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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第36話 賢人王の血
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5


 ただならぬ物音に、ジンガーは目覚めた。

 叫び声。

 どかどかと人間が屋敷内を走る音。

 滑るように寝床を離れ、〈ウォルカンの盾〉を左手に装着し、ガウンを羽織り、左手に剣を持って寝室を出る。

「ジンガー。何があった」

 主君であるノーマも目が覚めたようだ。

 そうしているあいだにも、人が人に何かを命じる声や、それに応える声が響く。

 ただしその響きは段々遠ざかってゆく。

「一階で何かあったようです。二階と三階にいた不寝番も下に下りたようです」

「ジンガー。おじいさまの所に行け!」

「はっ」

 幸い、ここは当主であるプラドの部屋から近い。

 ノーマは、もとゼプスが使っていた棟を使うことになっている。ただしまだ部屋の片付けができていないので、今は同じ本館の、当主が住む一角に部屋を与えられているのだ。

 薄暗い廊下の曲がり角に差しかかったとき、ジンガーの勘が何かを教えた。

(何かが)

(誰かがいる)

 目には何もみえない。深夜には明かりの数は減らされているが、それでも人間がいればみえないような暗さではない。

 しかし肉眼ではみえないが、ジンガーの鍛え抜かれた感覚が、廊下の曲がり角の隅に、何者かが潜んでいることを告げている。

 ジンガーは剣を鞘から抜き、鞘を床に落とした。

「〈展開〉」

 左手に〈ウォルカンの盾〉が現れる。そして廊下の隅に向かって一歩踏み出したとき、闇がもわりと動いて何かが飛んできた。

 とっさに盾で受ける。

 鋭いが小さな音がして、何かがはじき返された。

 そのとき小柄な何者かが飛び出した。

 ぶんっ。

 と音をさせてジンガーの剣が鋭く闇を斬り裂く。

 飛び出してきた何者かは、器用に身をかわしたが、確かに剣先に服と肉を捉えた感触があった。

 そのままくせ者は走り去ってゆく。もはや追いつけない。

 ジンガーは左をみた。そこには当主の部屋があるのだが、扉の前に立っているはずの兵士が床にくずおれている。

 当主の部屋に駆け込んだジンガーは、左手に盾を、右手に剣を持ったまま、油断なく室内をみまわした。

 プラドが天蓋のついた大きなベッドに寝ている。ほかに人はいない。

「〈縮小〉」

 剣を左手に持ち替えると、台に置かれた手燭のつまみを操作して、光量を上げる。

 そのとき部屋の入り口にノーマが現れた気配を背中に感じた。ノーマはしゃがんでいるようだ。入り口の兵士の様子をみているのだろう。そしてノーマが近づいてきた。ジンガーを追い越してベッドの脇に取りつく。

「ジンガー、明かりを」

 辺りの気配を油断なくさぐりながら、ジンガーはベッドに歩み寄り、ぐいと手燭を突き出す。

 ノーマが、はっ、と緊張したのがわかった。

 針だ。

 プラドの喉元に突き立った大きな針が、きらりと明かりを反射した。


6


 ノーマは、祖父プラド・ゴンクールのそばに駆け寄ったとき、不思議なことに、薄暗い光のなかで、唇が紫色に変色しているのをみてとることができた。

 ジンガーが手燭をかざしてくれたので、よりはっきりと顔や体の状態をみることができる。

 急激な体温の低下。

 皮膚のこわばり。

 白目をむいて、わなわなと口が震えている。

 それだけでなく、痙攣は全身に広がりつつある。

(毒だ!)

(たぶん平白蛇の)

 平白蛇の毒は即効性というわけではないが、じんわりと確実に効く。すでに痙攣が始まっている。すぐに手当をしなければプラドは死ぬ。

 だが、ノーマは緑ポーションを持っていない。

 この家のどこかにはあるにちがいないが、今それを探している時間はない。

 ノーマは胸の隠しから杖を出した。その部分に小型の〈箱〉を取り付けているのだ。レカンのニーナエ土産の一つである。喉に刺さった針を抜きながら、魔力を練り、呪文を唱える。

「〈回復〉」

 たった一回の〈回復〉で、ノーマの魔力は空っぽになる。

 〈回復〉の効果で喉の傷はふさがる。そして唇は赤みをおび、痙攣が治まってゆく。

 ほっと安心しかけたのもつかのま、すぐにまた唇は紫色に変じ、痙攣がよみがえってくる。

(え?)

(どうして)

(どうして〈回復〉が効かない?)

 平白蛇の毒なら〈回復〉が効くはずなのである。

(平白蛇の毒ではないのか?)

 何かが差し出される。青ポーションだ。ジンガーがノーマの部屋から持ってきてくれたのだ。ノーマはジンガーの手からひったくるように青ポーションを受け取り、かみもせずにごくんと飲み込む。たちまち魔力が補充される。

 解毒剤を調合するのは間に合わない。そもそも材料を施療所に取りにいく時間がない。

 ジンガーに、誰かから緑ポーションをもらってくるように言いかけて、やめた。

 そんな時間はない。

 毒は今にもプラドを殺してしまう。

 可能性があるとしたら。

 祖父の命を救う可能性があるとしたら。

「マーラー神よ!」

 叡智の神の名を呼びながら、ノーマは杖をかざした。そして魔力のありったけを杖に集め、必死の願いを込めてその魔法の呪文を唱えた。

「〈浄化〉!」

 何も起きない。

 と思えた次の瞬間。

 ふわりと湧くように、杖の先に青い光が宿った。

 そしてその青い光の玉は、針を抜き取ったその跡にまっすぐ落ちて、プラドの体にしみ込んでいった。

 発動できると思っていたわけではない。だが母の血を引く自分は、いつか〈浄化〉が発動できるかもしれないという思いは、ずっと心の奥にあった。そして今、〈浄化〉を発動する以外に祖父を救う手だてはなかった。だから無理だろうと思いながら試みたのだ。

 ノーマは意識を失った。

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― 新着の感想 ―
ノーマも! きっと神に祈りが届いたのだなぁ。
ノーマさんの頭を色々なものが駆け巡ったんだろうなと、読んでて思った。 使われた毒の推測と治療法。これまで培った知識と、経験。父の姿。変わり始めた家族への心象。なんとかしたいという想い。なんとかするため…
[一言] 浄化持ちの女性二人を嫁にするレカン そんなことが可能な人間が他にいるだろうか?
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