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「騎士カロダンの尋問には同席していただけないのですか」
「おやおや。私には何もさせない約束だろう。もうプラド様もすっかりお元気なのだから、あとは自分たちでやりなさい。それに私には神殿に行かなくてはならない用事があってね」
「神殿が〈真実の鐘〉の使用をあっさり許してくださったのには驚きました。いったいどんな手品をお使いになったのですか」
「たいしたことではないよ、カンネル。神殿に私の手紙を届けてもらったろう。あれにこう書いたのさ。〈薬聖スカラベル師の体調不良について、施療師である私は亡父サースフリーの研究をもとに、原因を察知した。その知識に基づき施療師エダによってスカラベル師の治療が行われたのである。今回鐘の使用をご許可いただけたら、その施療の実際について私施療師ノーマがご説明にあがる〉とね」
「なんと」
「今回のことを理論的に説明できる唯一の存在が私だ。何が起きたかだいたいのところは神殿でも把握しているはずだけどね。その私から秘密を聞けるわけだ。悪い条件ではない」
「しかし。しかしそのことはお話しになってかまわないのですか?」
「べつに口止めはされていないからね。そもそも秘匿できるような内容ではないから、今王都ではどんな形で各地の神殿にこの情報を伝えるか調整中だと思うよ。ただし今私から話を聞けば、ヴォーカのケレス神殿は、周辺神殿に対し、一か月かもう少し先んじて情報を得ることができる。王国中で最も正確な情報をね。王都からの情報より早くこんな重大な情報を流すことができるんだから、ヴォーカのケレス神殿にとってうまみは大きい。大いに権威を高めることができるだろうね」
「恐れ入ってございます」
むしろ領主の許可が得られるかどうかが問題だったが、あっさりと許可が出た。スカラベル導師やアーマミール神官のノーマへの接し方をみて、ノーマを重要人物と認定したようだ。また、ノーマがレカンやエダと親しいことも、領主の判断に影響を与えたかもしれない。
「それにしても、十項目の全部が〈真〉判定だったとはね。まあ、鐘が鳴らなかったから大金貨一枚が節約できたわけだけれど」
〈真実の鐘〉を起動させて、対象を指定し、その前で何かをしゃべると、対象に指定した人物が嘘と思っている内容なら鐘が鳴る。真実と思っている内容なら鐘は鳴らない。鳴らなければ使用したことにならず、すぐにまた使える。
その性質を利用して、通常〈鐘〉を使用するときには、鳴る可能性の低い事項からはじめて、段々と鳴る可能性の高い事項に移り、少しでも多くの情報を得るようにする。ただし、質問は一度に十回までと、この町では決められている。
〈鐘〉は一度鳴らすと一年間使用できないので、鳴らしてしまうと大金貨一枚を支払わねばならない。
今回、ノーマが用意した一番目の判定事項は、〈私はプラド・ゴンクールに毒針を突き立てたのが誰かを知っている〉というものだ。最悪これだけでも〈真〉判定が出れば、ニルフトを拷問することができる。
十番目の判定事項は、〈私はカッサンドラ・ボルドリンの命令により、ドプス・ゴンクールを殺し、プラド・ゴンクールに毒針を突き立てた〉というものだ。
一番目の判定事項が真であっただけで、ニルフトを拷問し、あるいは神官の精神魔法で供述を引き出す充分な理由となる。だが拷問で得た証言は、こちらにとっては貴重な情報であっても、公の場での証拠としては弱い。やはり正式に鐘で判定した事項と神殿の証明にまさるものはない。だから十番目まで判定を行ったうえで、ニルフトを精神魔法にかけ、知っていることを洗いざらいはき出させた。
「騎士カロダンの尋問が進まないのですが、何かお考えはありませんか」
「さあ? それはプラド様と君の問題であって、私の問題ではないね。ただ最初に神殿から発行された今回の判定事項と判定の証明書をみせて、置かれた立場を把握させるのがいいだろうね。それと、暗殺の責任は問わず、騎士カロダン殿をワズロフ家に突き出しもしないと言ったら、さぞ大きな安堵感を覚えるんじゃないかな」
「その安堵感はすなわち恩であり貸しであるということですな」
「今回のことでは、直接の利益を得ようとしないことと、相手に過度の罰を与えないことが将来のためにはいいと、私は思う。カッサンドラ様は、ニルフトという駒を失った。ボルドリン家は、ゴンクール家に対する影響力を大きく低下させた。それで我慢しておくことだ。そうすれば、今度ボルドリン家と商売をするときには、あちらが大きく譲歩してくれると思うよ」
「暗殺者一人を失ったことが、それほどの痛手とは思えませんが」
「私はそうは思わない。親族会議でのクサンドリア様や騎士カロダン殿の態度をみるかぎり、ニルフトという密偵は、カッサンドラ様の信任が厚く、一行の判断を左右する立場にあったように思う。まあ推測だけれどね。信頼できる部下を失うのは痛手以外の何物でもないよ」
「おっしゃる通りにございます。私の考えが足りませんでした」
「ニルフトを殺したのかい?」
「はい」
「そうか」
暗殺者ではあったが、どこか憎めないところのある男だった。とはいえ、ボルドリン家に帰したところで、今回の不始末の責任を取らないわけにはいかなかったろう。また、あの男を生かして帰したのでは、カンネルの恨みと怒りは消えずに残る。そして何より、孫を殺され、自分も暗殺されかかったプラドは、実行犯を生かして帰すことなど決して許さないだろう。
「カンネル」
「は」
「満足したかい?」
「は?」
「君の悔しさは晴れたかな?」
「……恐れ入ってございます」
「悔しさが晴れたなら、恨みは忘れてしまうことだ」
「忘れられぬこともございます」
「うん。何をされたかはしっかり覚えていなくてはならない。しかし感情に手足を縛られたら、判断を誤りやすい。だから、恨みを抱いていると自覚したら、さっさとそれを晴らしてしまって、感情のしこりは消してしまうのがいいね」
「そんなことができるものでございましょうか」
「今回、君はそれができたんじゃないかな」
「ノーマ様のおかげにございます」
「少し自分をいたわりなさい。では、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
使用人たちにみおくられ、ノーマはジンガーとともに馬車に乗り、神殿に向かった。