをお答えすると、すぐにお答えがありました。〈貴重な人材を投入するほどの案件ではありません。お断りするのがいいでしょう〉」

「わしは今でもあれは惜しかったと思っておる」

「そのあとこうもおっしゃいました。〈みせてもらってみえるもので満足を与えられているより、何をみられているかわからない不安さを与えたほうが効果が高い場合もありますよ〉」

「ふん。わかったようなことを」

「よろしいでしょうか」

「フィンディン。いちいち発言に許可をとらんでよい。言いたいことがあればいつでも言え。それで、何だ」

「そのあとノーマ様はおっしゃいました。〈ボルドリン家もあせっていますね〉と」

「なに? それはカンネルから聞いておらんように思うが」

「独り言のようでしたし、さほど意味のあるお言葉とも思いませんでした。フィンディンは、その言葉に何を感じたのですか?」

「推測ですが、二つあると思うのです。一つはカッサンドラ様がドプス様とご当主様の暗殺という手段に出たことです。他家の当主の暗殺などというやり方は、あとに大きなしこりを残すやり方です。そんな手段をとらねばならないほど、ボルドリン家は追い詰められているのではないでしょうか」

「追い詰められているとは、何に追い詰められているというのですか」

「それはわかりません。おそらくノーマ様にもおわかりではないでしょう。しかし、このようなやり方をあちらでもこちらでもやっているとしたら、各方面で行き詰まってしまうにちがいありません」

「ふむ。もう一つは何だ」

「ニペド様とキリク様が、ただちにカッサンドラ様を引退させたことです。そんなことができるほど、カッサンドラ様の権威は弱まっているのであり、実母で功績の大きいカッサンドラ様を引退させてでも事態を収束させたい気持ちが透けてみえます」

「……ふむう。なるほど」

「私には、あの〈ボルドリン家もあせっていますね〉というお言葉は、〈ボルドリン家の隆盛も長くありませんね〉と聞こえました」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 政治や策略もこれだけできると知ってればもっと実務もやらせたかったでしょうねw
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